26 司祭長断罪/復讐は華麗に
司祭長の顔色が、さっと青ざめた。
「私は無関係です。あれは宮廷医長が勝手に——」
「黙れ」
王太子様の声は容赦がない。いつも穏やかなのに、こういう時は王族の威厳がある。
「おまえが“魔女”の噂を流した。証言も証拠も揃っている。王家の“影”がすでに裏を取った。神の名を利用し、民を煽った罪は重い。……それに私は見たのだよ。契約の前日、おまえが宮廷医長の屋敷を訪ねる姿をな」
司祭長は膝から崩れ落ちた。
「……リリアーナ様のせいです! 私は悪くない! あの令嬢が『姉の性格が急に変わった』『薬草ばかり扱って魔女のようだ』と……相談してきたのです。それに、美容液は宮廷医長から言い出したことです。私は止めようとしたのですよ」
王太子様は表情を動かさなかった。冷えた視線だけが司祭長を貫く。
「おまえに言わせると、周りが全部悪くて自分は悪くないということか。リリアーナには呆れるが、おまえの罪は消えない。司祭長の位は剥奪。王都より永久追放とする。……なお、その罪状は国中に公示される。二度と聖職者の地位に就けると思うな!」
宣告が落ちた瞬間、室内の空気が凍りついた。
司祭長からは、全ての表情が消えた。顔から血の気が引き、指先だけが小刻みに震えている。近衛騎士に引き立てられて、部屋を出て行った。私は、そんな司祭長を見ながら、リリアーナのことを考えていた。リリアーナの罪を追求することは難しい。 なぜなら彼女が実際にやったことは、 貴族が居並ぶ王妃様主催の夜会で、「お姉様は……魔女、そのものなのかも」と言っただけだから。断定したわけでもなく、私に直接危害を加えたわけでもない。けれど、あの発言があったからこそ、私は宮廷医たちの研究塔に軟禁されることになった。
「リリアーナのことは、私がなんとかしよう。母上主催の夜会でセシリアの名誉を汚したのだ。宮廷医長や司祭長の悪事が露見した今なら、リリアーナのことも追い詰められる」
王太子様がそう言ってくださった。
私は静かに 首を横に振った。
「 お待ちください。 あの子には思い知らせる必要があります。私を貶めるとどのようなことになるかを。これは姉妹の戦いなのですわ。」
「……そうか。私はいつだってセシリアの味方だ。たとえ、この世の中の全ての人がセシリアと敵対しようとも……」
その言葉だけで充分だった。
私の身体に力がみなぎる。
これは私がしなければならない戦い。
自分の身は自分で守るわよ!
今度こそ、容赦はしない!
翌日、私専用の調合室にて。
壁側にぎっしりと作られた棚には、たくさんの薬草を入れた瓶が並んでいる。葉の形のまま詰められたものもあれば、粉末になっているものもある。どれも軟禁される前に作っておいた、天日で干したものだ。
「王妃様に差し上げる 美容液を作りたいの。力を貸してちょうだい」
私は声を張り上げた。
「はい! 私を使えば小皺があっても、ふっくら元通り! 大人の女性向きでしてよ。あっという間に乙女の肌にしてみせましょう」
星蜜草の声だ。
「あたしも使ってー! 月光を浴びて育った葉は、肌に艶を戻すわ! ちょうど王妃様は、お肌の曲がり角でしょー」
これは月光銀葉の声ね。ちょっと失礼だけど、効果はすごい。
「 前に使っていた薬たちも入れてあげよう……完璧な美容液の出来上がりだわ 」
そう呟くと、研究棟で一緒にいた薬たちも大喜び。
「雪鈴さま! 大好き!」
その声は、どこか誇らしげだった。
こうして調合していると、心の底から楽しい気分になる。やっぱり自分の調合室で、作りたいものを作る方が何倍も楽しい! 私は、できた美容液を綺麗な瓶に詰めた。
早速、王妃様のサロンへと向かう。
侍女がすぐに王妃様に取り次ぎ、待つことなく暖かい声で迎えられた。
「 セシリア、よく来てくれましたね! あなたの顔が見れて嬉しいわ。ちょうど今ね 、お茶を頂こうとしていたのよ。 一緒にお菓子を食べましょう」
「まぁ、ありがとうございます! 実は、王妃様に贈り物があります。こちらは私が作った美容液です。以前王都で出回っていた美容液とは違います。さらに特別なものを入れて、効能も優れたものになっています」
私は王妃様に恭しく、両手で瓶を差し出した。
「新しく作ったものなの? 綺麗な色ね」
王妃様は、うっすらピンクに色づいた美容液を、嬉しそうに見つめた。
「まずは王妃様に差し上げたくて、もう一度調合し直しました。妹の軽率な発言で、王妃様主催の夜会をお騒がせしてしまいましたでしょう? そのお詫びですわ。それから、あの場にいらしたご夫人たちにもお届けしたいのですが……よろしいでしょうか? その中で体調に不安のある方がいらっしゃいましたら、そのお手伝いもしたいと思っております」
「まぁ、それは素敵なことね。社交界で影響力のある夫人の名を数名、教えてあげるわ。一番に私のところへ持ってきて相談してくれるなんて……嬉しいわ。宮廷薬師といえど、他の貴族の相談に乗ってはいけないという決まりはありませんわよ。私が許可します」
王妃様は鼻歌を歌い始めるほどに、ご機嫌だった。まずは王妃様という私の判断は正解だった。王妃様から主だった夫人たちの名前を伺い、メモを片手に自分の部屋へと戻った。ご都合の良い日時を伺うために、使いをエルファ公爵夫人の元へ送る。
数日後、私は社交界で、王妃様の次に影響力のあるエルファ公爵夫人のサロンにいた。
「こちらは 王妃様主催の夜会で、お騒がせしてしまったことへのお詫びです。私の愚妹が不適切な発言をしたせいで、あの後の夜会が台無しになりましたでしょう? 本当に申し訳ございませんでした」
「セシリア様が謝ることではありませんわ。謝るとしたら娘の躾けがなっていないヴァレンティア公爵夫妻です。本来なら家族とはお互いに助け合うものですのに、まさか妹の立場で姉を窮地に陥れるとは……恐ろしい令嬢ですわ」
エルファ公爵夫人は、眉根に皺を寄せた。
私は美容液の効能と、王妃様にも献上したことをお伝えし、「 体調に何か問題があればお役に立ちます」と言葉を添えた。
「まぁ、そんな素晴らしい美容液をくださるの? 何と嬉しいことでしょう! 問題といえば……最近膝が痛くて困っているのよ……」
途端に夫人の愚痴が始まる。両膝を指さし、重いため息をついた。
「 それなら、良い薬を後ほど使いに届けさせますわ。何なりとご相談くださいね。王妃様からも許可は頂いております」
エルファ公爵夫人は満面の笑顔だった。
王宮に戻り膝の痛みに効果的な薬を調合すると、早速エルファ公爵夫人の元へ使いを出した。
数日後、エルファ公爵夫人が直接私の調合室にいらっしゃった。
「あの化粧水を使ったら、とても肌が見違えたのよ。ご覧になって? 『すっかり若返った』と主人からも言われましたわ。それに膝の痛みも消えて、今では階段もスイスイ登れるのです。セシリア様は本当に奇跡を起こしますね。…… 聖女様よ。そう……聖女様ですわ!」
開口一番、私を褒め称えた。
「いいえ、そんな恐れ多いことです。ただお役に立てて、とても光栄に思います」
「あぁ、その謙虚なところも素晴らしいのよ。私はヴァレンティア公爵夫妻とは絶縁しますわ。あのリリアーナ様ともね。だって、セシリア様を少しも庇わなかったでしょう? それにリリアーナ様ときたら、姉を貶めるような発言をなさったのですもの。私とお付き合いのある方々にも宣言しなくては。私はセシリア様の味方です、と」
後日、私は社交界に影響力のある侯爵夫人や伯爵夫人――王妃様から伺った重鎮たちにも同じように働きかけ、信頼を勝ち取り味方に引き入れたのだった。
王妃様と特に影響力のあるご夫人たちを味方につければ、どの夜会に赴いても周囲は自然とこちらにつく。なぜなら、貴族たちは常に力の均衡を見て、どちらにつくべきかを見極めるから。
私はこうして家族やリリアーナ、ルシアン様を追い込むべく、包囲網を張り巡らせたのだった。
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※次回より一日一回、朝7時の更新になります。よろしくお願いします!




