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ズキリと痛む頭に手を当てようとしたが届かない。
やけに視界が悪い。
不思議に思って出来る限り近付けた自分の手を眺め、目を丸くした。
ぼんやりとしてはいるが、ぷっくりとした手に小さな指。手に対して太く短い腕。
冷静に、冷静にと自己暗示をかけながら声を出そうとした。
「あー!あぅ…」
発音が出来ないこと、舌が動かすつもりでいたほど上手くまわらないこと、高い声であること。総括すると、つまり。
赤ちゃんになった夢なのか…、と呆然と現状を考える。
近付けた自分の手がギリギリ認識できる範囲のぼやけた視界。
身体を包む柔らかい服の感触に心地よさ。
やけに現実染みている。
夢なら覚めてくれ。
違和感しかないはずなのに、自分が何者なのか思い返そうとしても思い出せない。
赤ちゃんではなく普通に二足歩行が可能な成人だった。
普通の感覚が分からなくて悩んでいたことも覚えてる。
でも、名前も、家族も、住んでいたところも、どんなことをしていたのかも、思い出そうすると頭に酷い痛みが走る。
感じるのは理解されなかった負の感情。間違いなく再び生き物になりたくないという願いは持っていた。
もしもこの状況が夢ではなく現実ならば、それは叶えられなかっということだろうか…。
「ふっ、ふぎゃぁああー!」
赤ちゃんの身体に精神まで影響されたのか、気付けば泣くつもりもなかったのに大声で泣き叫んでいた。
「うっせぇなぁ!!さっきまで静かだったくせに、もう起きやがったのか?」
ドカン、と鈍いが大きな音をたてて扉が開かれた、のだと思う。驚きに涙と声が一瞬止まったが、認識ができない空間にいる大声を出す人物に恐怖を抱いたのかまた一層涙と泣き声が出てきた。
自分が泣いているのに、感情のコントロールが出来ないことに気付いた瞬間だった。驚いただけでそれほど怖いわけではないのだから、せめて涙を止めようと思っても止まらない。
「チッ!あの女、やっぱり厄介事押し付けてきたんじゃねえのか?…ったく、メンドクセー」
泣き続ける赤ちゃん相手にそう吐き出すのはいかがなものか、と考えるものの、段々息がしづらくなってきた。泣き過ぎて呼吸がしっかり出来ないのに、鼻水でさらに息苦しい。
あの女とは母親で、この男が父親なのだろうか?行きずりの関係で女が子を産み男に押し付けた、ということか。
顔が熱い、息苦しい、顔面は汚いことになっているだろう。
とりとめなくまわる思考と追い付かない身体。
「…あー、ったく!」
急な浮遊感がどれ程怖いものか、初めて知った。
否、自分が何者であるか、空中に浮くことがあったのかは記憶にないだけだが、恐ろしい!と反射的に身を強張らせたのは心身の一体となった反応だった。
存外優しく、その硬い腕に収められていると気付いたときには涙が止まっていた。
この男は赤ちゃんを怒鳴り付けた…、と思ったが単に声が大きく粗雑な言動なだけで乱暴なわけではないのだろうか。
「いい加減慣れろよ…。抱き抱えれば泣き止むんだから、いちいち俺に驚いて大泣きすんな」
無茶を言うな!と言いたいが、男の腕の中はひどく安心できる。
抱かえられれば、この男は赤ちゃんを害する気がないと確信できるのだ。
ただでさえ見えづらい視界がどんどん狭くなっていく。
なぜか、遠く望んでいたような安心感からいつの間にか寝たらしい。




