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それから

降ってきたので、「続き」です。

エステリアは浮かれていた。養父であるクレメンスからめずらしく外食に誘われたのだ。


クレメンスは国内有数の企業の社長職にある。その為外食をしようものなら、彼の覚えにあずかろうと空気の読めない輩が押しかけ、食事どころではなくなってしまう。彼はプライベートと仕事はきっちり分けたい人なのだ。


父は「話したい事がある」と言っていた。その内容が気になるところだが、せっかく父と過ごせるのだ。まずはその事を喜ぼう。


エステリアの浮き立った心は、有名ホテルのレストラン―――正確には、そこで父に引き合わされた人物によってどん底まで突き落とされた。


地味だが品の良いフォーマルウェアにふっくらとした肢体を包んだ女性は、硬直するエステリアにぎこちない笑みを向けた。


「はじめまして、エステリアさん。ブリジット・ロウランドです。貴女の事はお父さまからよく聞いています。とてもできたお嬢さんだとか」


「…え、あの…」


エステリアは女学校の白い制服の胸元を握りしめて狼狽えた。思わず背後に控えているクロードを振り返ったが、彼の黒い双眸は無感動にエステリアを見返しただけ。


嫌な予感しかしない。うまく回らない口で、それでもそつなく自己紹介を済ませたエステリアとブリジットを、クレメンスは席に促した。


一礼し、クロードが去ったのを見届けて、クレメンスは口を開いた。


「食事の前に話しておこう、エスト。お父様はこちらのブリジットとお付き合いしている」


…ああ、やっぱり。エステリアは膝の上で拳を握りしめた。


思い出してみれば、ここ最近、父の様子はおかしかったのだ。エステリアになにか言いかけてはやめる。妙に浮足立っていると思えば、眉間に皺をよせ、考え込んでいる。


きっとブリジットの事をエステリアに話そうとして逡巡していたのだろう。


エステリアは世間的には「難しい年頃」だ。そのうえ大学受験は済んだが、結果は出ていない。エステリアの学力なら合格範囲内、という教師陣からの太鼓判はもらったものの、こればかりは時期が来なければわからない。


なんだかんだとエステリアに対し気をまわしてくれる父の事。そんな不安定な状況におかれた娘に、恋人の存在を明かしていいものか、随分悩んだはずだ。


エステリアはともすれば思考を放棄しかねない頭で、父が安心する反応を探る。


「そうなんですね、わたし、全然気付かなかった!だってお父さま、そんな素振り少しも見せてくれなかったんですもん」


無邪気に驚いてみせたエステリアに、クレメンスとブリジットはそろって安堵を浮かべた。


「…すまないね。言おう言おうと思っていたのだが」


ブリジットを捉えて優しく細まる金色の瞳に、エステリアの胸がぎりぎりと絞られる。家族の情だったとしても、エステリアだけに向けられていた、滲むような愛情を湛えた父の双眸に泣きたくなった。


その目が、エステリアを映した。


「…エスト、私は彼女と結婚を考えている。…許してくれるか?」


「…なぜわたしの許しが必要なんですか…?」


予測していた父の言葉は、けれど信じられないような衝撃でもってエステリアの心に落ちてきた。頭がくらくらする。笑えているだろうか。声は震えていないか。


「おまえと私の間に血の繋がりは無い。だが、おまえは私の娘だ。私の宝だ。…私はね、エスト。誰よりもまず、おまえに祝福してほしいんだよ」


…父はわたしを愛してくれている。わたしの望んだかたちでなくても。


その想いをよすがに、エステリアは微笑む。


「責任重大ですね。…お父さま、わたしが反対しないとわかっていらしたから、そんな事をおっしゃているのではありませんか?」


いたずらごかして父の顔を覗き込むと、クレメンスは虚を突かれた表情を浮かべたが、すぐに破顔した。


「…まさか。それならこんなに緊張しないよ。…ああ、これなら仕事で無理難題を押し付けられた方が気が楽だったよ」


脱力した体のクレメンスに笑いかけ、エステリアはひたすらに沈黙を守っていたブリジットに顔を向けた。


…なんであなたなの。どうしてわたしじゃないの。わたしの方がずっとこの人を見てきたのに。


どろどろとした感情がエステリアのみぞおちに蓄積されていく。それを相手に全く悟らせない自制心は決して叶わぬ、口にも出せない恋を抱えてきた賜物だろう。


垂れた緑の双眸をしっかりと捉え、エステリアは欠片も思っていない事を言葉にする。


「お父さまはこの通り大方の事を仕事につなげてしまうんです。呆れてしまわれる事も多々あると思いますが、よろしくお願いしますね」


想い人を奪った女に醜態など見せてたまるものか。理想的な娘を演じる事が今にも崩れそうなエステリアを支えている。


「今までわたしをのけ者にしてくれたんです。今日はお二人のなれそめをしっかり聞かせていただきますよ!」


各界の著名人の御用達だとか言う料理の味などエステリアにはまったくわからなかった。砂を噛むような心地で、聞きたくも無い父とブリジットの関係を興味津々といった体で聞く自分は道化に等しい。


エステリアを嗜めつつも出会いを語るクレメンスとブリジットのはにかんだ表情に、ここで養父への想いをぶちまけたらどうするだろう、と暗い妄想を頭の隅で抱きつつどうにかデザートを食べ終わるまで演じ抜いたエステリアはふたりに断って席を立った。


―――限界だった。


パウダールームに駆けこんだエステリアは食べたものをすべてもどした。胃の中を空っぽにしても、不快感は治まらない。頭ががんがんする。


磨き抜かれた床にずるずると座り込み、エステリアは生理的な涙の滲んだ目を閉じた。


胃のムカつきを意識して追いやり、エステリアはよろめきながら立ち上がった。あまり長い時間席を離れていては、心配をかける。


個室の鏡の前でどうにか見た目を取り繕い、パウダールームを出たエステリアを待っていたのはブリジットだった。


凍りつくエステリアに、ブリジットは首を傾げた。


「…なかなか戻ってこないから…。顔色が悪いわ、気分が優れないの?」


企業看護師だというブリジットにつつかれては厄介だと、エステリアは苦笑をつくった。


「ちょっとはしゃぎすぎただけです。心配して下さってありがとうございます」


戻りましょうか、とエステリアは促すがブリジットは動かない。エステリアの頭の一部がちりりと灼けた。

ほかの誰かであればなにも思わないだろうが、兎にも角にも、自分は彼女が気に喰わないのだろう、とエステリアは醒めた部分で考える。


「その、…驚いたでしょう。いきなりこんなおばさんがお父さまとお付き合いしてるって聞いて」


消毒薬で荒れた指を絡ませ、ブリジットはおずおずと切り出した。


「わたし見た目も平凡だし、たいした取り柄も無いの。…クレメンスから想いを告げられた時には、正直どうしってって思ったわ。…だってあの人のそばにはもっと若くて綺麗で、才能のある女性がたくさんいたんだもの」


思わず怒鳴りつけそうになるのを、エステリアは奇跡的な忍耐力で耐えた。そんな自称「平凡な女」に初恋の相手を奪われたエステリアの立場はどうなるのだろう。クレメンスを振り向かせたくて努力を続けてきたエステリアの、これまでの時間は。


「でもやっぱり嬉しくて。分不相応かもしれないけれど、あの人を支えていきたいの。…あなたとも親しくなりたいわ」


「…わたしもですよ、ブリジットさん」


ブリジットにこれ以上しゃべられるのは耐えがたい。その一心でエステリアは同意を示した。


すると、ブリジットのそばかすの浮いた丸い顔に花が咲くような笑みが広がった。


…相手の心中などまったく悟れないくせに。にっこりと微笑み返しながら、エステリアは胸中で吐き捨てる。


用を足してから戻る、というブリジットを置いて、エステリアは独り待つクレメンスに先に屋敷に戻る旨を伝えた。


「お父さまの事です、どうせブリジットさんと過ごす時間なんてそう無いんでしょう。邪魔者は消えますから、おふたりでどうぞごゆっくり」


なにか言いかけた父の様子に気付かない振りをして、エステリアはフロントに向かった。車を手配してくれるよう依頼するよりはやく、低い男の声がかけられる。


―――「お帰りですか、エステリアお嬢様」


黒い燕尾服で一礼するのは、すでに屋敷に帰ったはずのクロードだった。


「車をまわしてございます。どうぞ」


クロードの完璧なエスコートで車に乗り込んだエステリアは、知らず大きく息を吐いていた。


ぐったりと座席に身体を沈めるエステリアを、ミラー越しにクロードが窺っている。それにいちいち反応するのも億劫で、不愉快だと思いつつもエステリアは目を閉じた。


           *


自室に引っ込んだエステリアは、制服のまま大きなベッドに倒れ込んだ。頭も身体も、どこもかしこも気持ちが悪い。盛大に嘔吐したせいで胃は空腹を訴えるが、なにか口にいれればまた吐いてしまいそうだ。


もうこのまま眠ってしまおう、と目を閉じたエステリアの耳がノックの音を拾った。


「エステリアお嬢様、失礼いたします」


眠った振りをして通そうとしていたのに、どこまでもうっとおしい眼鏡執事は許可も無く入室してきた。

信じられない暴挙だが、それを咎める気力も無い。


うつ伏せでベッドに転がったまま、起き上がる素振りすら見せないエステリアに、クロードは聞こえよがしに溜息を吐いた。


「…せめて靴を脱いでください。ベッドが汚れます。…制服も、皺になりますから」


うるさい、眼鏡。エステリアは心の中で悪態を吐く。


まるで動く気配の無いエステリアの靴と靴下をクロードが脱がせていく。エステリアはぎょっとしたが、四肢が重い。内側がダメになると、身体も引きずられていく。


「…変態」


「そう思われるのでしたらご自分でなさってください。変態にされるがままになるおつもりですか」


「…変態眼鏡」


「…エステリアお嬢様」


「…見た?眼鏡。あのブリジットとかいう女。…なんなの?お父さまにちっとも相応しくないわ」


せっかくいいものを着ても野暮ったいし、40歳前だというのに口調はどこか子供っぽい。…けれど。


エステリアは顔をうずめたシーツを握りしめた。


エステリアの、仲良くなりたいと口先だけの詭弁を聞いた時のあの表情。見ているものがほっこりと温かなもので満たされるあの笑顔。


ブリジットは自分を取り柄の無い平凡な女だと言った。しかしあの笑顔を見てなお、彼女をその通りだとこけおろせる人間がどれだけいるだろう。


クレメンスは社長として激務に追われ、敵も多い。疲れ、ささくれだった心にブリジットのあの飾らない微笑みはどれだけ染み入るだろう。


父がどうして彼女に惹かれたか。わかってしまった今では、ただ敗北を噛み締めるしかない。


…いや、敗北ではない。「娘」であるエステリアでは、そもそも同じ土俵には立てないのだから。


「…いい気味だって思ってるでしょ。あんた、わたしの事嫌いだもんね」


伏せたまま、エステリアは唇を歪めた。クロードは答えない。それを「是」と捉え、エステリアは小さく嗤う。


「…わたしだってねぇ、こんな恋に未来なんて無いって諦めようとしたわよ。でも駄目だったんだもの、しょうがないじゃない。…そしたら今日のこれよ。…まったく目も当てられないよね、なんでわたしがあのふたりをお祝いしなきゃなんないのよ」


父を困らせたくないという思いもあったが、笑ってみせたのはエステリアの矜持だ。


視界が潤んでくるのを唇を噛み締めて堪える。


―――「ああ、いい気味だ。ざまぁないな、エステリア」


吐き捨てる低音に、エステリアは思わず半身を起していた。振り返ると、そこには片膝をベッドにかけたクロードの姿。彼は眼鏡を外すと、胸ポケットに差した。


「おまえはどこまでも不毛な想いにひとり酔っぱらっていた。俺が忠告しても聞く耳持たなかったな」


呆然としていたエステリアはしかし、じりじりと湧き上がってくるものに眉を吊り上げた。


一喝しようと開いたエステリアの口は、声を発することは無かった。強い力で顎を捉えられ、上向かされたからだ。


「…なぜ泣かない?」


「…なんで泣くのよ」


「失恋した。長年温めてきた想いを、どこの誰かもわからないつまらない女に砕かれた」


容赦の無いクロードの言葉がエステリアの胸に突き刺さる。痛みにエステリアは呻いた。至近距離にある黒い瞳を睨み付ける。


「…泣いたってどうなるものでもないわ。それこそ不毛よ」


「…泣けよ」


「嫌よ。…その口閉じて、いい加減放しなさいな。さっきからあんた、何様のつもり?」


「おまえが泣いたら放してやるさ」


「…悪趣味にも程がある…!!」


静かに激昂したエステリアの拳はあっさりとクロードの大きな掌に阻まれた。そのまま琥珀と黒の瞳が睨みあう。


ぎりぎりの膠着状態に先に根をあげたのはエステリアだった。


「…泣いたらわたしの負けじゃない…!あんな、…横合いからさらわれるみたいにお父さまを持っていかれて、…これ以上惨めになりたくない…!」


押し殺した声で吐露した瞬間、エステリアがようよう耐えていたものが決壊した。それは涙となって一気に溢れる。


クロードの拘束が解け、エステリアはベッドの上、うずくまって泣いた。涙腺が壊れてしまったのではないかと思うほどの涙が頬を伝う。


全身が軋むような痛みを訴えるほど泣きに泣いて、エステリアはようやく落ち着いた。白い制服は下のキャミソールが透けてしまうほど涙を吸って、もうぐちゃぐちゃだ。


どれくらい泣いたのかわからない。鈍痛はあっても妙にすっきりしたエステリアが洟をすすっていると、ハンカチが差し出された。クロードだ。


エステリアは彼を一瞥すると、スカートのポケットからあえて自分のハンカチを出した。しかしそれは奪われ、クロードが手ずからエステリアの涙を拭っていく。


「…痛いんだけど」


「これくらい我慢なさってください」


うんざりとした口調を隠しもしないクロードの端正な顔には眼鏡がかかっている。口調もいつもの慇懃無礼なものだ。彼の本体は眼鏡なのだろう。


「…眼鏡」


「クロードです、エステリアお嬢様」


「…誰にも言わないでよ」


「言いませんよ」


前にもこんな遣り取りをしたな、とエステリアは思い出した。なんというか、彼とはまったく関係が変わっていない。


「…派手に腫れますよ、これは」


「…いいよ。明日学校休む」


「御随意に」


溜息まじりに応じて、クロードはすっかり濡れてしまったハンカチをしまった。エステリアはころりとベッドに転がる。


「…眼鏡。咽喉乾いた。…お腹空いた」


「軽食をお持ちします」


「うん」と素直に頷いて、エステリアは熱の籠った息を吐いた。


これだけ完膚なきまでに失恋しても、エステリアの胸には熾火のように父への想いがくすぶっている。きっとすぐには割り切れないだろう。これから初恋の遺骸を見つめながら日々を過ごすのだ。その想いを看取った時、エステリアは父とブリジットを心から祝福できる。…そう信じたい。


エステリアの閉じた瞼から新しい涙がゆっくりと流れ落ちる。


…ああ、けれど。何度泣けばその日は訪れるのだろう。


腫れてひりひりとした痛みを訴える目尻をそっと撫でられる。重たい瞼を開くと、まだクロードがそこに立っていた。


「…お腹空いたってば」


「…エステリアお嬢様、努力をしたからといってすべてが叶うとは限りません。ですが、私はこれまで欲しいものは己の力で手に入れてきました。…これからもそのつもりです」


「…さようですか…?」


どのタイミングで決意表明をするのだろう、この男は。エステリアは眉をひそめる。どうでもいいのだが。


「…ええ、ですからお覚悟を」


「ん?…は…?」


思いきり胡乱な顔をするエステリアの前でクロードはとろけるような笑みを浮かべた。一見優雅な黒い豹は、しかし強靭な脚と、獲物を確実に仕留める牙を持っている。


ぶわり、とエステリアの肌が粟立った。なぜだろう、狙いを定められた。そう感じた。


「宣戦布告だ。エステリア・リーデルシュタイン」


長い指でエステリアの唇を一撫でし、クロードは颯爽と燕尾服を翻した。


涙も引っ込んだエステリアは、不穏な予感にひとつ、大きく震えた。


       *

                         *


エステリアが大学に進学したのを機に、クロードは彼女の執事を辞し、リーデルシュタイン社に就職した。


だというのに、エステリアと彼はほぼ毎日顔を合わせている。黒塗りの車から降りたクロードは優雅に一礼した。


「おはようございます、奥様。…エステリアお嬢様」


「おはようございます、クロードさん。毎朝ご苦労様」


「…オハヨウゴザイマス」


出勤するクレメンスの見送りに出たブリジットの笑顔とは対照的に、エステリアの顔はやさぐれ放題だ。


執事経験を生かしてか、クロードは短期間でめきめきと頭角を現し、今ではクレメンスの第一秘書を務めるまでになっている。


クレメンスとクロードを見送って、ブリジットは義娘をちらちらと窺った。


「…ねえエストちゃん、もうちょっとクロードさんにお愛想出来ないかしら?」


「無理。女学校時代に眼鏡に対する忍耐は使い切りました。補充の予定はありません」


無表情に応じるエステリアに、ふっくらとした手を、やはりふっくらとした頬にあてブリジットは首を傾げた。


「でもクロードさん仕事熱心な真面目な人じゃない。クレメンスの送迎だって欠かしたことないのよ?有能で、しかも美男子だなんて。そうそういないわ、すんごい優良物件じゃない」


「あのチートな感じが気持ち悪いの!あいつ絶対変な性癖持ってるって!!幼女趣味とかおかしなフェチとか!知ってる?ブリジットさん。世間的に後ろ指さされる性癖の持ち主って、それを悟られまいとしてすごく気を使える人になる傾向があるんだって!!あいつそう!絶対そう!スーツの下にブラジャーとかしてるよ!」


朝っぱらから全力で偏見を叫ぶエステリアに、ひっそりとブリジットは息を吐く。


「…エストちゃんってどうしてこう鈍いのかしら…」


年は離れていても気の置けない友のようになれた義娘は、なんだかとても残念だ。




―――「以上が本日の予定になります」


過不足なく報告を済ませた秘書に、クレメンスは鷹揚に頷いて見せた。


エステリアの執事を離れてからこちら、クロードは滴るような色香を滲ませるようになった。美貌には笑みを刷くようになり、それがますます人目を惹きつける。


「…最近ずいぶん機嫌が良いな。なにかあったのか?」


踏み込み過ぎたか、とクレメンスは悔いたがクロードは眼鏡越しの黒い双眸を瞠り、ついでとろりと溶かした。


「はい。ずっと想いを寄せていた女性がようやく私を見てくれるようになりまして」


今度はクレメンスが目を見開く番だった。よもや彼の口から恋愛話が出て来るとは思わなかった。


社長の信頼厚い第一秘書でこれだけの容姿の持ち主だ。当然社の女性人気は凄まじい。

しかしどれだけ誘いをかけられても取り付く島なく袖にする様から、同性愛者ではないのかという噂まで出ていたのだ。


「…そうか。それはなによりだ」


「はい」


クロードは抜け目のない男だ。きっと好意を持たれた女性は、外堀を埋められ、気付いた時には彼の手を取らざるを得ないように仕組まれているのだろう。


凄艶に微笑むクロードの肉食獣のような黒い瞳を視界の端に収めながら、クレメンスはその相手に同情を覚えた。


…まあ、自分には関係の無い事ではあるが。



































文中では「黒豹」の眼鏡執事。性質としては蜘蛛とか蛇に近いと思います。


読んでいただき、ありがとうございました。

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