宇宙で一番いらないこ
雨が大地を叩く音だけが空気に満ち、日がとっぷりと暮れ辺りが暗くなったころ、ようやく震える手を下ろす。
「はあっ! はあっ!」
あえぐように呼吸をする。知らず息を詰めていたらしい。体が酸素を欲しがっていた。
しばらく経ってやっと呼吸が落ち着くと、朋はそろりと倒れている男を見た。暗くなって分かりづらいが、確かに倒れているような塊がある。
朋は脚に絡みついている雑草を払ってみた。
それは嘘のように簡単にするりと解けた。
散らばっているカバンの中身をかき集めながら、ふと自分は夢でも見ていたのかもしれないと思い始める。
(だって、現実感がなさすぎる……)
いつの間にか脱げていた上履きを履きなおすと立ち上がる。体のどこもおかしくはない。ただ、必死でペンを握りしめていた腕と手がビリビリと痛んだ。
「…………」
もう一度、恐る恐る黒い塊に目をやる。塊は微動だにしない。それどころか、心なしか少し小さくなったような気もする。
(やっぱり雷に打たれていたのかもしれない。それで頭がおかしくなって、死にかけのうわ言に、変なことを口走ったのかも)
そんな風に思うと、その通りのような気もしてくる。そうだったとすると、うわ言を真に受けてすぐに救急車を呼ばなかった自分が、この人を殺したことにはならないだろうか。
「……私も動転してるんだわ」
頭の中で考えがまとまらない。犯罪者からは一刻も早く逃げるべきだというのは分かっている。けれどあの男が息をしているかどうかが、どうしても気になった。
男が目を覚まさまないようにそろそろと近づく。しかし変だ。やはり確実に黒い塊は小さくなっている。
黒いマントは落ちている。しかしその下にさっきまでいた男の体がなくなっていた。