第34話 初の経験
ガルドラの白粘池によって戦場が裏路地からレンガでできた住宅街の屋根に変わっていた
「お前は…絶対に許さねえ!」
「そうか…じゃあ倒してみろ!」
そう言うと、津波のように押し寄せる白く不気味な粘着の波をガルドラがその禍々しい両腕を大きく広げて放った
それを避け、そして突進していくスバル
スバルは研ぎ澄まされた鋭い眼光は、戦場に散乱する無数の屋根の瓦礫を正確に捉えていた
するとスバルは屋根の瓦礫を何個も鷲掴みし、疾走の勢いのまま、ガルドラに投げた
凄まじい音を立ててガルドラに向かっていき視界を遮らせる
それらはガルドラの冷酷な視線を送る、そして完璧な目眩ましとして機能する
ほんの一瞬、ガルドラの反応が遅れた
その刹那の勝機を、スバルが見逃すはずがない。スバルは上体を極限まで伏せ、地面を削るほどの勢いで超低空のスライディングを敢行する
摩擦で衣服が焦げるのも構わず、瓦礫の影を縫うようにして、ガルドラの股の間を通り、後ろに回り込む
狙うは、いかなる達人であっても対応が遅れる、完全なる死角――真後ろだ
「これで、決める――ッ!!」
目前には、勝利があった
スバルは自身の身体を駆け巡る全気力を、その右拳へと一本に収束させる。ガルドラの後頭部めがけて、大地を爆らせるような跳躍と共に、その拳を真っ直ぐに突き出した
死角からの完璧な奇襲。寸分の狂いもない、スバルのこれまでの格闘センスのすべてを注ぎ込んだ必殺の軌道
(いける! 確実に取った!)
脳裏をよぎる、確固たる勝利の確信、だが。その絶対の確信は、一瞬にして絶望の深淵へと叩き落とされることになる
ガルドラは、振り返りすらもしなかった、ただ、その背中が不気味に波打ったのだ
「――なっ!? 」
スバルの心臓の脈拍が早まる
ガルドラの背中から、まるで独自の意思を持つおぞましい生き物のように蠢く、数本の白い触手が突き出してきたのだ
それは、振り返る動作すら省略し、放たれたスバルの肉体を迎え撃つために、完璧に最適化された最悪の迎撃トラップだった。粘つく白い触手の感触が、スバルの突き出した右拳へと容赦なく触れる
次の瞬間、世界が完全に反転した。ズブズブと、底なしの泥沼に吸い込まれるようにして、スバルの拳が、腕が、その白い餅の内部へと囚われていく
どれほどの筋力を込めようとも、どれほどの力を使っても、完全に威力を殺されてしまう。渾身の一撃が、ただの無駄あがきへと変えられていく
ニヤリと笑うガルドラ
「覚えておけ……俺に死角など存在しないとな……」
ガルドラの背後から、底冷えするような、人間のものとは思えない冷酷な嘲笑が響いた
絡みついた白い触手は、獲物を締め上げる大蛇のようにスバルの身体をぐるぐると巻き込み、骨が軋むほどの怪力で拘束していく
「あっ…はっ離せ!…」
もはや指一本動かすことすら叶わない
そこからのガルドラの攻撃は、戦闘などと呼べる代物ではなかった。それは、圧倒的な強者による、ただの一方的な「蹂躙」だった
ガルドラは自身の変幻自在の白い腕を、質量と物理法則を無視して、一瞬にして巨大な鋼鉄のハンマーのような質量へと変形させた
空中へ吊り上げられ、身動きの取れないスバルの肉体を目がけ、容赦のない破壊の質量が振り下ろされる。
「ドカッ!」
一撃目で肋骨が砕ける
「バキッ!」
二撃目で視界が真っ赤に染まり、頭蓋を直接揺さぶる衝撃が脳を犯す
「ドズンッ!」
人間の肉体が立てていいはずのない、肉と骨が潰れる鈍い音が、戦場の静寂の中に何度も、何度も響き渡る
「がはっ……げほっ……ごほっ、くそ……あ……」
口から大量の鮮血を吐き出しながら、スバルの意識は急速に遠のいていく
「終わりだ、虫ケラら……」
目の前の生命をただのゴミのように見下ろす冷酷な視線が、半狂乱のスバルを冷たく射抜く
ガルドラは一気にスバルを拘束していた白い粘着質の塊を限界まで引き絞った
「終わりだ…!」
そして、その塊を屋根に向かって垂直に叩きつけた
「あ……あっ……あっあああ……」
完全に戦闘不能になったスバル
その身体は指先ひとつ動かせず、ただ、ベチャリ、ベチャリと不気味な粘着音を立てながら一歩ずつ近づいてくるガルドラの足音を、底なしの絶望の中で聞き届けるしかなかった
その絶対的な絶望の音を鼓膜に刻みつけながら、スバルの意識は、ついには深い闇の底へと沈んでいった。
「このままでも死ぬのだろうが、ここにいてもらっても目障りだ……」
ガルドラはぴくりとも動かなくなったスバルの肉体を見下ろし、ゴミ屑を評価するかのように吐き捨てるように呟いた
その手の先から、再び不快な白い粘着液体がじわじわと染み出し、気絶したスバルの全身をぐるぐると巻きにしていく
まるで、ミノムシの繭のように完全に身動きの取れなくなったスバルを、ガルドラは一切の躊躇なく、無造作に片手で掴み上げた
そして、恐るべき怪力をもって、彼を天高くへと放り投げたのだ。空気を引き裂く凄まじい風切り音。スバルの身体は、遥か彼方の山の方へと弾丸のように吹き飛んでいく
「くくく、まさか一人で死ぬことになるとは、あいつは思っていなかっただろうな……あっちは山の方か…な
なら獣にでも食われるだろう…」
そんな冷酷な嘲笑の残響だけを残して、スバルの姿は夜空の彼方へと消え去った
「さて、出てこい……隠れても無駄だ」
ガルドラが戦場の片隅へと視線を向けると、物陰からガタガタと震えながらエリスが姿を現した。怯えきった彼女の瞳を見て、ガルドラの表情は変わらない
「変な気起こしたんじゃないだろうな? エリス……」
「そっそんなことはないわ」
震えながらも平静を保ったエリスが応じる
「では帰ろうか、我が会社へ」
エリスの腕を掴み、そのまま暗闇へと立ち去るガルドラ
後に残されたのは、ただ徹底的に破壊された戦場の跡だけだった
この戦いは、スバルがその人生において初めて体験した、あまりにも理不尽な、
そして圧倒的な力による、初の完璧な敗北であった。
次は明日の18時15分ごろに投稿します!
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