第248.5話 運
日本対アメリカの試合の2回裏。先頭バッターのカノンはボールを打ち上げ、湘東学園の面子は息を呑んだ。アメリカのセンターが立ち止まり、アウトになると予感したからだ。
しかし、打球はなかなか落ちて来ない。やがてセンターは少しずつ前進を始め、それはダッシュになる。そのセンターの前に、打球は落ちた。
「落ちたぁ!?」
「え、何で?」
1年生の中谷や牛山は、今のプレーを見て何で打球が落ちたのか理解出来なかったが、2年生の梅村や春谷はどうしてそうなったかが分かる。しかしそれを口に出すほど、答えに自信は無かった。
「……今のは、ボールの下にバットが掠ったんだと思うけど、それであれだけ高く飛ぶ?」
「ザラさんの速球が速かったのと、カノンさんのスイングが速すぎた結果があの超スピンじゃないんですか?
掠っただけだとは、私は思えませんが……リプレイだと、本当に掠っているだけですね」
「あのセンター、守備はかなり良いしミスをしたとは考えられないからやっぱりそうなるのか。
超スピンと、風も味方したのかな」
「最初の打球の飛び方で落下点を推測していたのでしょう。しかしセンター前2塁打とは、中々見れるものでは無いですね」
梅村と春谷は、答えの確認をしながら話す。カノンはザラの速球を打ち損じ、打球は高く上がった。その打球には強烈なバックスピンがかかっており、向かい風の影響を受けて極端な失速をした。その結果、センターは目測を誤って前に落としてしまう。
全力疾走をしていたカノンは、2塁に到達していた。日本はノーアウトランナー2塁というチャンスを迎えて、5番の大村を打席に迎える。
「大村さんがバント、ですか」
「それだけ、日本は1点が欲しいんだよ。ザラさんの球、私は打てる気がしないし。
それにしても、147キロかぁ。
……私より25キロも速いって、ちょっと打席に立った時のイメージが出来ないよ」
「あれで、同い年は凄いですよね。でも速いだけなら、打てる気はします」
江渕は大村がバントの構えをしたのを見て、思わず呟く。それに西野が反応し、打てる気がしないと言うと、江渕は速いだけなら打てる気がすると返す。実際、マシンの球とはいえ150キロの球を打っている江渕が言うと、説得力はあった。
大村はバントの構えを解かず、一塁方向に強く跳ね返す。押し出すようにバットを動かし、木製バットの芯に当たったため、打球はピッチャーとファーストの間を抜いた。
それをセカンドが捕球し、1塁ベースのカバーを行なう投手と大村で1塁への競争が始まる。結果、1塁はアウトになってワンナウトランナー3塁。打席には、6番の本城が立った。
「本城先輩!」
「本城先輩だ!スクイズ?犠牲フライ狙いでヒッティング?」
「1点返すチャンスだよ!」
湘東学園の数少ない3年生の先輩が打席に立ち、1年生達はカノンが打席に立った時のように盛り上がる。一方で2年生組は、映った本城の顔に余裕が消えていることを感じ取った。
「……緊張とか、本城さんはしない人だと思ってた」
「あれは、かなり力が入ってそうですね。
本城先輩の状態を考えるとスクイズよりも、ヒッティングの方が良いでしょうか」
「前の試合でホームランを打っているから、余計にプレッシャーかかってそうだし、早くもターニングポイントかな。
……落ちる変化球を3球続けて投げさせたら、3球とも空振りしそう」
梅村は甲子園でも見たことのないような表情の本城を珍しがり、春谷は力んでいると察する。初球、本城はザラのストレートにバットを当てると、後ろのバックネットに打球が飛ぶ。
2球目は低めの変化球を見逃し、カウントは1-1。このタイミングでザラは最速の147キロのストレートを外角に投げ、本城はそれに詰まった。
ふらっと上がる打球は、一塁線に飛ぶ。アメリカのファーストとライトが追いかけ、ファーストがファールゾーンで捕球をした。それと同時にカノンはスタートし、ファーストは慌ててバックホームを行なう。
もちろん、今の打球でカノンがタッチアップをしそうだという意識はファーストもライトも持ち合わせていた。しかし実際に走られると、送球を早くしようという意識に駆られる。結果的にファーストの送球は、捕手にとって1番嫌な右側に逸れた。
左から3塁ランナーが突っ込んで来る以上、右に逸れるとそれだけタッチが遅れる。カノンのタッチアップのスタートは非常に良く、迷いが無かったためにファーストファールフライでもセーフになった。送球が逸れていなければアウトになっていた可能性が高いことを考えると、暴走とも言える。
しかしカノンの積極的な走塁により、日本は1点を返した。点差は2対1と1点差に詰め寄り、抵抗の意思を見せる。続くバッターは三振に倒れ、試合は3回表、アメリカの攻撃に移った。




