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01|五つの理と一つの空白

 調律暦二〇〇年。

 セレスタニア大陸、サンクレア魔導国――かつて、セプティム王国と呼ばれていた国。


 五年前、僕たちの生まれ育ったセプティム王国は、二つの組織による内乱によって裂かれた。ある者にとっては国を失った日であり、ある者にとっては家族を、友を、恋人を失った日でもあった。


 やがて二つの組織による内乱は、国どうしの争いへ姿を変えた。

 サンクレア魔導国と、ラグナヴェルト騎士国。かつて同じ王国に属していた人々は、今では別々の旗の下に立ち、杖と刃を向け合っている。


 戦とは縁のないまま生きてゆけるはずだった人々が、いまでは毎日のように死線のそばを歩いていた。


 僕は、フィオル・ストラティ。十五歳。

 訓練学校にいた頃の僕は“加護なし”と呼ばれていて、それは酷いいじめにあっていた。

 なぜなら、この世界に生まれた者はみな、火・水・風・雷・土――五つの(ことわり)から、一つの加護を授かる。そして人は、そのたった一つの加護を手がかりに魔法や剣を学び、育っていく。

 けれど僕には、その最初の一つがなかった。だから魔法が使えなかったし、戦場(いくさば)へ出ることも許されていない。


 鏡の前に立つたび、自分が頼りなく見える。金色の髪は光を受けるとやわらかく見えるぶん、意志まで弱そうに映るし、背だって同年代の中では高い方じゃない。細い肩に外套(がいとう)を羽織っていると、どこか身体の輪郭まで曖昧になる気がした。


 昔から、僕は前へ出るのが得意な方ではなかった。強い声で言い返すことも、誰より先に手を伸ばすこともできない。何かが起きた時、まず一歩引いてしまうし、俯いて床の木目を数えてしまう。傷つくのが怖いというより、誰かを傷つけてしまうのが怖い。嫌なことから目を逸らしてしまう臆病な性格だ。


 だからこそ、訓練学校ではずっと取り残されている気がしていた。

 うまく笑えない。強くもなれない。魔法すら使えない。そんな僕にできることなんて、本当にあるのだろうかと、何度も何度も考えてきた。


 けれど、何も感じないわけじゃない。

 誰かが痛そうにしていれば目が離せないし、困っている人を見れば、せめて何かしたいとは思う。いつかは誰かを守れる魔導士になりたい。と願っていた。


 そんな僕は隣にいるユースルフィア・レイヴンと、一緒に暮らしている。元々孤児だった僕が暮らしていた寮の部屋に、五年前の内乱で父親を亡くしたユースルフィアも一緒に暮らすようになっていた。


 ユルと呼ばれている彼の黒髪は癖なく整っていて、背筋はまっすぐで、杖を持つ指先まで静かだった。顔立ちは、とても整っているけど、それを鼻にかけるところがなくて、むしろ目元のやわらかさの方が先に印象へ残る。声を荒げることもほとんどなく、どんな時でも先に相手の呼吸を落ち着かせるような話し方をする人だ。


 穏やかで優しい人だ、と僕は思う。

 けれど、その静けさは弱さじゃない。


 ユースルフィアの父親は、生前この国の中枢組織で働いていた。訓練学校にいた頃から、教官たちがユースルフィアにだけはあからさまに強く出られなかったのを覚えている。


 そういう家の空気を吸って育ったせいか、ユースルフィアは昔から真面目で、物事をきちんと順序立てて考える癖があった。


 一見優等生、という言葉がそのまま形になったみたいな人だけど、真面目さが取り柄の難しい人ではなくて、時には冗談を言って人を笑わせられる人だ。

 

 追い詰められた時や、どうしても譲れない場面になると、たまに父親の“立場”を笑顔のまま滲ませることがある。声はやわらかいのに、相手だけが先にたじろぐような言い方をするのだ。


 よく「おぼっちゃま」とか「ななひかり」とか、好き放題に揶揄(からかわ)れていたっけ。

 

 僕にとってユースルフィア・レイヴンとは、そういう人だった。


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