13|特別は枷か、役割か
13|特別は枷か、役割か
玉座の間を辞したあと、僕たちが通されたのは、それよりもずっと小ぢんまりとした会議室だった。
円卓を囲むように並べられた木製の椅子。磨き抜かれた床には、窓から差し込む陽光が王都の白い屋根の反射を連れて、細長く落ちている。部屋の隅にはすでに数人の文官と、厳しい顔つきをした魔導士たちが控えていた。僕たちが足を踏み入れた瞬間、突き刺さるような視線が一斉にこちらを向く。
その視線の鋭さに、僕は思わず足を止めかけた。
期待、疑念、あるいは「この少年が本当に?」という困惑。それらが混ざり合った無言の圧力が、まだ重い僕の身体を押し戻そうとする。
その時、ユースルフィアがさりげなく、僕の前へ半歩だけ踏み出した。
あからさまに庇うような動きではない。けれど、彼の背中が視界に入るだけで、張り詰めていた僕の呼吸は少しだけ深くなった。
ほどなくして、女王イリシアも姿を見せた。
さっきの玉座の間での厳かな雰囲気とは異なり、ここでは卓の奥に立ったまま、飾り気のない、けれどひどく切迫した声を置く。
「状況は一刻を争います。長い前置きは省きましょう」
その一言で、部屋の空気が一気に研ぎ澄まされた。
文官の一人が、円卓の上へ数枚の地図を広げる。セレスタニア大陸全土を描いたその羊皮紙には、血のような赤色でいくつかの印が打たれていた。
「改めて報告します。深碧の社で発生した『歪み』は、フィオル・ストラティの放った蒼い光によって完全に浄化されました。ですが、同様の現象はすでに世界各地で、ほぼ同時に確認されています」
女王イリシアが地図の一点を指差す。
深碧の社。そして、国境付近の森。さらには名前も聞いたことがないような小さな村々。
赤い印が増えるたび、僕の背筋に冷たい氷が押し当てられるような感覚が走った。あの惨劇が、僕の知らないところで、今この瞬間も起きている。
「現時点で報告が上がっているのは、この七地点です。放置すれば、黒い霧は土地を枯らし、人々を異形へと変えるでしょう」
「……こんなに、たくさん……?」
思わず漏れた僕の声に、女王イリシアが真っ直ぐな視線を向けた。
「……あなたの力を『偶然の一度きり』で終わらせるわけにはいかないのです。フィオル・ストラティ。あなたには今後、これらの歪みの調査と、その対処に関わってもらいます」
心臓が、大きく、痛いくらいに跳ねた。
関わる。
それは、もう書庫の片隅で埃っぽい本をめくっているだけではいられない、ということだ。
物語の外側で安全にページを開いたり、閉じる特権を、僕は完全に失った。
ユースルフィアがすぐに、鋭い声を上げた。
「陛下! フィオルはまだ病み上がりです。それに、あの力は彼自身にも制御できていません。あまりに急すぎます!」
「レイヴン……。わかっています。彼の負担がどれほどか、想像に難くありません」
女王イリシアは即座に頷いた。
「ですから、彼を一人で動かすような真似はさせません。……ユースルフィア・レイヴン」
「……はい」
「貴方を、フィオル・ストラティの護衛官に正式に任命します。カリナ・ロズウインドと共に、彼を支え、守り抜くのです」
ユースルフィアは一瞬だけ言葉を飲み込み、それから深く、重く頭を下げた。
「……謹んで、お受けいたします」
隣に立つカリナも、腕を組んだまま短く頷く。
迷いのない、鋼のような返答だった。
「本日付で、貴方たち三名を蒼天の塔直轄の、特別調査隊として扱います。……この世界の厄災『歪み』を正せる唯一の希望として」
特別調査隊。
文官たちの間に、波紋のようなざわめきが広がった。「加護なし」として息を潜めていた僕が、「特別」という言葉を背負わされる。
その滑稽なほどのギャップが、逆に恐ろしかった。これは名誉なんかじゃない。重い、重い、鎖のような責任だ。
いや、逆を取れば自分が今まで欲していた役割なのではないか?
感情が絡み合って僕はうまく声が出なかった。膝が少しだけ笑っている。
ユースルフィアがそんな僕を横目で捉え、ほんの少しだけ眉を和らげた。
「大丈夫だよ」と、声に出さずとも指先の微かな動きで伝えてくれる。その静かな強さが、今の僕には何よりも救いだった。
沈黙を破ったのは、カリナの低い声だった。
「行き先は、もう決まっているのですか?」
彼女の問いは、ひどく実務的だった。けれどそのおかげで、停滞しかけていた部屋の時間が再び前へと動き出す。
「ええ。西方の村で、歪みに関わる深刻な報告が入っています」
文官が地図の西端、山あいに位置する一点を指した。
「トルメア村です」
聞いたこともない名前だった。
けれど、地図の上で浮かび上がったその小さな地名が、僕たちの死線になるのだと理解した瞬間、胸の奥がゆっくりと、凪いでいくような冷たさに支配された。
もう、後戻りはできない。
次に歪みが現れた場所へ、僕自身が足を踏み入れなければならない。
世界を救う鍵なんて大仰なものじゃない、ただの震える少年の指先を、正体不明の厄災へ差し出すために。
「詳細は出発前に共有します。……今日は、準備を整えなさい。貴方たちの歩みが、セレスタニアの明日を決めるのです」
女王イリシアの言葉で、会議は締めくくられた。
特別調査隊。トルメア村。カリナ・ロズウインド――新しい言葉たちが、次々と僕の胸へ積み上げられていく。どれ一つとして、今の僕には馴染まない。重くて、尖っていて、抱えているだけで傷ついてしまいそうだ。
部屋を出る間際、僕はそっと卓の下で拳を握りしめた。
怖い。逃げ出したい。
けれど、ここで背中を向ければ、あの夢の中で笑っていたロイに、二度と合わせる顔がない。
行かないという選択肢は、もうどこにも残されていなかった。
僕は深く、深く息を吐き出すと、前を行く二人の背中を追って、光の差す廊下へと一歩を踏み出した。




