第212話 勝機
森友に対して初球、奏音はストレートを外角低めに投げる。森友は手が出ず、僅かにストライクゾーンを外れたため判定はボール。カウント1-0となり、2球目は縦のスライダーを振らせて1-1となる。
3球目。森友は奏音の高速シュートを打つが打球は3塁方向のゴロとなり、木南は3塁ベースを踏んでから1塁へ送球する。3塁はフォースアウトになったが、1塁はセーフとなり、ランナーが入れ替わってツーアウトランナー1塁2塁になる。
この状況で打席に立った根岸を見て、奏音は梅村をマウンドに呼ぶ。その仕草を見て、梅村は最後の守備のタイムを使った。
「……もしかして、敬遠したいとか?」
「何で分かったの?
ここで敬遠するのは、詩野ちゃんは嫌?」
「あと1人コールが起きてるし、個人的にも嫌だね。
カノンの言いたいことはわかるよ。次の大村さんは絶不調だし、もしかしたら代打が出て来るかもしれない。どちらにせよ、根岸さんを抑えられる確率より高い」
「それなら」
「駄目。もし敬遠して、それが原因で負けたら悔やんでも悔やみきれないから」
奏音は淡々と、根岸の敬遠を梅村に提案する。先程の打席で抑えたのは確かだが、今日の根岸は3打数2安打と好調であり、最終回のチャンスで打席が回って来るなど持っている女である。
しかし梅村はそれを否定する。梅村に続き、鳥本姉妹も敬遠には反対する。
「むしろ、敬遠したら怒るよ。今だけはキャプテンとして背負っているものは放り投げて、勝負したら?」
「お姉ちゃんに賛成!最後は勝負に勝って、試合に勝とうよ」
一方で木南はどちらにせよ奏音の意見を尊重すると伝え、本城は根岸を抑えられる自信が無いなら敬遠するべきだと言った。
最終的に、湘東学園は勝負を選択する。
(敬遠についてのお話でも、していたのかしら?いえ、それは無いわね。最後の1人を抑えるために、気を引き締め直した、か)
最後の1人になるかもしれない大阪桐正は、一丸となって根岸の応援をする。奏音は大きく息を吸い込み、初球にツーシームを投げた。その球速は、136キロ。
普通のバッターであれば手が出ないツーシームを、根岸は打ってファールにした。カウント0-1から2球目。根岸は奏音の直球に手を出し、詰まった当たりになる。
一二塁間の間を、抜けそうになる打球。セカンドの奈織は飛びついて捕ろうとするも、グラブの先端を掠めるだけで終わる。
打球は、ライトまで転がった。江渕がホームへ送球するものの、判定は間一髪の差でセーフ。根岸のライト前ヒットにより、試合は3対3の同点、振り出しに戻った。
……勢いが付いた大阪桐正は、続くツーアウト1塁3塁のチャンスで5番の大村をそのまま打席に立たせる。しかし結果は、空振り三振。スリーアウトになり、試合は延長戦へと入った。
「ごめ、ん。捕れな、かった」
「試合中に先輩が泣かないで下さい。打たれた私が悪いんです。それに、まだ試合は同点で終わってないですよ」
「そうやな。これ以上、勝手に終戦ムード漂わせとる奴は代えるから切り替えろ。
……奏音は、今のペースで何回まで投げられるんや?一応、久美と島谷に準備は」
「後続の準備は要りません。私が最後まで投げ切ります」
結果論になるが、もしも7回裏の場面で根岸を敬遠出来ていれば湘東学園は勝っていた。ここから湘東学園対大阪桐正の試合は泥沼化し、互いに点が取れないまま10回裏を迎える。
(……マウンドに立っている、アレは何だ?)
この回の先頭バッターである森友は、スタミナが尽きた奏音を見据える。5回裏から6回、7回、8回、9回と投げ、準備投球すらしなくなった奏音に対し、森友は畏怖のような感情を抱く。
森友に対して初球、奏音はストレートを投げる。球速は、既に125キロを下回っていた。
(スタミナが無いとは、代表合宿でも言っていたよ。肩のスタミナが無いから、投げ始めからどんどん球速が下がって行くって。でも、まさか球速が下がることで魔球になるとか聞いてないよ)
120キロ台前半のストレートの、下を森友のバットが潜る。ワンストライクとなり、森友は背筋に冷たい汗を感じた。
奏音の球速が目に見えて落ち始めたのは8回裏。7回裏で既にスタミナを使い果たしていた奏音は、8回裏からストレートの最高球速が落ちて行く。当然、攻め時だと考える大阪桐正は打ちに行くが打てない。奏音のストレートに、バットが当たらないからだ。
(球速は落ちているのに、回転数は落ちて無いんじゃない?手首が強靭過ぎて、スナップだけで投げているような状態になってそうだね)
ストレートの最高球速が落ちるほど、普通のストレートの球筋からは離れて行く。回転数が普通のストレートより格段に多く、落ちないストレートになっているからだ。
2球目。森友はかなり上の軌道を予測してバットを振りにいくものの、結果はキャッチャーフライ。続く根岸も大村も三振になり、試合は11回表を迎えた。




