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拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~  作者: パッタリ


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3話 使い捨ての生きた探知機

 「よいしょ、っと。ほら、ぼーっとしてないで手伝いなさい」

 「わかってるよー。ママは人使いが荒いなあ」


 セレスト星系外縁部、非合法な採掘コロニーの薄暗い宇宙港。

 エリンジウム号の貨物室へ向けて、二人の不審な人影……もといサンドラとイリスがせっせと物資を運び込んでいた。

 二人は、それぞれ顔全体を覆うバイザー付きの宇宙服に身を包んでいる。

 食料や推進剤、予備のパーツといった補給物資は、すべて港の端末越しのやり取りだけで購入を済ませた。

 無人の輸送車両が、コンテナを船のそばまで運んできてくれるため、あとはそれを積み込むだけでいい。


 「ふう、重力制御の恩恵って素晴らしいわね、ほんと」


 この採掘コロニーは重力がだいぶ弱い。意図的にそうなっている。

 そのため、本来なら重機が必要なほど中身の詰まったコンテナでも、ふわっとした独特の浮遊感とともに軽々と持ち上げることができた。

 作業を終えた二人は、コロニーの居住区画へと足を踏み入れた。

 区画ごとに治安の差が激しいため、比較的マシな表通りだけを選んで歩く。


 『いい? 会話は絶対にこの宇宙服の近距離通信機能だけを使うこと。声に出しちゃ駄目よ』


 ヘルメット越しに、サンドラの呆れたような声が響く。二人の手はしっかりと繋がれていた。


 『えー、なんでわざわざこんな息苦しい格好しなきゃいけないの?』

 『私くらい美人になると、顔を出して歩くだけで変な虫が寄りついて面倒なのよ。それに、あんたみたいな出どころが真っ黒なガキは、どこで懸賞金が懸けられてるかわからないでしょ。身を隠すに越したことはないわ』

 『へえへえ、自称美人のママの言う通りにしますよーだ』


 通信越しに生意気な口調で返すイリスだったが、その内心は少しばかり不満だった。

 繋いだ手から伝わってくるのは、分厚い耐圧グローブの無機質な感触だけ。これでは素手の温もりが感じられない。

 その不満を隠すように、イリスはことさら鬱陶しく足をバタつかせ、繋いだ手をぶんぶんと振り回した。


 『こら、大人しく歩きなさい!』


 ゴツン、とサンドラがイリスのヘルメットを軽く小突く。

 今日の主な目的は、イリス用の偽造IDを手配することだった。今後の逃避行において、いつまでも身分証なしというわけにはいかない。

 だが、肝心のイリスがそれを阻んでいた。


 『あ、ママ! あそこの露店、なんかピカピカ光る変な石売ってる!』

 『ちょっと、引っ張らないで。あんなのただの工業廃棄物のガラス玉よ』

 『こっちの店は変な生き物のお肉焼いてる! 食べたい!』

 『お腹壊すから駄目。ていうかヘルメット被ってるでしょ』


 生まれて初めて見る雑多な光景に興味津々なのか、イリスはあちこちへ寄り道をしてはサンドラを振り回した。

 サンドラも口では『いい加減にしなさい』と注意し、たまにヘルメットをどつきはするものの、結局はイリスのわがままに付き合い、怪しげなガラクタのおもちゃを一つ買い与えてしまう甘々っぷりだった。

 おかげで、目的の偽造ID作りは一向に進まない。


 ***


 『あー、お腹空いた。ママ、ご飯にしよう』

 『はいはい。ちょうどいいところに無人の店があるから、そこで』


 二人が入ったのは、調理から配膳までロボットが対応する完全無人の飲食店だった。主に合成素材を利用した、星系中どこにでもあるような一般的なチェーン店に近い。

 個室とまではいかないが、座席ごとに背の高い仕切りがあるため、ヘルメットを脱いでもある程度は周りの目を気にせずに済む。

 テーブルにある端末でメニューを眺めていたイリスが、ふと鼻で笑った。


 「ぷっ、なにこれ。“スペースお子様ランチ”? 合成タンパク質のハンバーグに、旗が立ってるだけじゃない。こんな子ども騙し、誰が頼むの? 馬鹿みたい」

 『メニューに文句言わないの。というか外に声が漏れてる。どうせならもっと栄養価の高いものを……』


 サンドラが説教を始めようとしたその時だった。


 「──おい、今、このお子様ランチを馬鹿にしたか?」


 ドカッ、と仕切りの入り口に大きな人影が立った。

 歴戦の傭兵を思わせる、傷だらけの厳つい顔をした大柄な男性だった。

 手にはトレーを持ち、そこには誇らしげに旗の立ったスペースお子様ランチが乗っている。


 (うわ、面倒くさい奴に絡まれた……!)


 サンドラはヘルメットの中で盛大に顔をしかめた。


 「あー、いえ。うちの子が少し口が滑っただけでして……」


 適当にやり過ごそうと愛想笑いをするサンドラだったが、男性の次の行動で空気が一変した。

 トレーを持ってない右手が腰に伸び、無骨なビームブラスターの銃口がサンドラたちへと突きつけられたのだ。


 「……ところで、最近、とある大企業様が羽振りのいい懸賞金を出してな。なんでも、金の髪と青い目をした少女を探してるらしいんだが」


 獲物を狙う猛禽類のように目が細められる。


 「ヘルメットを取ってくれないか? 確認だけしたい。違ってたら、迷惑料代わりにここの食事代は俺が奢ってやるよ」


 ただのふざけた野郎かと思いきや、その目は本気のそれだった。


 (こんな辺境にまで情報が回ってるとか、さすがに手が早い)


 サンドラは脳をフル回転させ、どうやってこの危機的状況を切り抜けるか頭を悩ませた。

 相手はプロだ。少しでも不審な動きを見せれば撃たれる。

 サンドラは小さくため息をつくと、通信機越しに『こっそり話を合わせなさい』とイリスに指示を飛ばした。


 「……わかりました。撃たないでくださいよ」


 サンドラはゆっくりと両手をヘルメットにかけ、ロックを外して素顔を晒した。

 長く黒い髪に、切れ長の赤い瞳。

 男性の銃口は揺らぐことなく向けられていたが、その整った顔立ちを見て、わずかに感心したように眉を動かした。


 「ほら、クソガキ。あんたも早くヘルメット取りなさい」


 サンドラが促すと、イリスは「えー、めんどくさいー」と露骨にぶーたれた声を上げた。


 「せっかくご飯食べるなら、おやつ追加してよ! あ、これ持ち帰りもできるんだ! じゃあこのグラタンと、オムライス、ケーキ三つと……ついでにその馬鹿みたいなお子様ランチもテイクアウトで注文しちゃうもんね!」


 イリスはヘルメットのロックに手をかけながら、もう片方の手でテーブルの端末を恐ろしい速度で連打し始めた。


 「おい、ちょっと待て! 何勝手に注文して……!」

 「あ、おじさん奢ってくれるんだよね? ありがとー!」


 あまりの図々しさに、サンドラと男性は一瞬、呆気に取られて言葉を失った。

 特に男性は、イリスがヘルメットを外そうとしているため、下手にブラスターを撃つこともできず、端末の画面に次々と表示される注文完了の文字に少し意識を持っていかれた。

 その一瞬の隙を、サンドラは見逃さなかった。


 (今だ!)


 テーブルの下に隠していた手を素早く動かし、護身用の小型ビームブラスター(非殺傷の麻痺設定)を抜いて放つ。


 「がっ……!?」


 光の束が腹部に命中し、全身の神経が麻痺したことで巨体が崩れ落ちる。

 サンドラは男性が倒れて音を立てる前に襟首を掴み、実質的に個室となっている仕切りの内側へと強引に引きずり込む。

 重力が弱いおかげであっという間だ。

 そのまま流れるような動作でビームブラスターを奪い取り、持っていた充電用ケーブルで手足を縛り上げる。


 「……ふぅ。心臓に悪いわ、ほんと」

 「わあ、ママかっこいい! 見事な手際だね!」


 ヘルメットを脱いだイリスが、素直な称賛とともにパチパチと拍手をした。


 「あんたのあの図々しい注文のおかげよ。……で、こいつ、どこと繋がってるのかしら」


 サンドラは麻痺して白目を剥いている相手のポケットから情報端末を抜き取り、ロックを解除して中身を確認した。


 「……野良の賞金稼ぎか。組織立って動いてるわけじゃなさそう」

 「ふーん。じゃあ、ここで殺しといた方がよくない?」


 イリスが息を吐くように恐ろしいことを言うが、サンドラは即座に首を振った。


 「死体が出ればコロニーの治安部隊が動く。それだけならまだしも、私たちのことが記録に残るかもしれない。麻痺だけなら、よくある揉め事で済むから」


 サンドラは端末に表示された懸賞金の情報に目を落とす。


 「生け捕りなら、最新型の宇宙船が一つ買える額。でも死体の場合は……私が手にしたことがある程度の大金にまで下がる」


 明らかに生け捕りを推奨している。

 さらに不気味なのは、イリスの鮮明な顔写真こそあるものの、彼女の危険性──人の脳や機械へのハッキングという部分に関する注意書きが一切ないこと。


 「正体を隠したいのはわかるけど、まともな警告もなしにハンターに追わせるなんて。本気で捕まえたいのか、捕まえたくないのか……」


 サンドラが呆れ混じりに呟くと、ちょうどロボットが大量のテイクアウト容器を運んできた。


 「お待たせいたしました。ご注文の品です」

 「……はあ」


 サンドラは自分の口座から渋々支払いを済ませると、大量の料理を抱えて席を立った。

 情報を抜いた相手の端末は、発信器などを警戒してその場に放置する。


 ***


 宇宙港へ戻り、無事にエリンジウム号のハッチを閉めたところで、ようやく二人はヘルメットを脱いだ。


 「ぷはーっ、やっと息が吸える!」


 イリスが金色の髪を揺らして伸びをする。

 そして、テイクアウトしたお子様ランチの容器を開けながら、先ほどのサンドラの疑問に事もなげに答えた。


 「さっきのだけどさ、あれは無知なハンターを使い捨ての探知機にしてる」

 「探知機?」

 「そう。わたしの能力を知らない馬鹿な賞金稼ぎが、わたしを見つけて接触してきたらどうなるか。当然、返り討ちにあって死ぬか、通信が途絶えるでしょ? セレスト・インダストリーは、“生きた探知機に何か起きた座標”を監視してるの」


 合成ハンバーグをフォークで突き刺しながら、イリスは冷たく笑う。


 「そうやって居場所を特定して、確実にわたしを捕獲できる本命の精鋭部隊をピンポイントで送り込んでくるってわけ。合理的でしょ?」


 その言葉の裏にある大企業の冷酷な計算に、サンドラは肩をすくめた。

 あの大男が定期連絡を怠るか、あるいは目を覚まして騒ぎ立てれば、いずれはこのコロニーの座標が割れるだろう。


 「……とりあえず、ここに長居はできないわね」


 サンドラは操縦席に座り、スラスターの予熱を開始した。

 補給は済んでいる。修理はできてないとはいえ、飛ぶのに問題はない。


 「出発よ、クソガキ。シートベルト締めなさい」

 「はーい、ママ!」


 お子様ランチを頬張る無邪気な少女と、彼女を狙う巨大な影。

 二人の終わらない逃避行は、暗黒の宇宙へと続いていく。

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