3.探偵の弟子になる
翌日、俺はガードレールに腰掛けて空を見上げていた。
小さな雲が二層になっていて、手前の雲が三倍くらいのスピードで流れていく。
同じ空なのに、場所によって風の吹く強さが違うんだなぁ、なんて想像しながら、ちらっと隣に目を向けた。
隣には昨日と同じ服装の自称探偵男がいる。
別に一美に言われて男に電話をしたわけではない。
ただ、ちょっと面白そうだなと思ったからだ。
探偵という職業にも多少の興味があったことだし。
そう、決して一美の言いなりになったわけではないんだ。
電話すると約束するまでは寝かせないと宣言し、眠りに落ちる寸前に脇腹をくすぐられるという拷問だって、十三回までは耐えたんだ。
十四回目がなかったのは、一美が眠くなって先に寝たせいなのかもしれないが。
ただそれでも、面白そうだと思ったのは本当だ。
電話をかけて待ち合わせ場所を決め、男に会った。
そして……男と隣あって座ったまま二十分程無言が続いている。
「おい、起きてんのかよ?」
目を閉じているので声をかけてみた。
どうせシカトされるんだろうな、なんて諦めていたら男が目を開けて俺を見た。
「起きてるに決まってるじゃないか。こんな所で寝るのかい、君は?」
「寝ないけどさ」
怒りを通り越して呆れてしまう。
「そうだろう。普通は寝ないよ、こんなとこじゃね」
男は満足そうに頷き、さてと呟いた。
それを合図に腰を上げ、歩き出す。
俺も遅れてあとを追った。
「どこに行くんだよ?」
「仕事」
「どんな?」
「うーん、普通の仕事だよ」
男はきょろきょろと視線を動かしながら歩く。
人探しでもしているのだろうか?
だとしたら、ターゲットの特徴くらい教えてくれればいいのに。
そうすれば、俺だって手伝える。
いや、もしかしたら俺が先に見つける可能性だって十分にある。
これでも目はいい方なんだ。
視力検査はいつも両目ともに1.5だったし。
「どんな奴を探してるんだ?」
「どんなって?」
「人探しなんだろ? 仕事」
「そうなの?」
「違うのかよ?」
「さぁね。まだ依頼人に会ってないから、どんな内容かはわからないよ。それに、まだ引き受けるとも決めてない」
そう言いながらも、すれ違う人をわざわざ立ち止まって目で追いかけたりする。
つられるように俺もその相手に目をやった。
なんてことはない。
ただの中年サラリーマンだ。
携帯電話片手に、小走りに駆けていった。
探偵男は、くたびれて皺の寄ったグレースーツの背中を難しい顔で眺めている。
「なぁ、おい」
いつまでたっても動こうとしない探偵男の肩に手をかけて、力任せに引っ張った。
「なに? 呼んだ?」
振り向いた男は無表情。
しかもなんの説明もないまま、また歩き出した。
横断歩道の信号機が急かすように点滅を始めたので、渡るなら走る準備はあるぞ、ということを示すように、歩幅を広げて男の横まで急いだが、男はぴたりと止まった。
行き先がわからない場所にただついていくだけなのに、すでに疲れてきた。
これで給料なし。
しかも五千円払わせられるんだもんな。
今からでも遅くはない。
回れ右をして帰るべきなのだろうか。
自問自答を繰り返しているうちに、信号機が青に変わった。
男が再び歩き出す。




