まだ見ぬ世界に馳せる『夢』
それからしばらくして酒場での楽しいひと時を終え、彼女たちは店の外へと出る。
空はすっかりと暗く星が煌めいており、ひんやりと冷える夜風が頬を優しく撫でる。
「えへへ……師匠、エリアス、今日は楽しかったよ! ありがと!」
まだまだ出会ったばかりだが、今日のひと時は確かにリキシアたちの関係をより確かなものへと変えつつあった。
「なぁ、リキシア。 お前さん、今日もギルドのあの部屋に帰るつもりか?」
「え? うん、そのつもりだよ?」
「リキシア、お前さんさえよければ今日からは一緒に宿に泊めてやろうか? 宿代くらいは、私が持ってやるからよ」
リキシアはアウレアのその言葉に目を丸くする。
まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
今までは夜はノクスと宿に帰り、ノクスとだけ一緒に過ごしていた。それが、もしかすると一人と一匹ではなく、二人と一匹になるかもしれない。
「……良いの?」
少しだけ震えそうな声でそう口を開いたリキシアは頭の中で、ふとかつての自分の過去を思い返していた。
先生や友達--たくさんの家族がいたあの孤児院。彼女にとっての思い出の『家』。
「まぁ、もちろんお前さんが嫌じゃなければだけどな。 折角なら私も、ただ修行を付けるだけじゃなくてお前さんとは色々話してみたいしな」
「い、嫌じゃない!」
リキシアはアウレアの言葉にふっと現実に引き戻されるように顔を上げると、目を輝かせる。
「はっ! そうか、嫌じゃないか。 それなら、決まりだな」
アウレアはそう言ってリキシアの肩に腕を回す。
その感覚に、リキシアは少し目を細める。冷たい夜の空気の中で、彼女のその腕は妙に温かい。
「よし、宿探しに行くぞ! ははっ、ちゃんと良い宿に泊めてやるから楽しみにしてな。 ほら、そこの影狼も行くぞ」
「そこの影狼じゃなくてノクスだよ?」
「おっと、そうだったな、悪かった。それじゃあ、ノクスも行くぞ。リキシアに置いて行かれちゃうぞ」
アウレアの言葉に、ノクスが顔を上げてこちらに寄って来る。
「おや、もう行ってしまうのか。残念だのぉ」
さっきまでリキシアとアウレアを傍目にノクスと戯れていたエリアスが微笑みながら口を開く。
「それでは、儂も帰るとするかのぉ」
エリアスはゆっくりと立ち上がると軽く手を振ってその場を去って行った。
「よし、私たちも帰るぞリキシア。 まずは、宿を取りに行こう」
「うん!」
歩き出した彼女たちの姿を、淡い夜空の星明かりと暖かな街の魔導灯の光が照らしている。
「なぁ、リキシア。 お前さんは冒険者になって何か目標とかあんのか?」
アウレアの唐突な問いにリキシアは首をかしげる。
冒険者としての目標など、別に考えた事などなかった。
「目標……は特に無いかな。 私はノクスと一緒に楽しく暮らせればそれでいいから」
そう言って口を閉ざしてから、リキシアはアウレアの方を見上げて口を開く。
「ううん、これからは師匠も一緒!」
「はっ! そうか、私も一緒か」
そう答えるアウレアはただ前を向いていたが、その口元はどうしようもなく緩んでいた。
「あ、でも。 最近一個だけやりたいことは見つけたかも」
ふと思い出したように口を開くリキシアをアウレアは面白そうに笑って見つめる。
「へぇ、それはなんだ?」
リキシアはアウレアの視線を感じながら、今日の朝読んだばかりのあの一冊の本の事を思い出していた。
世界の外に広がる星空。
そこにある数えきれない星々と、まだ見ぬ数多の世界。
「私、いつか星を見に行きたいんだ」
「星? そんなの今いくらでも見れるだろ」
「ううん、違う! 私は、星に行きたいの。 この世界の外側に」
その言葉を聞いて意味を理解したアウレアは目を大きく見開く。
この世界の外側。
あの、星々の世界。
まだ誰も越えたことのない、世界の境界の先の世界。
「……お前さん、まじか」
アウレアを見つめ返すリキシアの藍色の瞳は深く、それでいて星のように煌めいていた。
「そうか、星か。 なら、その願い叶うと良いな。 私はそのために、お前さんを鍛えてやる」
「うん!」
「ははっ、私の特訓は甘くないぞ? 覚悟しておけ!」
豪快に笑いながらリキシアの背中を軽く叩く彼女の手は大きく、そしてどこか温かかった。
冷たい夜の空気の中、夜風が二人と一匹の背中を押し、宙と地の灯が優しくその道を照らしていた、、、




