付与Ⅳ
【付与術師 リーゼ・イェレ】
すっかり夜も更けたルノールの街を、一人で歩く。目覚ましい発展を遂げているこの街でも、夜更けともなれば人の姿は見当たらない。さすがに警備隊の詰所などは灯りがついているが、それ以外の場所はしんと静まりかえっていた。
「もう、どうしてこんな時間に……」
月明かりを頼りに、慣れてきた街中を歩き続ける。リーゼが街に漂う怪しげな魔力に気付き、その魔力源を突き止めようとしたのは、今日の夕方のことだ。
だが、その魔力の出所である怪しい建物に侵入した彼女は、そこで魔法生物らしき霧に囲まれ、意識を失ってしまったのだった。
「そりゃ、勝手に侵入したことは悪いと思ってるわよ……まさか、あれが錬金術師の工房だなんて」
前評判とは異なり、錬金術師は穏やかな好青年だった。使い魔の魔法生物が彼女を昏倒させたことを謝り、もう遅いからと工房に泊まるよう勧めてもくれたのだが……勘違いで敷地に侵入し、挙句の果てに昏倒したリーゼからすれば、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。危険だと分かっていても、夜道を歩かざるを得なかったのだ。
「え? ここって……」
周囲の建物の様子を見てリーゼは首を傾げた。いつの間にか、ワイト鍛冶工房の近くへ来ていたのだ。帰り道と言うには、少しルートを外れてしまっているが、考え事をしているうちに、うっかりこっちへ来てしまったのだろう。
「まあ……寝てるわよね」
フェイムの顔を脳裏に浮かべながら、ぼそりと呟く。この街で初めて知り合った人物であり、探し求めていた魔法の武具を作ることのできる鍛冶師。
付与魔術さえしておけば、質の悪い短剣であろうと高額で売れる。にもかかわらず、一本一本に時間をかけて、真剣に武器を作成している彼のことが、当初のリーゼには理解できなかった。
だが、彼が武器を作る現場を見せてもらっているうちに、そんな意識はなくなっていた。その真摯な姿勢を好ましいと思うようになったのはいつからのことだろうか。
相棒となる魔杖を作ってもらうなら、彼がいい。そう思ったからこそ、リーゼはこの街で様々な仕事を請け負い、長期滞在することにしたのだ。それに……。
「――あら?」
と、物思いに耽っていた彼女は、視界の隅で動く人影に気付いた。ひょっとしてフェイムだろうか。そんな期待をしつつ、リーゼは人影に意識を向ける。
「っ!」
だが、現実はそんなに甘くなかった。その人影はフェイムではなく……そして、工房の関係者ですらなかったのだ。
「誰……?」
リーゼは眉を顰めて、ぼそりと呟く。相手との距離はまだ遠く、通常なら聞かれることのない音量だったはずだ。……そう、通常なら。
「ちっ!」
だが、相手は通常の人物ではないようだった。リーゼの呟きに反応したとしか思えないタイミングで、人影がこちらを振り返る。
「――っ!」
リーゼはとっさの判断で、魔杖から炎を放った。護身用にとフェイムが貸してくれた、火炎放射の魔杖。その標的は正体も分からない人影ではなく、上空へと向けられていた。
「魔術師か!」
リーゼの火炎が夜闇を照らし、暗くてよく見えなかった人影の様子が明らかになる。その人物は、背中に大剣や魔杖などの長物数本を背負い、右手に円月輪のようなものを、左手に短剣を持っていた。そして――。
それらの武具は、すべて付与魔術がかけられたものだった。
「盗んだの!?」
それを認識した瞬間、リーゼの眉がつり上がった。この状況からして、正当な依頼人が発注していた武具を受け取ったとは思えない。そして何より、あのいくつかの武器は、フェイムが「ワケあり品」としてリーゼに見せてくれたものだ。売り払うはずがない。
「ちっ!」
図星を突かれたのか、男は手にしていた円月輪を投げつけた。それは手元を離れると白光に包まれ、光の輪となって彼女を襲う。
「きゃっ!?」
慌ててリーゼが身を投げ出すと、飛び道具は不思議な軌跡を描いて男の手に戻る。武器を山のように背負っているとは思えない機敏な動きは、常人だとは思えなかった。
「まさか、固有職持ち……?」
リーゼは渋い表情を浮かべる。自身も固有職持ちではあるが、相手が戦士職である場合、かなり不利になるだろう。救いはフェイムから借りた魔杖だが、相手は十本近い魔法の武具を持っている。戦士職と魔法の武具の組み合わせは、非常に厄介だった。
「こんな夜更けに出くわすとは、運が悪かったな。まあ、見られたモンは仕方ねえ。後は……分かるな?」
「盗人が偉そうに!」
ここで怯むわけにはいかない。持ち前の強気を発揮させて、リーゼは魔杖を構えた。そして、距離を詰められないうちにと火炎放射を放つ。
「――おっと」
だが、男はあっさり炎を避けた。火炎放射は軌道が直線的なこともあり、避けやすかったのだろう。男は短剣を腰に吊るすと、背負っていた魔杖をこちらへ向ける。
「っ!」
リーゼは転がるように右へ身を投げ出す。魔杖に見覚えがあったからだ。予想通り、魔杖の先端から雷が直線的に迸り、リーゼがいた空間を貫く。
「へっ、やるじゃねえか。せっかくだ、こいつらの実験台になってもらおうか」
「勝手なことを……!」
リーゼはその物言いに怒りを募らせる。その間にも、男は魔杖を背中に戻し、別の剣を取り出そうとしていた。
「させるもんですか!」
リーゼは再び火炎放射を放つ。今度も避けられたが、魔剣を引き抜くことは妨害できたらしい。もう一度火炎を浴びせようと、リーゼは魔杖を構える。同時に、男は腰に吊るした短剣を再び引き抜き――。
「う……っ」
両足に激痛が走り、リーゼはその場に崩れ落ちた。突然放たれた真空波が、彼女の足を斬り裂いたのだ。おそらく、あの短剣には真空波を放つ機能が付与されていたのだろう。
「お、こいつは当たりだな。握りの部分はいまいち気に入らねえが……高値で売れそうだ」
対して、男は機嫌よく短剣を検分する。両足に重傷を負って動けないリーゼなど、もはや敵ではない。そう考えているのが明らかだった。
「魔法の武具を盗み出すなんて……!」
こみ上がってくる悔しさを吐き出す。すると、男はわざとらしく鼻を鳴らした。
「そう怒るなって。どうせ鍛冶師は気にしねえさ。適当に武器を作って、ちょこっと付与魔術をすりゃ出来上がりだからな。大した損失じゃねえ」
「――!」
男にしてみれば、特に深い考えのない言葉なのだろう。たしかに、フェイムのことをそういう目で見ている人間は多い。だが……リーゼには、その言葉が許せなかった。
「そんなことない! みんなの命を預かる武器だからって、フェイムは散々悩んで、苦しんで、一本一本武器を作り上げてる! 売り払うことしか考えてないあなたに、その武器を触る資格なんてないわ!」
リーゼの剣幕に、男は少し気圧されたようだった。だが、二人の間にある絶対的な優位は揺るがない。
「……そりゃ残念だったな。それじゃ、資格のない俺でも、魔法の武具は使えるってところをみせてやるよ」
そして、男は今度こそ背中の魔剣に手を掛けた。どんな効果があるかは分からないが、付与術師の知覚が、かなりの力を秘めた魔剣だと伝えてくる。
「次はこれだ。どんな効果が出るか、楽しみで仕方がないぜ」
酷薄な声がリーゼをせせら笑う。やがて、男は背中から魔剣を引き抜こうとして――。
「起動!」
そして、彼は炎に包まれた。
「うぉぉぉぉっ!?」
炎に包まれた男が悲鳴を上げる。自分では分からないだろうが、炎の出所は、彼が引き抜こうとしていた魔剣だ。特技『遠隔操作』によって、魔剣と自分を繋げたリーゼは、その場で魔剣の機能を発動させたのだった。
「……調子に乗って、じっとしてくれて助かったわ」
リーゼはほっと胸を撫でおろす。遠隔操作は便利な特技だが、対象が移動していると、とたんに難易度が上がるからだ。
「くそ……っ!」
炎に包まれた男は、苛立ったように毒づく。さすが固有職持ちといったところか、彼は背中を炎に焼かれ続けていても、動くことができるようだった。
「こうなりゃ、てめえも道連れだ……!」
そして、リーゼへ向かって突進する。予想外の展開に、彼女の顔面からさぁっと血の気が引いた。足に深手を負っている以上、突進を避ける術はない。この男とともに焼け死ぬしかないのか。そんな絶望的な思いが彼女を塗りつぶす。
「……え?」
だが、その予想は外れた。突然割り込んできた何かが、突進してきた男を受け止めたのだ。そして、その何かには見覚えがあった
「浮遊盾……!?」
彼女も使用したことのある魔法の盾が、四枚揃って突進を受け止めていたのだ。こうして使えば、強力な攻撃にも耐えられる。そう説明されたことを思い出す。
「くそっ!? なんだこりゃ!」
盾の向こうで男が叫ぶ。それは、浮遊盾に突進を止められたからではない。いつの間にか這い寄っていた鋼鉄の縄が、彼を搦めとっていたからだ。
「これは……」
彼女は周囲を見回す。そもそも、浮遊盾を使いこなすことのできる人間は、彼女ともう一人しかいない。
「――悪かった。迂闊に出れば、あんたに危害が及ぶと思った」
「フェイム!」
建物の傍にフェイムの姿を見つけて、彼女は声を上げた。ほっとした拍子に涙が浮かびそうになるが、それを意地で堪える。
「まったく……死ぬかと思ったわ」
「俺も焦った。立てるか?」
そして、フェイムは彼女に向かって手を伸ばす。うずくまったままのリーゼに手を貸そうとしているのだろう。
「っ――」
だが、足に力を入れようとした途端、激痛が走る。手助けがあったとしても、自分の足で立てるとは思えなかった。その様子を見ていたフェイムが、はっとしたようにしゃがみ込む。
「……すまない。重傷だったのか」
どうやら、リーゼが負傷したところは見ていなかったらしい。彼は険しい顔で怪我の様子を確認すると、さっとリーゼを抱きかかえる。
「ちょ、ちょっと!?」
「家まで運ぶ。嫌でも我慢してくれ。治癒師を手配する」
突然のことに動揺するリーゼに構わず、フェイムは彼女を家へと運ぶ。その足取りはしっかりしていて、女性一人を運んでいるとは思えない力強さだった。それに――。
「どうした。痛むのか?」
「な、なんでもないわ!」
上から降ってきた声に、リーゼは焦った様子で答えを返す。触れている彼の腕や胸板から、フェイムが意外と逞しいことを知った、などと本人に言えるわけがない。
「……鍛冶職人って、力が必要だものね」
「……?」
その呟きにフェイムは首を傾げる。なんだか耐えられなくなって、リーゼはふいっと視線を逸らすのだった。
◆◆◆
【鍛冶師 フェイム・ワイト】
リーゼが魔法の武具を盗み出そうとした賊と戦ってから、半月ほど経った頃。工房を訪れた彼女は、とある魔杖の説明を受けて、目を丸くしていた。
「複数の魔法が使える魔杖!? そんなことできるの?」
「ああ。見た目は一つの杖だが、魔術回路は三つ存在している。その代わり、魔力の貯蔵機能を犠牲にしたが……」
やり遂げた表情でフェイムは頷く。そのおかげでここ半月ほどは工房に籠もりっきりだったが、それだけのものを作り上げたという自負はあった。
「一つ目は火炎放射。二つ目は氷尖塔。三つ目は治癒だ」
「えぇぇぇっ!? どれか一つの機能だけでも破格の性能じゃない! それが三種類なんて……もはや国宝、至宝レベルよ?」
彼女の反応は、フェイムの予想を大きく上回っていた。リーゼは感極まった様子で魔杖を観察すると、フェイムに視線を向ける。
「ねえ、一年後に納品予定の魔杖なんだけど……それも、こんな感じでお願いできる?」
「……え?」
思わぬ言葉に、フェイムは思わず目を瞬かせた。そのリアクションをどう受け取ったのか、彼女はグッと両手を握りしめる。
「もしお金が足りないなら、もっと稼いでくるから……!」
「いや……そうじゃない」
リーゼの勢いに押されていたフェイムは、ようやく言葉を続けた。
「……言わなかったか? その魔杖には、魔力の貯蔵機能がない。魔術回路を魔力で満たしておいても、せいぜい一回ずつが限度だ」
そう言われてもピンと来なかったのだろう。それがどうした、とばかりにリーゼは不思議そうな表情を浮かべる。だから、フェイムは言葉を重ねた。
「しかも、三種類の高度な魔術回路を併存させたせいで、扱いが非常に難しい。本来なら、ワケあり品として眠らせておく類のものだ。だが――」
そして、フェイムは魔杖をリーゼに差し出した。
「持ち主が付与術師なら、話は別だ」
「っ――!?」
そう告げたところで、ようやくピンと来たのだろう。リーゼははっと息を呑んだ。信じられない、とでも言うような顔で、差し出された魔杖を受け取る。
「この杖を……私に……?」
「予約は一年後だが、世話になったからな」
そう答えると、フェイムは視線を逸らした。感謝しているのは事実だが、それを素直に伝えるのは、どうにも照れくさかった。
「世話って……ひょっとして、あの晩のこと?」
「ああ」
フェイムが頷くと、リーゼは少し納得したようだった。
「そんな……私は、あの魔杖たちが盗まれずに済んだだけで――」
「そっちじゃない。その……あの賊相手に、色々言っただろう」
「え? そりゃ、色々言ったけど……」
どうやら、彼女はピンと来ていないようだった。その様子にフェイムは苦笑を浮かべる。
――みんなの命を預かる武器だからって、フェイムは散々悩んで、苦しんで、一本一本武器を作り上げてる!
あの時の彼女の啖呵が蘇る。「勿体ぶりやがって」「さっさと魔法の武具を作れよ」と陰口を叩かれることも多いフェイムの心に、その言葉は深く沁み込んでいった。
リーゼにしてみれば、それは特別な言葉ではなかったのだろう。だが、それほどに当然だと認識してくれていることこそが、フェイムには嬉しかった。
「ともかく、その杖はリーゼのものだ」
余計な想念を追い出すように、フェイムは口を開いた。そして、魔杖の握りの部分に触れる。
「あの杖も、あんたに使われることを願ってるさ」
「……え?」
その言葉にきょとんとしたリーゼは、手元の魔杖に視線を落とした。そして、やがて目を見張って驚く。
「これ……やけに手に馴染むと思ったら……っ」
瞳に涙を浮かべて、リーゼは魔杖を胸に抱きしめた。これまで彼女の相棒だった、火炎球の魔杖。もはや魔道具としては成り立たないそれを、素材の一部に使用したのだ。
それは彼女の願いでもあり、いつか自分の魔杖を作る時のためにと預かっていたのだが……本当に叶うとは思っていなかったのだろう。握りの部分はあの杖をそのまま使用しているため、彼女が最も持ち慣れた形状であるはずだった。
「依頼の杖は……これでよかったか?」
杖を抱きしめたまま涙ぐむリーゼに、遠慮がちに問いかける。すると、彼女は涙を拭いて大きく頷いた。
「もちろんよ。これ以上の杖なんて、世界中探してもないわ」
そう断言すると、リーゼは魔杖を持ったままフェイムの手を握りしめる。
「フェイム、本当にありがとう!」
そう告げると、彼女は満面の笑みを浮かべた。キラキラと輝く瞳も、美しく弧を描く口元も、彼女を構成する要素のすべてが喜びを伝えてくる。
「あ……」
花が咲き誇るようなリーゼの笑み。その表情が、かつて神子から剣を贈られた『剣姫』の笑顔と重なる。その瞬間――フェイムの内側で、何かがはらりと解けた。
「そうだったのか……」
彼は思わず呟く。自分が剣にこだわっていた理由。それは、またあの笑顔を見たいと願っていたからだ。あの場面こそが鍛冶師フェイム・ワイトの原点だったのだと、今更ながらに気付く。
そして、それは特定の人物の喜ぶ顔を見たいという意味ではない。リーゼの笑顔こそが、そのことを証明していた。
「――ははっ」
堪えきれず、フェイムは噴き出した。彼にしては珍しい行動に、向かい合っていたリーゼが目を丸くして驚く。
「フェイム、どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、問題ない」
困惑するリーゼとは対照的に、フェイムは清々しい笑顔を見せた。
◆◆◆
「この前ジークから聞いたけど、盗賊の固有職持ちに襲われたの?」
「ああ。と言っても、二か月くらい前の話だ」
「知らなかった……」
三か月に一度のメンテナンスに訪れたクルネは、驚いた様子で周囲を見回した。
「この工房って、侵入者用の結界を張ってなかった?」
「一般人なら、結界に反撃されて気絶しているはずだったんだが……」
「あ、そういうことだったんだ。固有職持ちの耐久力を基準にすると、普通の人は死んじゃうもんね」
クルネは納得した様子で頷くと、いつものように剣を差し出した。
「……?」
フェイムはわずかに眉を顰める。また、異質な魔力が滞留していたのだ。フェイムが気付いたと悟ったのだろう。クルネは言いづらそうに口を開く。
「また、霧みたいな生命体を斬っちゃって……」
「いつだ?」
「三日前かな。シュルト大森林に行く予定もなかったし、ここでの定期メンテナンスの日も近かったから……」
どうやらクルネは、フェイムが多忙であることに気を遣って訪ねてこなかったらしい。予約が入っていなくても、魔力除去くらいはいつでも対応するのだが……そう伝えても、遠慮するだけだろう。
「――これを」
だから、フェイムはとあるものを差し出した。それを見て、クルネは不思議そうに目を瞬かせる。
「これって……剣の鞘?」
「ああ。使ってみてくれ」
言われるままに、クルネは魔剣を鞘に納めた。その様子を見ながら、フェイムは鞘の付与魔術が機能していることを確認する。
……そう。この鞘は、フェイムが作り上げた新しい魔法の武具だった。今までクルネが使っていた鞘は、魔剣を作り上げた時にフェイムが見繕ったものだが、特別な作用はない。だが――。
「もういいか。剣を抜いてみてくれ」
「いいの?」
相変わらず不思議そうな表情で、クルネは剣を鞘から引き抜く。その剣の様子を見て、フェイムは満足げに頷いた。
「剣を試してくれないか」
言って、フェイムは近くにあった鉄塊を運ぶ。クルネは首を傾げながらも、魔剣で鉄を斬り裂いた。
「あれ――? 斬れ味が元に戻ってる……?」
彼女は驚いたように剣身を見つめた。その反応からすると、狙っていた効果はちゃんと出たようだ。その事実にフェイムの口角が上がる。
「その鞘には、『魔力吸収』と『魔力放出』の付与魔術をしている。鞘に納めているだけで、異質な魔力は除去されるはずだ」
フェイムは胸を張って答える。魔剣自体が放つ地竜の魔力を吸い込むと暴走するため、意外と苦労したのだが……それはリーゼの助言を受けて、鞘の核に地竜の素材を使うことで解決した。そうすれば、剣の魔力は鞘自体の魔力だと誤認して、吸収する対象から外されるのだ。
なお、地竜の素材は神子が所持しているのだが、微小な欠片であれば、フェイムも多数所持している。魔剣を作成した際に、発生した欠片を取っておいたからだ。無断使用と言えなくもないが、他ならぬ剣姫のためだ。神子が難色を示すとは思えなかった。
「えっ!? この鞘、付与魔術がついてるの?」
フェイムの説明を受けて、クルネは目を見開いた。
「やろうと思えば、吸収した魔力を弾として撃ち出す機能も付与できるぞ」
「うーん……」
フェイムの提案を受けて、クルネは思案顔を浮かべる。だが、すぐに首を横に振った。
「遠慮するわ。遠距離攻撃なら真空波や次元斬があるもの。それに、私じゃ敵どころか味方に当てちゃいそうだし」
「……だと思った」
彼女の答えは予想通りのものだった。その事実にフェイムの口角が上がる。すると、そんな彼の顔を見たクルネは小首を傾げた。
「どうした?」
尋ねると、クルネはなぜか微笑みを浮かべた。
「今日のフェイム君は、なんだか表情が柔らかい気がして。……何かあったの?」
「……」
その問いかけにフェイムは沈黙した。理由は分かっている。地竜の魔剣に対する敵愾心とでも言うべきものが、彼の中で消失しているからだ。
そうでなければ、「剣ではなく鞘を作る」という発想に至ることもなかっただろう。剣へのこだわりがなくなったわけではないが、かつてのような偏執はない。
そして、そのきっかけは――。
「いや……心当りはない」
そう答えるフェイムの顔には、微笑みが浮かんでいた。




