第254話 ウイニングショット
8回裏、ワンナウトランナー3塁で迎えた私の第4打席はボール球から始まる。流石に前の打席でホームランを打った奴に、ストライクから入らないか。
1点差で最終回を迎えたいアメリカと、追加点をとって安全に最終回を迎えたい日本。ここが踏ん張りどころだと考えたのか、疲れが見えているのに向こうの投手の球威は増した。
私の予想だと、この投手の決め球は前の打席で見たシュートだと思う。ナックルは何かの拍子に投げられるようになってしまったのか、練習で取得出来たのか分からないけど、そこまでナックルにはこだわっていない。
左腕のシュートは、右バッターにとって外へ逃げて行くような軌道を描く。アンダースロー特有の浮き上がる軌道も加わり、もう1球見たところで私には打てそうにもない。
……でも、キャッチャーの方はナックルを決め球に使いたいみたい。初球のシュートと2球目のストレートが外れてカウント2-0になってから、シュートでカウントを稼ぎに来たし、シュートが決め球という意識は無いんだろうね。
実際、ナックルの方が打ち辛いのかもしれない。しかし私にとっては、絶対にシュートの方が打ち辛いはずなんだよね。ここで日本とアメリカの価値観の違いが現れているのかは分からないけど、アメリカでは落ちる変化球の方が評価されやすい。
次のスライダーはデッドボール寸前だったけど、思わず打ってしまってレフトのポールを僅かに切れる。流石に、死球を警戒していない状況でこのレベルの変化球の暴投をホームランにするのは難しいね。
カウント2-2となって、5球目。相手のバッテリーはウイニングショットに、ナックルを選択した。そのナックルを私は捉えて、左中間に飛ばす。
僅かに芯からはずれていたのか、ホームランにはならず、打球はフェンスに当たるタイムリーツーベースヒット。ここでアメリカは5人目の投手が出て来るけど、真凡ちゃん相手に140キロの速球とコントロールが取り柄の先発タイプの右腕は相性が悪いね。
アメリカの選手にしては華奢な身体つきの5人目ピッチャーから、真凡ちゃんは2球目でヒットを打つ。変化球がカーブとチェンジアップしかない上、速球中心の投手なら真凡ちゃんは確実にゴロを打てる。
センター前ヒットになったので私は本塁まで還り、4対7と3点差まで点差が開く。本城さんと白木さんはアウトになってしまったので、この回は2点止まり。それでも最終回を迎えて、3点のリードは心に余裕が出来るね。
そして当然、最終回のマウンドにも私が登る。迎えるバッターは、アメリカ最強のバッターである3番のレイラ・スー・ワーナーさん、私がこの世に居なかったら、今大会のMVPだったんじゃないかな?
(これでも、まだ下かよ。……普通のストレートより、5インチは上の軌道を通ってそうだな)
9回表、日本との点差を3点差で迎えたアメリカは奏音の攻略の糸口が見つからなかった。先頭バッターであるレイラは、2球続けて空振りをし、カウントは0-2になっていた。
(あれは別に化け物でも何でもない。出来ることが多いだけで、力量差が愕然と開いているわけでも無い。打つ方も、かなりメッキは剥がれていた。投げる方は、もうボロボロだ。……じゃあ何で、俺はあれの球を打てないんだ!)
3球目、114キロのストレートを打つも、バットの上部に当たったためファールになる。カウントは変わらず、0-2と追い込まれているために彼女はバットに当てることだけを集中する。4球目に奏音は縦スラを投げ、レイラはこれもファールにした。
5球目。投手と打者の両者は、これが勝負の分かれ目となることを直感していた。何故なら日本ベンチは奏音が限界だと見て別の投手の用意をしている。そしてレイラが出塁すれば、日本ベンチは投手を代える予定だった。そのことを奏音は、雰囲気で察知している。
その5球目に、奏音はスローボールを投げた。別に全力で投げて遅くなったわけではない。意図的に、手加減した球を奏音は投げたのだ。その球速は90キロにも満たないし、さっきまでのようにスピンがかかっているわけではない。
(なっ!?くそっ、ふざけんな!)
その球を、レイラは捉える。しかしながら、芯で捉えたわりには打球が飛ばない。その理由は、レイラがスイングを崩して当てたことと、球速があまりに遅すぎたからだ。
速い球であるほど、芯で捉えれば飛びやすい。逆に遅い球は、飛ばすのにバッターの力が必要となる。球速が遅いせいでスイングを崩しながら、スイングのスピードを緩めながら、バットに当てたレイラにスタンドまで飛ばす力は無かった。
高く上がった打球は、レフトを守る伊藤がフェンス間際で捕球をする。ワンナウトとなり、チーム最強のバッターが打ち取られたことで、アメリカ代表の士気は落ちた。
後続のバッターも抑え切った奏音が、マウンドでグッと握りこぶしをつくる。4対7で日本はアメリカを降し、試合に勝った。
そしてこの瞬間、日本代表はU-18W杯で優勝したことが決まった。日本はアジア勢で初めて、U-18W杯を優勝したことになる。その中心選手であった奏音は大会MVPを獲得し更なる注目を集め、同時に芳田や本城、伊藤や友理などの選手も注目を集めた。