占い師はみている。そして、みせられる。
そんな異様としかいえない状況を、大階段の少し上にある部屋から見下ろしている存在がいた。
「やっと、始まったわね……」
年の頃は三十過ぎ、のようにも、ふとした瞬間に五十過ぎにも見える掴みどころのない容貌をした女性。
身体つきがわからないローブを身にまとい、室内だと言うのにフードを被ったその姿は魔女か占い師か。
少なくとも、この王城内では占い師として通っている人物ではあるのだが。
浮かべている表情は神秘性など欠片もない、随分と苦々しいもの。
「本当に、一体どこで何が狂ったというの。誰が狂わせたというの。
……中心にいるのは、間違いなくあの娘、ニコール。なのに、本当にどういうことなの」
いくら前国王から重用されていたとはいえ、一介の占い師が侯爵令嬢に向けるなど許されない視線がニコールへと向けられる。
忌々しい、と目は口ほどに物を言う。なんなら憎しみすら滲む視線。
彼女にとっては幸いなことに、今この部屋には彼女しかいない。
だからこそ、無遠慮にそんな目を向けられるのだが。
「どれだけ調べても、悪役令嬢ニコール・フォン・プランテッドと合致しない。
なのに、どれだけ調べても、転生者である証拠が見つからない。
やっていることは、明らかに普通の貴族令嬢じゃないというのに」
わからない。だから、苛立たしい。
前王時代、この世界のことで知らぬものなどないかの如く振舞っていた占い師。
彼女にもまた前世の知識、そしてこの世界と酷似した小説の知識があった。
それを乱用して、この立場まで来た。知らぬものなどないとすら思っていた。
だというのに、いよいよここからが本番と待ちわびていた時代に現れた、特異点としか言えない存在。
本来であれば打倒されるべき悪役令嬢。
そのはずなのに、今や押しも押されぬ、それでいてどう表現していいかはっきりとは言えない存在。
一年と少し前、これ以上ない程に人々の目を引くドレスに身を包んだ彼女はファニトライブ王国の王子と踊り、社交界の話題をかっさらった。
ほとんど社交界に顔を出すことのなかったニコールの、鮮烈としかいえない強烈な印象を残した独壇場。
だがしかし、それから我が物顔で社交界で大きな顔をするかと思えばそんなことはなく、それどころか用は済んだとばかりに自領で引きこもる日々。
もうこの時点で占い師の予想は外れまくっている。
更にはほんの少し前まで、大商会の会頭だった。こうなっている時点で相当におかしいのだが。
では実業家なのか、と言われれば明らかに違う。
ベイルード伯爵の糾弾による査問会で見せた堂々たる振る舞いは、そんな雰囲気を見せもしたのだが。
様々な騒動の後、彼女はあっさりと責任を取って自らその職を辞したのだから、少なくとも彼女の核は実業家ではないのだろう。
それでは、数多の難民を受け入れる篤志家か? と言われれば、これも違うのは恐らく間違いない。
貴族の務めと嘯いて難民や追放刑にあった連中を受け入れてはいるが、彼ら彼女らを哀れと思って迎え入れたわけでは決してないことは調べでわかっている。
そうでなければ、ああも迅速に就職させるわけがない。
それもまるで、彼女には難民たちの持つスキルが見えているかのように、的確に。
「あんなモブどもに名前やステータスが振られてるわけもない。だったら、なんであの娘にだけそんなことが出来るっていうの……?」
このクリィヌック王国には、有能な貴族も相応の数だけいる。
そんな貴族達にもできないことを、平然とニコールはやってのける。
残念ながら占い師は、そこに痺れもしないし憧れもしないのだが。
「あの娘は、贅沢が好きで、飽きっぽくていい加減で、人使いの荒い最低女なはずでしょう? なんで、こんなことになっているのよ!」
思わず大きな声が出て、慌てて自らの手で口を塞ぐ。
今は、城付きの侍女やメイドもいないから、聞かれることはない。
しかし、聞かれてしまえばかなりまずい。
今や侯爵令嬢となったニコールへと罵詈雑言を向けたとなれば、流石に即極刑とはならないにしてもそれ相応の社会的デメリットは負うことになる。
彼女はその程度の計算はできるし、その計算を一瞬忘れてしまうくらいに、思い通りにいかないニコールのことがストレスになっていた。
だから彼女は気付けなかった。
ルーカス達職人一同が全身全霊を込めて作ったドレスが贅を凝らしたものに見えていたこと。
商会を発展させながら、その座をあっさり捨ててしまったことが、見ようによっては飽きて手放したように見えること。
出来るからと、傍目には無茶ぶりに見える仕事を実現可能な人員に振っていること。
それらが、ある種の視点から、どう見えるかということ。
……困ったことに、それぞれはそれなりに事実であること。
そんな俯瞰的な分析を、今の彼女は出来ないでいた。
それが、今に限ったことかはわからないが。
「それももう、どうでもいいわ。こうして、やっと舞台に引っ張り出せたのだから」
やっと落ち着きを取り戻したのか、ふぅ、と大きな吐息が零れる。
そんな占い師の目に入ってくるのは、小説でも挿絵が描かれた場面。流石に、画角は違うが。
主人公であるリズナ・フォン・サイダウンテンと、悪役令嬢であるニコール・フォン・プランテッドが相まみえる場面。
想定外なことばかり起こってきた。しかしそれらは、本編が始まる前のこと、碌に描写されてこなかったこと。
だったら、彼女が思っていたのと違うなんてことがあってもおかしくはない。
そして、それでもニコールは狙った形でこの舞台にやってきた。
後はシナリオ通りに進んでいくはずだ。
「まあ、なんて顔をしてらっしゃるのかしら!」
ニコールが、見下ろしているリズナへと向けて、声を上げた。
咎めるような口調で。少なくとも、占い師にはそう聞こえた。
そうして、ツカツカと苛立ったかのような足取りで、ニコールがリズナへと向かう。
そんなニコールを、リズナは緊張と怯えの入り混じった顔で、睨みつけるかのような目で見つめていた。
まるで、これからニコールによって加害されることがわかっているかのように。
……いや、実際に、わかっているのだ。
何しろこの占い師、チェステにそう吹き込まれているのだから。
クリィヌック王国貴族の大半は、なんだかんだ、占い師チェステの言葉を疑っていない。
リズナもそうであり、だから彼女は、チェステの言うことを信じ、階段の上でニコールを待ち受けているのだから。
よくよく考えれば、この場面も貴族的慣例から言うとリズナの方に非がある形なのだが、それを訂正する者がここにはいない。
ニコールの侍女であるサーシャは何かを言おうとして口が動かないのだが、モブと認識している彼女の様子を、チェステは認識していない。
「さあ、物語の始まりよ!」
やっと、始まる。これで、思う通りのシナリオに進める。
そう確信して唇を歪めたチェステの前で、ニコールがリズナへと肉薄して。
その手を、振り上げた。……ように、チェステには見えた。
そして。
「そんなお可愛らしいお顔に浮かべていい表情ではございませんわよ!?」
そう言いながら、ニコールはリズナの頬へと手を伸ばし、そっと撫でた。
それから、はっと気が付いたような顔になる。
「……ああ、それとも王宮にいらして緊張してらっしゃるのかしら?
大丈夫です、ここでは守るべきマナーこそございますが、それさえ守ればなんとかなります! なんとかなりますから!」
きっぱりと力強く言い切って、ニコールは晴れやかさ満開の笑顔を見せた。
だから。
「なんでそうなるのよぉぉぉぉ!!!」
目撃してしまった占い師チェステは、ついに抑えきれず大きな叫び声を上げてしまった。




