第6話 退職金より安い命綱
第三層へ降りる前に、俺は財布の中身を確認した。
左遷後の手当は薄く、退職金の前払いも事故対応費名目でごっそり引かれている。倉田は“会社の都合”としか言わなかったが、要するに口止め料の逆だ。
それでも買ったのは、安物でも耐荷重が明記された命綱だった。
玲奈と合流すると、彼女は珍しく少し汗をかいていた。
「第三層の運搬橋で足場が落ちました。まだ大崩落じゃないけど、二人取り残されてます」
現場に着くと、金属の吊り橋が真ん中から垂れ下がっていた。向こう側で辻本と、見覚えのない三十代の会社員風の男が壁にしがみついている。
「須藤さん! 橋がいきなり裂けた!」
辻本の声が裏返っていた。
俺はしゃがみ込み、切れたアンカー金具に触れる。昨日よりはっきり分かった。これは自然損耗じゃない。締め直した跡の上から、わざと負荷を偏らせている。
「待ってろ」
命綱を自分の腰へ巻き、補助柱まで這っていく。下は紫がかった霧で、落ちればそのまま第四層まで滑る。
「こんなの配信して大丈夫ですか」
澪の声に、俺は前を見たまま返す。
「助ける手順だけ映してください」
金具へ手を当て、修繕を流す。きしみが止まり、割れた橋板が少しずつ戻る。だが一度に直せる量には限度があった。
「辻本さんから順に!」
辻本が男を押し、次に自分が飛び移る。橋は最後に大きくたわんだが、なんとか持った。
救助後、玲奈が端末を見つめたまま低く言う。
「第三層だけ、センサー値の増え方が不自然です。定期的に、誰かが負荷を掛けてるみたいに」
俺も同じ結論だった。
「崩れかけてるんじゃない。崩されかけてます」
澪がカメラを下ろす。
「それ、昨日の扉と同じ流れですね」
誰かが先に壊し、点検済みにし、事故が起きたら現場へ押しつける。
そのやり口に、もう見覚えができてしまっていた。




