別視点42 部隊長会議②(ディルナン視点)
部隊長会議の為にいつもより少し早めに昼食を回し、夕飯準備に何も問題が無いのを確認してから執務スペースで前掛けを外して用意しておいた資料一式を回収する。
昼寝に入っていたユーリはレツのぬいぐるみを抱き抱えるように丸まって寝ていた。
微妙に涎を溢している姿に、ぬいぐるみと上掛けの洗濯を机の片隅のメモ帳にメモしておく。
そして向かうは大会議室。
何事もなく辿り着いた扉の前で一つ溜息を零し、一呼吸してから扉を開いた。
いつも通り、オレ以外の空席は近衛・近習部隊のみ。
先に来ていた面々は何人かが雑談をしている。
来た順に着席しているので、必然的にオレの前に来たらしいヤハルの隣になる。
隣に座れば、ヤハルが手を挙げて挨拶してきた。
「お疲れ様じゃな、ディルナン」
「お疲れさん。……どうにかなりそうか?」
「お前さんの案を採用して、いざとなったら当事者で話し合いじゃよ。そっちは?」
「出方次第、だな」
「四半刻前に戻られたばかりだからの。近衛・近習はまだちと掛かるかもしらん」
「……聞けたのか?」
「無理じゃ、無理。子竜がおるんじゃぞ」
「それもそうだな」
挨拶がてら昨夜以降の進捗を聞いてみると、疲れた表情を覗かせるヤハル。
「会議から戻った後も大変だな」
「全くじゃよ。……そうそう、ディルナン。ちと話せる時間が欲しいんじゃが」
「……ほどほど纏まった時間が必要なら、明日以降だ。調整する。半刻ほどなら夕飯のピークさえ過ぎれば時間は作れる」
「なら、まずは今日の時間をくれ。そこで詳しく話を詰めたい」
「了解した」
そんなヤハルから話を持ち掛けられ、持っていたスケジュールを確認しつつ返答する。
決まった予定をそのまま書き込んでいると、扉が開いた。
近衛部隊長と近習部隊長の登場に、自然と雑談が止まる。
「遅くなりました。では、今月の部隊長会議を始めましょうか」
ロイスのこの言葉に、全員が姿勢を改めた。
いつも通りのロイスの進行で会議は進んでいく。
だがどの部隊の報告も明らかに意図的にユーリの事は外され、あくまでも部隊長として部隊の報告のみに終始する。
途中までは順調に進行していたが、案の定、一つ前の騎獣部隊の焼き芋案件で突然巻き込まれた農作・鍛治・設備は勿論、書類部隊が荒れた。
エリエスの舌鋒が今日も冴えまくっている。
「今だってドラゴンの酒代に年間一体どれだけ掛かってると思ってるんです?」
「エリエス、お前さん、ちとドラゴン舎に来てみろ。ドラゴンのキラキラ眼が見られるぞ」
「……は?」
エリエスのドスの効いた問い返しに対し、愉快犯二人と単なる興味を惹かれたらしい巻き込まれ三部隊のジーン・ジョット・ヤエトは顔を見合わせている。
これは巻き込まれ三部隊が陥落する方が早いな。
「とにかく、ワシ等騎獣部隊はお手上げじゃ。もう関係部隊に現状を見て貰った方が早い」
「何で貴方が放り投げてるんですか」
「成竜だけなら何の問題もなかったわい。酒があるからな。じゃがな、昨日卵が二個孵ったんじゃ。あの子らには暫くは酒はやれん」
ヤハルの言葉に、機動部隊長のソフィエが頷く。
「既にユーリと一緒に焼き芋の味を知った子らじゃ。母竜二頭も安全確認と言う名の味見で焼き芋の魅力を知っておる。酒の日に自分達の分が無いと知った子竜達の反応とその後を想像すると……」
「どさくさ紛れに自分達の分も主張して竜舎が物理的に損壊する恐れあり、だな。一部か全壊かは知らんが」
「その場合の修繕費と焼き芋代、どっちがマシかのぅ?」
さり気なくソフィエの援護を受けつつヤハルが数字の書かれた紙をヒラヒラとエリエスに見せる。
これにはエリエスの眉間にそれは深い皺が刻まれた。
「……ひとまず書類は預かりましょう」
「そうこなくっちゃのぅ」
なんだかんだでエリエスに要検討まで持ち込み、ヤハルが以上だとロイスに告げる。
そして回ってきたオレの番。
「調理部隊からは一点だ。特別メニューのランチを再来月に企画している。詳しい日程とメニューは肉の熟成度合いが確定する来月の部隊長会議でまた連絡する。その際、いつも通り数の申請を頼む。以上だ」
簡潔に用件を伝えると、ロイスが近習部隊としてカイユ様の来月の決まっている予定の確認を行い、グランディオが特に無いとの事で基本の部隊長会議が終わる。
「―――……さて、では次に仮入隊のユーリについての話に移りましょうか」
ロイスの視線がオレに固定されてのこの言葉。
いよいよ、今日の大詰めの始まりだった。
「取り敢えず、前の部隊長会議からの一ヶ月の間の出来事で今日報告できる事を時系列順にザックリ伝える。何か足りなかったら言ってくれ。それと詳細について聞きたい事があれば、オレ以外にも担当部隊の補足を入れてもらう」
まずは前置きをしてからノートを広げる。
「まず、書類部隊初出勤時に入隊時の筆記試験を受けて時間内に満点だった。頭脳面での入隊は問題なし。一ヶ月継続して書類部隊に出勤しているが検算係に就任、特に問題なしの報告を貰ってる」
一つ目からすっ飛ばした内容だと思いつつ、並んでいる項目を続ける。
「北の魔王城の散策時に二階で何やらマジックミラーなる仕組みを口にしたらしいな。この辺りは鍛治・設備に丸投げされてるらしいがその後はまだ聞いていない。ついでにその時会ったロイスを『怖い魔王様絶対主義者』なんて評価してったらしいぞ?」
二つ目にして大爆発してる気しかしないが、周りを気にしたら進まんのでこのまま無視して進む。
「それから、ヴァスに迷子で保護された時に封印魔術を施されているのが分かったが、かなり高度かつ複雑化してるらしい。それとユーリは目で魔力を捉える能力持ちでもあるって事で、この辺りは魔導部隊に担当して貰っている」
ここまでが実は書類部隊初出勤の一日で起こってるからな。他にもあったが、それは別に絡むものがある訳で。
「これが一番大きな事柄だが。ユーリは魔大陸生まれでありながら光属性の魔力を保持している。コレに関しては医療部隊の伝手で天使族を二人紹介してもらって定期的に対応している」
この一ヶ月、ほぼ何かしらの騒ぎに関わっているのがユーリの光属性の魔力・魔術である。
ツッコミどころしかないが、先ずは残りの二つを言わせてもらおう。
「トドメの情報だ。北の魔王城に来る前から『竜の愛し子』なんて契約がなされていて、新たに“精霊の祝福”を昨日貰ってきた。以上」
まとめた項目を全部読み上げると、場を支配するのは沈黙だった。
然もありなん。
「……いやいやいや、ツッコミどころしかねぇんだが」
ジーンのこの一言に、個性的な面々が揃いも揃って頷く。
「だろうな。オレも書いててどんだけ部隊長会議に時間が掛かるか怖くなったぞ」
「百万歩譲って、まぁ、筆記試験の事はいい。実力があるのは何よりだ。ロイスの外面に騙されねぇのも大したもんだと思う。その次」
「マジックミラーとやらのその後はどうなってるんだ? ジョット、ヤエト」
沈黙するロイスに代わってジーンが進行するのに乗ってみる。
「理屈は分かったが、それを実現させる素材が無い。現在鋭意作成中だ。進展したら部隊長会議で報告を上げる」
「了解した」
ジョットの言葉を受け、ついでにノートに進捗も書き込んでおく。
「封印魔術諸々はもうシェリファスの管轄か?」
「そうだ。ヴァスからの情報引き継ぎとユーリの状況確認だけした段階でまだ解析に入っていない故、特別な事は分かっていない。目については魔力の視認が確定済みだが、詳細を確認中だ」
「じゃ、これも進展したら情報共有な。……ロイス、そろそろ戻ってこねぇか?」
「……偶には他の隊長が進行してもいいでしょう?」
「うーわ、完全に客観的にユーリ見る気満々じゃねぇか。怖い怖い」
ジーンがロイスに声を掛けるが、ニッコリ微笑むロイスに大袈裟に怖がって見せる。
それでもロイスが動かないのを見て、ジーンがそのまま話を進めた。
「一番の大物が次の光属性のアレコレらしいが、もうちっと噛み砕かねぇとサッパリ分かんねえよ」
「ジーン、アンタが言っていた『緑の手』がそもそも光属性の魔力なんだと」
「……は?」
ジーンの場を代表しての言葉に、先ずは一番初めのキッカケとなった事柄を上げる。
きっと言った本人はそんなつもりでは無かっただろうが。
「ユーリは光属性の中でも治癒属性の魔力を常に纏っているらしい。それによって自然と植物の生命力に影響を与える事ができるのが『緑の手』だと天界の研究で確認されてるそうだ」
「あのユーリが撫でて完熟させたモコロシとトゥートか……」
自然と発現していたユーリの光属性の魔力。
その例を上げると、ジーンが顎の無精髭をなぞる。
「で、次に保持疑いとなったのが、医療部隊での応急処置訓練だな。ここで外警部隊の少年隊員に子供騙しの痛み止めのおまじないをするんだが。マジのマジで治癒させちまった」
「それに関しては医療部隊が記録を取ってある。自然治癒ではあり得ない速度での症状回復だった事を私が証言しよう」
流れをなぞっていると、ここでヴィンセントが加わってきた。
「そして私が家でユーリを預かった時に偶然天使族の医師に出会った事で、ユーリの祖先に天使族がいる事が分かった。同時に光属性の魔力を間違いなく持つ事も証明された。その縁で二週間に一度、“循環”と呼ばれる光属性の魔力の調整にその天使族の医師の協力を得ている」
「そしてそのユーリの光属性の魔力のお陰で、昨日騎獣部隊で特殊な子竜が無事生まれた。……光属性の白竜じゃ」
『⁉︎』
ヴィンセントに続いてヤハルまでユーリの光属性の魔力について語ると、知っている面々以外が息を飲んだ。
「ユーリがその光属性の魔力で孵化を助力したのは偶然そこに居合わせたからなんじゃが……どういう巡り合わせか。運命のイタズラと言うのはこういうモンかと思ったわぃ」
「それはもしかすると、『竜の愛し子』とやらに関係するのか?」
「大当たりじゃ、ジーン」
ジーンが鋭く質問すれば、ヤハルが頷く。
「ユーリが助力したのは北の竜王……カイユ様が騎乗されているアルスティンの卵じゃった。そのアルスティンがユーリを『竜の愛し子』として契約したと、その妻であるエスメリディアスが確認しておる。因みに『竜の愛し子』はドラゴンの長が己の子と同義として、ドラゴンが群れや種族の違いに関係なく全頭で庇護すべきと認定した魔術的な契約の印を持つ存在らしくての。ドラゴンまでタラせるツェン以上の魔獣タラシ体質で、ドラゴンの長と肉親並みの相思相愛で成り立つなんてぶっ飛んだ契約らしいんじゃが」
「いや、ぶっ飛ぶにも程があんだろ。何で成立してんだ、そんな契約で」
ヤハルの説明に、間髪入れずにツッコむジーンの表情はひたすらに苦い。
というか、知ってたヤツも知らないヤツも、ヴァスとロイス以外のほぼ全員が同じような表情だった。
「我が子の命の恩人が実は旦那の種族飛び越えた娘だったから、ユーリはウチの長女。孵化した子は次女、なんてエスメリディアス筆頭にドラゴン一族に認定されてのぅ。ただ、契約に関してはまだアルスティンに聞く暇が無くて確認が出来てないんじゃよ」
「うーわ、ユーリの背後にドラゴン付いてんのかよ」
「ユーリに下手な対応をすれば、高確率で怪物親よろしくドラゴンが総出で出てくる恐れがある」
ジーンが確認すると、ヤハルではなくソフィエが頷く。ドラゴンに密に関わる二部隊の隊長が認めたことで、その真実味が増す。
「全く、マジでとんでもねぇな。……アルスティンの話は次回の部隊長会議に持ち越しな。んで、最後の話は?」
「魔大陸に光属性の魔力など皆無じゃろう? じゃが、白竜である以上、成長に光属性の魔力は欠かせない。それで天使族の御仁に魔大陸近くにある光属性の魔力を持つ島を案内して貰ったんじゃ」
ヤハルの説明に、何も知らない面々は成程、と話を聞いている。
この後がとんでもない流れになるとも知らず。
「そこでユーリが偶然精霊姫を見つけたらしくてのぅ。子竜二頭と一緒にナンパしたのが始まりだそうじゃ」
「突然のナンパ。どうしてそうなった」
「調理部隊の一部による英才教育かのぅ」
「しかも話の流れ的に成功してるだろ」
まさかの展開にジーンは爆笑しているが、顔が引き攣っている者もいる。そりゃそうだ。
「精霊は生涯に一度だけ、まぁ精霊姫や精霊王は例外みたいじゃが、好意を持った相手に己の属性の魔力の消費効率を高める精霊だけの特別なまじないが使えるらしくてのぅ。それを“精霊の祝福”っちゅうらしい。いつしかその力が争いを生んで、人前に姿を見せなくなった歴史があるそうじゃが。そんな歴史を知らずに、お茶してからの真っ向勝負で欲に囚われる事なく白い妹竜の成長の助けを純粋に願い、それが嘘偽りない事を精霊姫に証明できたからこそ、“精霊の祝福”を子竜二頭とユーリ自身が与えられたそうじゃ。それによって白い子竜は僅かな光属性の魔力であってもその何倍もの量として成長に繋げ、より確実に生存率を高めることに成功してのぅ。ユーリはひたすら白い子竜の為に大活躍した訳じゃ」
この話の凄い所はこれだけぶっ飛んでるのに、最後の着地点がしっかりしている所だろう。
「真面目に考えると余計に意味が分からんから、合言葉は『ユーリだから』という事にしている」
取り敢えず周囲へ一言助言を送ると、それで良いのかと言う目で見られる。
「この一ヶ月は流すとこんなモンだ。必要に応じて他部隊の応援相談や実戦的取り組みはあと二ヶ月で形にしていこうと思っている。今話せるのはこの程度だな」
視線が集まったついでに話をまとめにかかる。
すでに部隊長会議が始まって一刻が過ぎようとしている。
そろそろ夕飯の準備も佳境の筈だ。
「何か他に質問はあるか? ……内容によっては個別にも質問を受け付けるから食堂で声を掛けてくれ」
濃すぎる話に、飲み込み切れてないだろう事を考慮して一言添えた。
時間が時間な事もあり、他の部隊長達も特に手を上げない。
「んじゃ、グダグダだがこれで解散」
ジーンの締めの言葉を聞き、さっさとノートを閉じて立ち上がる。
ロイスとグランディオとほぼ同時に退室する際にロイスと目が合ったが、その瞳に全く感情が見えなかった。