別視点43 不意打ちの新たなる情報(ロイス視点)
いつも通りの報告に加え、仮入隊の幼子のこの一ヶ月の報告で大幅に時間がかかった部隊長会議を終えてカイユ様の待つ執務室へとグランディオと共に向かう。
その間にこの後の互いのスケジュールの確認を行いつつ職場である近衛・近習部隊が管理する二階へと戻った。
執務室前の控えスペースに仕事をしながら控えていた近習・近衛部隊の面々に出迎えられる。
グランディオと自然と別れた所で、控えていた近習部隊のベテランからここ暫くカイユ様に付き添って外出していた間の報告事項を聞く。その間にも場にざっと目を通して変わりがない事を確認する。
「……以上が隊長が不在時の取り急ぎの報告事項です」
「ありがとうございます。部屋の掃除なども問題なくできていますし、そろそろローテーションで皆に次の仕事を教えても良いかもしれませんね。教育係と話して、流れを決めたらまた報告をお願いします」
「畏まりました」
報告を聞き、他の面々にもざっと視線を向けると丁寧な挨拶のみで終わる。
それを確認した所でカイユ様の元に戻る前に給湯室へと足を向ける。
こちらも手入れに問題はない。
そして茶器など一式は既に所定の場所に無い。カイユ様にきちんとお茶は出されているのだろう。
そこまで確認してから今度こそカイユ様の執務室へと足を向ける。
規則に礼儀作法に則りカイユ様の執務室に入室すると、そこにはまだグランディオの姿はなかった。近衛部隊の副隊長であるアストが執務机に座るカイユ様の傍に控え、近習部隊の副隊長であるシェブルが丁度入れ終えたらしい新しいお茶を供している。
「ーーー……珍しく随分と時間を取られたものだな」
「戻りが遅くなり、申し訳ございません」
「其方が話を切り上げさせずに聞く必要ありと判断した事があったのだろう。……話せ」
部隊長会議で我々が不在の間に、それなりに溜まっていたであろう急ぎの書類はある程度片付け終えられたのだろう。
シェブルに出された茶を一口飲み、カイユ様から視線と言葉を向けられた。
常ならば報告が上がるまでカイユ様の耳に届くことはない。
それ故に珍しく長い会議がカイユ様の興味を引いたのだろう。
僅かに胸中に不快感を感じつつ、それを隠して微笑んでいると、グランディオが入室してきた。
すると、途端にグランディオがカイユ様の後方の窓に向けて臨戦態勢を取るのを見て、アストもすぐに反応する。
同時にカイユ様も視線を窓に向けたが、その先の光景を認識するなり近衛部隊の二人を手で制した。
少し遅れて近習部隊が状況を把握する。
窓の外には、漆黒の衣装を身にまとった長髪の見知らぬ巨躯の美丈夫の姿。だが、その背には漆黒のドラゴンの様な翼が広がり、二階の窓の外にあるその姿を支えている。
不信感に身構える近衛・近習の四人をよそにカイユ様だけが迷いなく窓を開けば、浮いていたその巨躯が滑らかな動きで執務室の中へ滑り込んできた。
「…………態々変化魔術まで行使して何用だ、アルスティン」
室内に着地するのを見届けてカイユ様が口にした名前に、動向を見守っていた我々が思わず驚きに息を飲む。
カイユ様が騎乗する、北の竜王アルスティン。
変化魔術でドラゴンから人化したその姿は、自身の色である漆黒をカイユ様とはまた違う形で身に纏っていた。
そんな中、呼ばれた当の本人は悠然と翼をその背に収めて笑顔を浮かべる。
「無事に生まれた娘が昼寝に入った故、カイユに我が妻から聞いた面白い話をしに来た」
「ほぅ……」
そして見慣れぬ姿から発せられた声は間違いなくアルスティンのものだった。
つい先程の部隊長会議でその名の上がったアルスティンがこのタイミングでカイユ様に会いに来た事実に、未確認の情報が一気に真実味を帯びる。
「此度は無事の孵化、お祝い申し上げる」
「かたじけない」
「だがこのタイミングで其方が訪れるとは興味深い。座るがいい」
「そうさせてもらおう。あぁ、それと我にも茶をくれるか。出来れば少しばかり酒を垂らしてくれると尚良い」
カイユ様の勧めに従い、部屋に置いてあるものの殆ど使われたことのないソファに慣れた様子で座ると、こちらに視線を向けつつアルスティンが告げる。
すぐにティーセットの傍らに立っていたシェブルに視線を向けると、小さく頷いてすぐに準備を始めた。
それを見て、カイユ様も茶器を手にアルスティンの座るソファの向かいへと場所を移す。
「わざわざアルスティンが面白い話をしに来るタイミングが部隊長会議後とは、何か関係がありそうか?」
「はい。恐らく、現在北の魔王城に仮入隊で勤務している者のことかと」
「……この時期に、仮入隊がいるのか」
カイユ様からの質問に答えると、然程表情を変えることはなかった。ただ単に物珍しいといった様子。
「なんと。あの子はこの北の魔王城で仮入隊が認められたのか!」
寧ろ、普段は物静かなアルスティンの方が驚きと興奮を覗かせている。
「…………珍しいな。其方が他者にそこまで関心を寄せるとは」
「カイユ、其方とて聞けば驚く。……ユリティアだ」
「…………ユリティア?」
「我が東の魔王城から北の魔王城へ移動する際に会わせただろう。我が愛し子、そして……東の末子だ」
「!」
アルスティンとの会話を交わしていく内に、カイユ様の表情までもが驚きに染まる。
カイユ様の表情がここまで動くのを見たのはどれぐらいぶりか。
だが、それよりもアルスティンがユーリを自身の愛し子である事をアッサリ認めた。
アルスティンが出した名前に一瞬思い当たらなかったようだが、別の表現に反応できるくらいにはカイユ様もユーリのことを知っているのだ。
恐らくは東の魔王城の関係者、それも東の魔王陛下の血縁者であり、ユーリの真実の名であろう名を。
これは、まだ他の者が一切知らない情報だ。
「ロイス、その仮入隊の隊員はいくつだ」
「推定でおそらく三十くらいと。……記憶喪失で『深遠の森』にて調理部隊長のディルナンに保護され、そのまま年齢にそぐわぬ実力を認められて仮入隊しております」
「…………間違いないか」
「まともに外に出られる状況にある子ではなかった故、色々と気になる所はあるが……。無事に在るのならばそれで良い」
カイユ様の確認に知っている情報を答えていると、シェブルがアルスティンの紅茶を用意し終えてソファへと向かっていく。
「……それにしても、まさか三十そこそこでこの北の魔王城の仮入隊を認められるとは流石はユリだ。今、何をしている?」
「主軸の業務は調理部隊にて調理補助をしています。第二部隊所属で書類部隊の検算係を。他には光属性の魔術を扱えることが発覚したこともあり、医療部隊で応急処置の研修しつつ魔導部隊の補助を受けていると聞いています。他にも今後はいくつかの部隊に応援も考えられているようですが」
「……我が離れてから随分と出来ることが増えたのだな。会話は問題ないか?」
「幼子特有のつたない発音は見られますが、特に意思疎通に困るような様子はありませんでした。何か気になる事がございますか?」
出された紅茶に軽く礼を言い、一口飲んだアルスティンが私へと会話の矛先を向けてきた。
最後に向けられた質問の意図が読み切れずに問い返すと、アルスティンだけでなくカイユ様までもが感嘆の様子を僅かながらに覗かせていた。
だが、こちらの質問に特に何を答える訳でもなくアルスティンが緩く首を横に振る。
「ーーー……ロイス、近い内にフェシルの来城予定はあるか?」
そんな中、カイユ様が出した名前に胸元のポケットから手帳を取り出して確認する。
「直近ですと、四大公会議が来月にございます」
「その後の我の予定を二刻ほど抑えよ。フェシルにも重要会談としてその旨伝達を」
「すぐに手配致します」
前書類部隊隊長にして、現北の魔王領の東西南北を統べる四大公の東の大公であるフェシル。
カイユ様の忠実な僕でありながら、自領の利益も上げる腹黒さと狡猾さもしっかり兼ね備えている。
常ならば痛くもない腹の探り合いを他の大公にされるのが面倒だと一線を引いた付き合いをしているが、それを今更取り立てる理由は。
考えるまでもない。ユーリだ。
だが、ユーリが東の魔王陛下のお子だと知った以上、カイユ様が放置はできないのも事実。
北の魔王城の隊員に上位貴族階級どころではない魔王陛下の系譜の教育が完璧にできるかと言われると、答えは否である。どう考えても難しい。
「……フェシルをユリの教育係に据える気か」
「記憶はなくとも、最低限の礼儀作法は勿論のこと、あの特異な知識を今まで以上に扱えるようにしておかねば。それにフェシルにとってもこの上なく有意義かつ魅力的な時間となろう」
「我等がユリを囲う訳にはいかぬか」
「其方が一番理解しているであろう。あの子供こそ、東の最後の支えにして砦。此方の私情で動く訳にはいかぬ」
「ままならないものだ。愛し子と愛娘を揃って囲えぬとは……」
考えている間も、二人の間で話は進む。それも普段なら考えられないほど感情たっぷりに。
「すぐに東に戻さないだけマシと思え。……あぁ、それと過去とはいえあの子供自身が自分で其方に会いに行くと我に宣言したのだから、其方との面会自体はそもそも許可はせぬぞ」
「カイユ!」
「……ドラゴンの姿ならばまぁ、目溢しはしてやらん事もない」
慌てるアルスティンに笑みさえ浮かべて意地悪くカイユ様が告げる。
それに苦笑してアルスティンが肩を竦めて見せた。
「愛し子と娘が揃えば、これ以上ない愛らしき絶景に違いない」
「其方の娘も奥方が落ち着いたら見せて貰おう」
「小柄で、魔大陸以外でも滅多に見ない白竜よ。既に愛し子に懐いておるようでな」
「奥方に怒られたか?」
「それはもう。よくもあんなにも愛らしい存在を隠していたなと。まさか会わせられるとは思わなかった故、機会を逃したのが悪かった」
カイユ様とアルスティンが口元を微かに緩めつつ手にしたお茶に舌鼓を打つ。
「フェシルの教育は大切なれど、絶景の機会を減らすと思うと些か腹立たしいものだな」
「だが、あの子供を虎視眈々と狙っている東のハイエナ共が付け入る隙さえ見つけられずに歯軋りする様を思い浮かべれば愉快ではないか」
「それにユスティヌスも救われる。……理性では分かっておるのよ」
「何、我が折を見てあの子供の後見に付く。……素直に何の対策もなく東に返してやる義理はあるまい」
「カイユ! それは実に名案だ」
ここでカイユ様から飛び出した言葉に、感情の整理が追いつかない。
危険な異物たり得る幼子。
その実態は、東の魔王陛下の末子で。
その上アルスティンの愛し子というだけでなく、カイユ様が直々に目を掛け、後見人を務めるとまで言わせる存在。
一先ず、情報部隊隊長に先に情報を流して、あの幼子の詳細を確認させてもらうとしよう。
そもそもあの幼子は正式な北の魔王城の隊員ではない。あくまでも仮入隊である。
そして正式な隊員として認められるまでの部隊長会議で他に何の情報が出てくるか。
全ての話はそれからだ。




