付与Ⅲ
「――そんな特性があるなんて……さすが特殊魔法職ね。参考になるわ」
お茶とハーブの香りが漂う応接室で、ミルティは満足そうにメモを取っていた。クルシス神殿で転職した魔法職が多く訪れるルノール魔法研究所だが、付与術師の記録はほとんど存在しないらしい。
「カナメさんに聞いてはいたけれど……ほとんど資質持ちがいなかったから、謎に包まれた固有職だったのよ。いても転職したばかりだから、さっぱりデータが取れないし」
そうぼやいてから、ミルティは机越しにリーゼの手を取った。
「だから、本当に嬉しいわ。まさか、生まれつきの付与術師の話を聞く機会があるなんて」
「いえ……」
リーゼは言葉少なに答えた。どうやら照れているらしい。応接室では随分と大人しい彼女だが、先ほどの戦闘で萎縮したというよりも、ミルティへの憧れが生じたように見える。
「潤沢な魔道具さえあれば、付与術師の戦闘力は他の魔法職を凌ぐわ。同じ効果をもたらす魔法と比べても、魔力消費が少ないし、発動も早いから」
その付与術師をあっさり負かした賢者は、楽しそうに言葉を続ける。
「それに『並列操作』の特技が強力ね。そうそう、フェイムさんやミレニア司祭が秘蔵している魔道具も、リーゼさんなら使いこなせるでしょうし」
「あー……」
その言葉で、フェイムは隠し部屋に安置している魔剣たちを思い出す。威力は高いが、制御が難しくお蔵入りになったものだ。命を預ける武具が安定性に欠けるようでは、本末転倒だからだ。
「少しずつだけど、この街にも魔道具が増えてきたから、今後は人々が所持している魔道具に、魔力を補充するような依頼もあるでしょうね。他の魔術師でもできるけれど、効率が桁違いだと思うわ」
「遺跡都市とも相性がよさそうね。あの遺跡は魔道具だらけだから、付与術師がいれば何かと助かるわ」
ミルティは付与術師の特性を分析し、様々な活用方法を次々に提案してくる。さすがは魔法研究所長ということだろう。
そして二人は、魔法や、場合によっては魔法以外の事柄を交えながら会話を交わす。それからどれほど経っただろうか。やがて、来客の連絡を受けたミルティは、ソファーから立ち上がった。
「リーゼさんは、いつまでこの街に滞在する予定なの? もしよかったら、またお話を聞かせてもらいたいわ」
「まだ決めてませんけど……しばらく滞在すると思います」
「そう、それはよかったわ。……二人とも、今日は本当にありがとう。有意義な時間だったわ」
ミルティは微笑むと、応接室から姿を消した。残されたフェイムとリーゼは、つい顔を見合わせる。
「……認めたくないけど、完敗ね」
リーゼは天井を仰ぐと、深く溜息をつく。
「意外だな。あんたが素直に負けを認めるなんて」
「どういう意味よ。まあ、転職して十年も経ってない魔術師なんて……とか思ってたのは事実だけど」
彼女はミルティが姿を消した扉に視線を向ける。だが、やがて何を思い直したのか、その視線はフェイムへと戻ってきた。
「でも……そもそも優劣の問題じゃなくて、方向性の違いなのかもしれない。そう思えるようになったわ」
そう告げると、リーゼは晴れやかな表情を浮かべた。
◆◆◆
「リーゼちゃん、いつでも訪ねてきてちょうだいね」
「はい! ミレニアさん、ありがとうございました」
そんな別れの挨拶を交わして、細工師の工房を後にする。ルノールの街最大の大通りを歩きながら、リーゼは興奮した様子で感想を口にしていた。
「本当に素敵だったわ! 魔道具としての機能だけでも唯一無二なのに、あんなに洗練されたデザインなんて……」
「あの人は王都出身だし、転職する前から、ずっと細工に凝ってたらしいからな」
「そうなんだ……」
そんな話をしながら、二人はワイト鍛冶工房へと向かう。
「昨日はマデール商会だったか?」
「ええ。噂には聞いていたけど、凄い迫力だったわ。魔道具を多用するのも無理ないわね」
聞いたところによると、彼女は魔獣使いクリストフが率いるマデール商会に顔を出したらしい。商会の代名詞とも言われる巨大怪鳥をはじめとした危険種を擁するかの商会は、安全性の確保のため、結界発生装置を多数使用しているからだ。
「それから、花実羊の牧場も見せてもらったわ。元は魔法研究所で養殖の実験をしてたんでしょう? 今のところ、あの施設の魔力補充が一番実入りがいいわね。宿代くらいは稼げそうよ」
……そう。しばらく辺境に居着くことにした彼女は、付与術師としてルノールの街で働くことにしたのだった。
もともと、強力な魔杖を求めて辺境を訪れたリーゼだったが、現在、ワイト鍛冶工房は受付を停止している。フェイムが便宜を図り、特別に予約を受けたものの、特別な理由もなく他の依頼人を差し置くわけにはいかない。
そのため、一年後にまた訪れてもらえばいいと伝えたのだが……どのみち魔杖なしでは、他の土地へ行っても苦労するだけだ。それなら、魔道具や魔法施設が多く、付与術師としての仕事ができるこの街にいたほうがいい。リーゼはそう考えたようだった。
「そうそう、今度、遺跡都市の探索メンバーに加えてもらえるかもしれないの。マデール商会のクリストフさんって、あの遺跡を管理してる評議員なんだって」
「そう言えば、あの人は評議員だったな」
「それで、遺跡都市に住みついてる学者がいるらしいんだけど、その人なら面白い魔道具の話を――」
「……どうした?」
不意に彼女の言葉が途切れたことで、フェイムは首を傾げた。彼の言葉に答える代わりに、リーゼはきょろきょろと周りを見回す。
「なんだか、視線を感じたから」
「視線?」
言われて、フェイムも周囲を見回す。戦闘職ではないため、彼の察知能力は人並みでしかない。だが、それでも視線の正体に気付くことはできた。
「……彼女たちか」
鍛冶師として辺境に招かれたフェイムは、女性に言い寄られることが多い。鍛冶師は儲かると思っているのか、それとも社会的ステータスになると思っているのか。
なんにせよ、フェイムははっきり「興味がない」と拒絶しているのだが、それでも諦めない女性はちょくちょく存在していた。
「たぶん、私がフェイムと一緒にいるのが気に入らないんでしょうね。はっきりそう言えばいいのに」
どうやら、そのことは彼女も認識していたらしい。意外に思っていると、リーゼはあっさり種明かしをした。
「キャロルちゃんに言われたのよ。『お兄ちゃんと一緒に歩くと妬まれるかもしれないけど、気にする必要はないから』って」
「いつの間に……」
彼女がこの街へ来てから、まだ半月ほどしか経っていない。一体いつ、妹と仲良くなったのだろうか。
そんな話をしながら、二人は鍛冶工房に辿り着く。付与術師のリーゼなら扱えるかもしれないと、フェイムはお蔵入りにしていた魔剣たちをゴソゴソと探し当てる。
「すごい数ね。これが全部ワケあり品なの?」
隣からひょいっと顔を出すと、リーゼは驚いたように呟く。
「ああ。扱いが難しすぎるものや、付与魔術は上手くいったが、武器として納得がいかないもの……色々だ」
もちろん、それでも魔法の武具であることに変わりはない。その気になれば、これらの品を依頼主に押し付けることもできただろう。だが、フェイムにそのつもりはなかった。
「あなたって誠実よね……。実を言うと、鍛冶師は適当にパカパカ武器を作って、付与魔術だけちょっと頑張って、はい出来上がり!とかやってると思っていたもの」
そして、彼女は後ろの鍛冶場を振り返る。
「何度か武器を作るところを見せてもらったけど……本当に真摯に取り組んでるから、びっくりしたわ」
「武器として使いにくければ、意味がないからな。ちゃんとしたものを渡す義務がある」
だからこそ、魔法の武具の作成には時間がかかり、ついには予約の受付を停止する事態に陥ってしまったのだが……フェイムはその方針を曲げるつもりはなかった。
やがて、フェイムは目当ての魔剣や鞭などを手に取ると、リーゼに手渡そうとする。だが……。
「――フェイム君、いる?」
鍛冶場へ突然現れた人影に、フェイムは目を瞬かせた。そこに立っていたのはクルネだったのだ。次のメンテンナンスはまだ二月ほど先のはずだが……。
「あ、ごめんね。お客さんだった?」
クルネはリーゼのほうに視線を向けると、ばつの悪そうな表情を浮かべる。
「いや、構わない」
フェイムは手にしていた魔剣たちをリーゼに預けると、鍛冶場の端にある椅子をクルネに薦めた。
「どうしたんだ?」
「剣に違和感があるの。なんというか……斬れすぎる気がする」
「斬れすぎる?」
思いもよらぬ内容に、フェイムは驚きの声を上げる。剣がよく斬れること自体は、決して悪いことではない。だが、彼女のように剣の斬れ味を熟知し、斬った手応えで相手の硬度や弾性を測ることのできる剣士にとっては、感覚を狂わせる一因になり得た。
クルネから剣を受け取ると、フェイムは注意深く地竜の魔剣を検分する。もともと凶悪なまでの魔力を秘めている長剣だが、これは……。
「――二種類の魔力が混ざっているわね」
と、そこへ口を挟んできたのはリーゼだった。彼女はクルネの魔剣に視線を注ぐ。軽く顔をしかめているのは、魔剣から吹き上がる魔力に気圧されているのだろう。
「えっと……ひょっとして、フェイム君のお弟子さん?」
「違う。付与術師だ」
「えぇっ!?」
否定されたことはともかく、特殊な固有職持ちだとは思っていなかったようで、クルネが驚きに目を見開く。
「付与術師って、とても珍しい固有職じゃなかった?」
転職の神子を夫に持ち、自身もクルシス神殿に詰めているクルネは、そのあたりの事情に詳しい。
「生まれつきらしい」
「もっと珍しいわね……カナメが聞いたら、他の資質を視たがりそう」
そんな会話の後、クルネはリーゼに向き直った。
「初めまして。私はクルネ。クルシス神殿で――」
「け、剣姫クルネ!?」
クルネの自己紹介を受けて、リーゼの声が裏返った。ミルティと同じく、彼女も大陸レベルの有名人だ。その反応は無理もなかった。
「……そうよね。こんなに凄まじい魔剣なんだもの。もっと早く気付くべきだったわ」
リーゼは呆然と呟く。辺境の鍛冶師が、『剣姫』のために強力な魔剣を作った話は有名だ。ともすれば、英雄譚に出てくることだってある。
「……たしかに、異なる魔力を感じるな」
リーゼが自己紹介を終えて、クルネと会話をしている間に、フェイムは地竜の魔剣を詳しく分析していた。
剣から放たれる強烈な魔力は地竜のものだ。だが、それ以外にも別の魔力が剣に纏わりついており、これが結果的に付与魔術のような効果を発揮しているようだった。
「この魔力を除去すれば、元に戻るだろうが……問題は原因か」
フェイムは腕組みをして考え込む。原因が分からないのであれば、また同じ現象が起きる可能性は高い。自分が作った剣である以上、魔力除去という一時的な対応でお茶を濁す気にはなれなかった。
「心当りはあるのか?」
フェイムが問いかけると、クルネはあっさり頷いた。
「こうなる直前に、シュルト大森林で霧みたいな魔物の群れを斬ったの。その辺りから、なんだか違和感を覚えるようになって……」
「地竜と相性のいい魔物だったのか……?」
シュルト大森林にはまだまだ謎が多い。その霧のようなモンスターを捕らえて解明しない限り、はっきりしたことは分からないだろう。それに、魔力の作用という話になれば、もはや鍛冶師ではなく魔術師の領域だ。
「……」
フェイムは手元の剣を見つめる。できあがった武器に新たな付与魔術を行うことは困難だが、今の自分が剣を打てば、『付与無効』や『魔力放出』といった付与魔術で対応できる。
そんな思いが胸をかすめるが、彼は強く頭を振って雑念を振り払った。
「魔力分離」
フェイムは魔剣を両手で持つと、鍛冶師の特技を使った。地竜の魔力は強大すぎるため、散らしても一瞬で復活するが、もう一つの魔力は魔剣から離れていく。
「とりあえず処置はした。だが、またその魔物を斬れば、同じことになるだろう」
フェイムは悔しそうに告げる。魔物を斬らなければいい、という問題ではない。シュルト大森林の奥深くは、魔力濃度が異常なレベルで高い。下手をすると、その場にいるだけで余分な魔力を吸収してしまう可能性も考えられた。
だが、不本意ではあるが、今はこの対処しかできない。フェイムは無力さを痛感しながら、クルネに魔剣を返す。
「ありがとう、フェイム君」
対して、クルネは笑顔で愛剣を受け取った。嬉しそうな、それでいてほっとしたような、いつもの笑み。彼女にとって、この魔剣がどれほど重要な存在なのかは、その顔を見れば分かる。
「……ああ」
「それじゃ、帰るね」
そして、クルネは身を翻して去っていく。パタンと扉が閉じられても、二人はそのまま沈黙していた。
「あの『剣姫』と鉢合わせるなんて、びっくりしたわ……」
やがて、リーゼがぽつりと呟く。
「有名人という意味なら、『辺境の賢者』も変わらないだろう」
「ミルティ導師のほうは、もとから覚悟してたもの。ねえ、ところで不思議だったんだけど……あの魔剣を作ったのはフェイムよね? 英雄譚でも有名な話だし」
「ああ」
頷くと、リーゼは小首を傾げた。
「あの剣、あんまり好きじゃないの? 他の魔法の武具を触る時に比べて、フェイムの雰囲気が尖っていたわ」
「尖って……?」
思わぬ指摘に目を瞬かせる。
「最初は『剣姫』に緊張してるからだと思ったけど、そういうわけでもなさそうだし」
「……そうだな」
意外な観察眼に驚きながらも、フェイムは素直に事実を認めた。生み出しておきながら、自分はあの魔剣に敵愾心すら抱いているのかもしれない。そんな認識に気付いて、自嘲するように顔を歪める。
「何か事情がありそうね。えっと……私でよかったら聞くわよ?」
「……え?」
「ほ、ほら、誰かに話すだけで楽になることってあるでしょ? ……あなたには色々助けてもらってるし、お礼というかなんというか……」
訊き返すと、彼女は慌てた様子で手をわたわたと振り回した。その様子に、フェイムは思わず小さく噴き出す。
「ちょっと、どうして笑うのよ」
「いや……」
意外な一面を見たからだと言えば、彼女は憤慨するだろうか。そんなことを考えながらも、フェイムが口に出したのは、その答えではなかった。その代わりに……フェイムは、これまで誰にも話したことがなかった、あの魔剣への思いを語るのだった。
「あの剣は――」




