第十一話「旅の途中、白き星は導く」
旅立って数日、しらたまたちは王都への道を進む中で、さまざまな旅人たちと出会った。
それはたまたま、休憩した分かれ道の宿場でのことだった。
リュートの音色に誘われるように、自然と人が集まり、ささやかな縁が生まれていく。
*行商人の旅団との出会い
「行き先は商都ウォールナットでしてな。南街道を行けばすぐなんですが……どうも雲行きが怪しい」
荷馬車の横で、隊長らしき年配の男が苦笑する。
「では、占ってみましょうか?」
しらたまが白地に金の星を散らしたカードを取り出すと、人々の視線が集まった。
カードを一枚――
《塔》
「……いつもの道では、予期せぬ事故があるかもしれません。少し遠回りでも、森沿いの道をおすすめします」
男たちは互いに顔を見合わせるが、しらたまの真剣な瞳に、最後には頷いた。
そして数日後、しらたまは風聞として知る。
南街道に現れた盗賊団が一団を襲撃した――犠牲は多く、旅団の判断は正しかった。
*薬売りの青年と
「薬草を東の町まで運ぶのが、俺の仕事でして」
細身の青年は笑いながら、荷台の干し草袋を指差した。
「大変ですね、道中長くて」
「ええ、まぁ。でも、退屈するよりはマシです」
しらたまはカードを引く。
《恋人たち》
「出会いのカードです。いつもの場所で、思わぬ契約が結ばれるかもしれません」
「へぇ、そいつは楽しみです」
後日、東の市場で海の向こうの商人と出会った彼は、珍しい薬草の供給契約を取り付けることになる。
*冒険者たちと
「今から、南の森に出た魔物を討伐してくる」
若き冒険者たちはやる気に満ちていたが、どこか浮ついていた。
「ちょっとだけ、占ってもいいですか?」
しらたまが引いたカードは――
《節制》
「油断は禁物。装備や体調、仲間の様子をいつもよりしっかり確認してください」
「はいはい、お姉さんの言葉、ちゃんと覚えておくよ!」
軽口とは裏腹に、彼らは装備を再点検してから森に入った。
出現したのは報告とは違う上位種だったが、準備万端だった彼らはかろうじて討伐に成功する。
*巡礼のシスターと
「神の御心を仰ぎに、古の神殿を巡っております」
白衣の女性――シスターは柔らかく微笑んで、旅の地図を広げた。
「あなたの心に、何かひっかかるものはありませんか?」
しらたまが引いたのは――
《女教皇》
「心の声に従ってください。道を少し逸れても、それが正しいこともあります」
しばらく迷った後、シスターは直感に従って巡礼路を外れた村に向かった。
そこは不作に苦しむ村であり、彼女が教会本部に連絡を入れたことで、救援物資が届くこととなった。
*
しらたまは、それを「占い」とすら思っていなかった。
ただ、会話のきっかけとして。少しでも不安を軽くできたら、と。
だが――
すべての占いが「確かに、導いた」のだ。
やがて、行く先々で小さな噂が広がっていく。
「森で道を変えさせた娘の占いで命拾いしたって……」
「白いカードを使う、美しい占い師だそうよ」
「聖女か、神の導きか……いずれにせよ、本物だ」
旅人の口から口へと、その名は囁かれる。
“白の聖女”
しらたまの知らぬところで、その噂は静かに、しかし確かに広がりはじめていた――
その名が彼女の耳に届くのは、もう少しだけ先のことである。
* * *
夕暮れの色が空を淡く染めていた。
旅の疲れを癒すため、一行は王都目前の街にある静かな宿に一泊することとなった。
暖炉のある食堂の片隅。
ルーベンが静かに本を閉じ、しらたまの正面に座る。
「なあ、さっきの《女教皇》ってやつ……どういう意味なんだ?」
しらたまは一瞬、驚いた顔をしてから、笑みを浮かべる。
「うん、いいよ。説明するね。ちょっと長くなるけど……」
タロットカードの束をそっと取り出しながら、しらたまは一枚ずつ丁寧に並べていく。
しらたまのタロット解説(星詠みver.)
「まず、《女教皇(High Priestess)》は“内なる知恵”や“直感”の象徴だよ。
見た目には何も動いてないようでも、心の中には深い静寂と、真理に至る鍵があるの。
だから、“自分の感覚を信じて進んで大丈夫”って意味なんだ。」
「……ふむ。理屈じゃないってことか」
「そう。理屈じゃ割り切れないときって、あるよね?」
ルーベンがこくりと頷く。
「じゃあ、次。《恋人たち(The Lovers)》は、恋愛ってだけじゃなくて、“選択”のカード。
迷ってるとき、自分の心の奥に問いかけて、正直な選択をしなさいって意味があるよ。
だからこのカードを引いた薬売りさんには、“自分が望む出会いをちゃんと受け取っていい”って伝えたの」
「恋人じゃなくても?」
「うん、“心が動く出会い”って、いろんな形があるから」
「ふむ……哲学的だな」
しらたまは笑って、次のカードを引き寄せる。
「そして、《塔(The Tower)》。これは……うん、ちょっと怖いカードかもしれないね。
思いがけない変化、崩壊、災難。でも、それは“必要な破壊”であることも多いんだ。
今の自分にとって危険なもの、嘘、油断、全部壊してくれるからこそ、新しく築けることがある」
「つまり、それを避けろって忠告にもなるんだな」
「そうそう。だから旅団の人には、“道を変えて”って伝えたの」
ルーベンが感心したように鼻を鳴らす。
「そして……《節制(Temperance)》。“調和”や“中庸”、そして“準備”のカード。
これはね、“バランスを保つ”ことの大切さを教えてくれるの。
無理をしすぎず、ちゃんと自分を整えることで、本当に大事なことを乗り越えられるっていうメッセージだよ」
「冒険者たちにはちょうどよかったってことだな」
「うん。力押しだけじゃ乗り切れないときもあるもんね」
しらたまはカードを揃えながら、ふうと息をついた。
「……でもね、占いって、未来を決めつけるものじゃないと思うの。
あくまで“今の流れ”に光を当てて、進む道を照らしてくれる……そんな“祈り”に近いかも」
ぽろん……
静かなリュートの音色が、背後から差し込む。
「その祈りは、届いているよ」
ヴァルターが、窓辺に座ったまま微笑んだ。
「君の言葉には、風のような真実がある。
それは人の心を揺らし、導く力になる……白き星の風よ」
しらたまは少し照れながらも、「やめてよ、その呼び方……」と小さく口を尖らせた。
でも、どこかその言葉が、あたたかく胸に残っていた。
夜は更けていく。
王都まで、あと一日。
「さ、しっかり休まないと……明日は忙しくなるぞ」
ルーベンのその言葉に、全員が頷いた。
今夜だけは、星と風に包まれて眠ろう。
次に目を開けるときは、また新しい物語が始まるのだから――




