25 医長断罪
「罪? 私は民を導く者ですよ。あなたは、神に背くおつもりですか?」
「悪事? 私は日々、医学の進歩を目指して研究漬けの毎日です。そんなことをする暇もないですよ」
ふたりは王太子様を小馬鹿にしたように、薄く笑みを浮かべたのだった。
私は、はらはらしてしまう。けれど、王太子様は余裕たっぷりの表情でソファから立つと、執務机に向かい、引き出しから一枚の書類を取り出した。
「これだよ。私と宮廷医長とで交わした契約書だ」
ポンとテーブルの上に投げた書類には、サインと指印があった。よく見ると、美容液百個という文字が確認できる。
「その書類がなんだというのですか? 私にはさっぱり分かりませんね」
宮廷医長は一瞬だけ視線が動き、唇を歪ませた。
「王太子様、私は忙しい身なのですよ。信者たちの懺悔を聞かねばならぬ時間です!」
司祭長はイライラと声を荒げた。
「なるほど、やはり素直に自白はしないか……あれを持ってきてくれ」
王太子様が隅に控えていた近衛騎士に命じた。
別室から持って来させたのは、眼鏡と付け髭だった。髪に直接塗りつける染料もある。王太子様は髪色を変え、それらをつけた途端、別人になった。
(驚いた! まるで、印象ががらりと変わるのね。これだと、私でも気がつかなそうだわ)
すると、宮廷医長が「あっ」と小さな声を漏らす。
「おまえは……あの時の商人じゃないか! ……まさか……王太子様だったのか?」
驚きと悔しさの入り混じった表情を浮かべたかと思うと、一瞬でテーブルの書類を、破いてしまった。
「これでもう証拠はないさ! 私を疑うことなどできないはずだ」
勝ち誇ったような笑いをあげた。
(え? そんなことをしたら余計怪しいわよ……)
やはり、王太子様もそう思ったようで、苦笑しながら首を横に振る。
「愚かだな。その行動そのものが自白だし、今、お前が破いた書類は偽物だ。本物は、最初から別に保管してある。どんなに言い訳しようとも、指紋は誤魔化せないぞ! 観念するんだな」
「つっ……私は悪くない! そもそもセシリア様は医学を学んでいません。そんな者の薬を重用し宮廷薬師という官職まで与えた。王家が悪いでしょう? 私たちが、今までどれほど努力してきたか、王太子様はご存じないのです!」
「言い訳は聞きたくない。宮廷医長! おまえは宮廷医の官職を失い、医師免許を剥奪される。……なお、その罪状は国中に公示する!」
「重すぎます……! 私は医学に人生を捧げてきたのです。それを奪われたら何も残らない! 公示されれば、この国では生きていけない……異国でも免許がなければ医師としては働けない……そんな、そんな……!」
あれほど不遜な態度だった宮廷医長は、ポロポロと涙をこぼした。
そして、なぜか私に向かって縋るような目つきで懇願し始めた。
「セシリア様。お願いです。私を助けてください! あなたが言えば、王太子様も、もっと穏便な処分に変えてくださるはず。私はあなたに肘掛け椅子と作業用テーブルを与えたでしょう? 居心地よくしてあげたつもりです!」
「……それは美容液を作らせたかったからですよね? 私は、自分を脅すような人を助けるつもりはありませんわ」
「なんて、冷たい女なんだ……どうしよう……私は破滅だ……」
宮廷医長はブツブツと自分の未来を悲観し、頭を掻きむしっていた。
(なぜ、私に助けてもらえると思うの? 軟禁されていた私が、助けるわけないでしょう?)
「自業自得だ。宮廷医長でいたかったのなら、こんな姑息なことをしなければ良かったのだ。ちなみに、この決定は父上も母上も承認している」
王太子様は氷のような冷たい声で断罪したのだった。
宮廷医長は、もはや王太子様の言葉が聞こえていないようだった。目は宙の一点を見つめ、ブツブツと不気味に呟き、正気かどうかも怪しい。近衛騎士に引っ立てられて退室したが、それ以降、宮廷医長を見ることはなかった。
そして、次に王太子様が目をやったのは、司祭長様だった。
途端に司祭長様は、宮廷医長を貶し始める。
「宮廷医長め……愚かな男だ。私は以前から、あの者のやり方には疑問を抱いていたのです。王家を欺くなど、あってはならぬこと。さて、私は無関係ですので、これで失礼いたします」
司祭長様がソファから腰をあげようとした時だった。
「逃がさないぞ。次はおまえの番だ!」
王太子様の鋭い声が、その場に響いたのだった。




