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第20話 これは恋

 俺と暁さんは、恋人になった。


 俺があの写真をSNSにあげると、俺たちの仲が良さそうな写真を見て、ユウキさんから連絡があった。

 「上手くいったのか?」という短い確認に、俺は誠意を持って返事をする。


 色々と迷惑をかけてしまったことや、結果的にユウキさんにも負担をかけてしまったことを謝罪した。

 でもユウキさんは相変わらず優しくて、「俺に気を遣うなって言っただろ」「おめでとう」と祝福してくれる。

 俺は暁さんとの関係を、ユウキさんにしか伝えていない。

 暁さんはどうなのか分からないけれど、多分誰にも言っていない気がする。



 それから俺たちは、付き合い始めた数日後、暁さんが運転する車の中でこんな会話をした。


「暁さんって、いつから俺のことが好きだったんですか?」


 それは揶揄う目的ではなくて、本当に俺の抱いている純粋な疑問だったのだ。

 しかし暁さんは、俺の質問に対して口を閉ざすと、ジトッとした目で見つめてくる。


 すると暁さんは、少し拗ねた様子でこう言った。


「そっちこそ」

「俺ですか? 俺は……たぶん最初から、暁さんのことをカッコいいと思ってました、純粋に。それがちゃんと『好き』になったのは、暁さんが俺のこと好きだって分かってから……意識し始めた気がします」


 俺は冷静に、自分の恋を思い返してみた。

 最初は純粋な好意だった。カッコよくて演技も上手い、そんな暁さんに対する憧れがあった。


 やがて暁さんが俺のことを好きだと理解すると、暁さんをそういう対象として意識するようになって、俺の恋は始まったと思う。


 だから、暁さんが先に俺を好きになっているはずだ。

 でもいったいいつからなのか、俺のことを好きな演技をしてもらっていた弊害で、俺はよく分かっていない。

 暁さんが俺のどんなところに惚れたのか、参考までに教えて欲しかった。


 暁さんは、興味津々に見つめてくる俺に向けて、諦めた様子でため息を落とす。

 そして俺の顔を見ずに、少し頬を赤らめながら、悔しそうに話し始めた。


「……はじめて、キスしたとき」

「え、それって稽古の話ですか?」

「そうだよ。絶対に鳴海は覚えてないけど、あのときの鳴海が凄く可愛く見えて……一瞬理性が飛んだ。稽古場だってことも忘れて」

「え、怖い」


 俺が軽口のようにそう言うと、暁さんは俺を軽く睨みつける。

 さらに続けて、暁さんは言った。


「知ってるよ、お前はただの演技だったこと。でも俺はその後もお前の演技でどんどん本気になったし、俺だけ本気になっていくのが悔しかったから、バレないようにしてただろ」

「……? どの演技の話だろう」

「もういいから、やめてくれ……恥ずかしい」


 本気で恥ずかしがっている暁さんが珍しくて、俺はもっと揶揄いたくなってくる。

 そして思い出したように、翔さんの話題を口にした。


「あ、もしかして俺が初めて翔さんと演技したとき、椅子倒したのってわざとでした? あれってやっぱり嫉妬しちゃって…――」


 俺がニヤニヤ笑いながらそう揶揄っていると、暁さんが突然俺を助手席の窓際へ追い詰める。

 運転席から身を乗り出し、距離を詰めて顔を近づけると、暁さんは薄らと笑いながら、固まっている俺に向けてこう言った。


「……言っておくけど、俺は鳴海が思っている十倍は嫉妬深いし独占欲が強い。覚悟しておけよ?」


 その言葉に、俺は苦笑を返した。

 知っている。そもそも暁さんが俺との契約を辞められなかった理由は、きっと俺に提示した交換条件が理由だ。


 この人は、俺が翔さんと必要以上に仲良くなるのが嫌だったのだ。

 そんなの、とっくに気がついている。


 だから俺は、そんな暁さんのことを可愛いと思いつつ、悪戯な顔で笑って答えた。


「じゃあ俺も、俺が好きなのは暁さんだけだって、ちゃんと伝えられるように頑張りますね」


 俺の言葉に、暁さんは暫く俺の目を無言で見つめてから、耐えられなくなったように身体を離すと俺に背中を向けて、耳まで真っ赤になった顔を腕で隠している。

 どうやら嬉しかったらしい。


 俺は暁さんのことを、よく理解できている。

 その事実にちょっと嬉しくなって、俺は暁さんのことを見つめながら微笑んだ。



 俺たちは、恋人になった。

 役ではなくて、本物の恋人。

 脚本もなければ、セリフも用意されていない。


 お互いに、相手が次にどんな行動に出るのか未知数で、未来も定かではない。

 それでも俺たちは、この未来をハッピーエンドにするため、お互いを一番に愛すると決めている。



 ――そうして時は、1ヶ月が過ぎていった。





◇





 俺は新宿駅の、大きな広告を見に来ていた。

 今度、暁さんが主演をやる舞台の、巨大な広告が掲示されている。

 それをこっそり見に来たのだが、平日の昼間だというのに女の子たちが広告の前で代わる代わる写真を撮っていて、俺は遠くからその光景を眺めていることしかできない。


 暁さんは、人気者だ。

 あのルックスであんなに演技と歌が上手くて、それで未婚なのだから、女の子たちが放っておかないのも理解できる。


 暁さんの広告の前で嬉しそうにしている女の子たちを見て、マスクと帽子で顔を隠した俺は、ニヤニヤと笑った。

 ――それ、俺の彼氏。

 無意識に、内心でそんなマウントを取ってしまう。


 俺はずっと、自分はいい人だと思っていたし、そうありたいと思っていた。

 でも暁さんに関しては、いい人でいることをやめようと思っている。

 その結果、俺は暁さんのファンに対して内心でマウントを取るような、嫌な男になっている自覚はあった。


 でも、仕方がないではないか。これが事実だ。

 暁さんに愛されているのは、他でもない――俺なのだから。



 暁さんのファンということは、ブルスカも観に来ている可能性は大いにある。

 だから俺は、普段滅多にしない変装までして広告を見に来ていた。


 ようやく女の子たちが広告の前からいなくなって、俺は暁さんの広告の前に立つ。

 巨大な広告には主演の暁さんと、ヒロイン役の女性が一緒に写っていた。

 次の舞台で、暁さんはヴァンパイア役を演じるらしい。ダークな雰囲気が、暁さんによく似合っている。


 暁さんが女優さんと一緒に写っていても、正直俺は全く嫉妬の感情がわかなかった。

 それは暁さんに対する想いが弱いということではなくて、俺からすれば――これは演技だ。

 演技の暁さんだと分かっているから、全く嫉妬しない。


 俺は、この美しい広告を写真に収める。

 どうせ暁さんは見に来ないだろうから、後で写真を送ってあげよう。


 そうしてシャッターを切った瞬間、俺のスマホが着信を告げた。

 マネージャーからだ。俺は慌てて広告の前から立ち去りながら、通話ボタンを押した。


「もしもし……はい。はい…――えっ!?」




◆




 暁はカフェで一人、季節の新作ドリンクを飲んでいた。

 春をイメージした苺味の新作ドリンクは、甘くて自分好みの味だと思う。

 もうすぐ次の舞台の稽古が始まってしまうので、こんなにゆっくり出来るのも今のうちだった。


 稽古が本格的に始まる前に、鳴海と会う時間ももっと増やしたい。

 そう思いながら、暁は鳴海にメッセージを送ろうとスマホを開く。

 すると、ちょうど暁の隣の席に座った女性二人組の会話が耳に入ってきた。


「ブルスカの原作本、買えてよかったね」

「本当に良かった! 重版してくれなかったら手に入らなかったもん」

「ねえ聞いた? 作者さんが舞台観に来て、続編を書くか検討中らしいよ?」

「そうなの!? フィンとノアのその後が見られるなら嬉しい!」


 自分もよく知る単語がたくさん出てきて、暁は気になってしまい鳴海にメッセージを送る手が止まる。

 舞台を観にきた人たちだろうか。

 暁は自分の存在に気付かれるだろうかと、少し焦る。けれど今は帽子を被り、レンズに薄い色の入ったファッショングラスをしているので、恐らく簡単に顔はバレないだろうと冷静になった。


 たしかに原作者の人も東京公演を観に来てくれて、楽屋へ立ち寄り挨拶もしてくれた。

 そのとき、舞台の完成度を非常に評価してくれたのも記憶に新しい。

 暁は彼女たちの方へ顔は向けずに、話の続きに耳を傾けた。


「でもさ、続編があったとして、ルカは出てくるのかな?」

「そうだよね……いちおう生き残ったけど、ヴァルドは死んじゃったし……ルカが出てきたらどうなっちゃうんだろう」

「新しい男が出てきて、恋人になったら嫌かも」

「確かに、それは違うよね」


 うんうんと頷き合っている女の子たちの隣で、暁もうんうんと頷く。

 ルカには幸せに生きてほしいけれど、別の男と幸せになるのは許し難い。


 そして案の定彼女たちの話題は、一ヶ月前に幕を下ろした舞台の話へと移っていく。


「ルカといえば、舞台の子可愛かったよね!」

「わかる! 香坂鳴海くんだっけ? まだ若手で、次の出演作品も決まってないみたいだけど、応援しちゃうよね!」

「ねえ彼の次の舞台決まったら、一緒に観に行こう!」

「まだ内容もわからないのに?」

「だって絶対可愛いもん!」


 女の子たちの会話に、暁は口元が緩むのを抑えきれない。

 鳴海本人が、可愛いと言われるのを厭っていることを知らない彼女たちの会話には、あと何回『可愛い』が出てくるのだろうか。

 そんな風に思っていると、ふと視線を感じた。


 見れば、女の子の一人が暁を見ている。

 どうやら、見覚えがある顔だと気付かれたらしい。


 これ以上盗み聞きは難しいと判断して、暁は飲みかけのドリンクを手に持つと席から立ち上がる。

 するとその高身長で、女の子は確信を持ってしまったらしい。

 思わず「あっ」と声を上げているので、暁は人差し指を口元へあてて静かにするようにお願いすると、作り物の笑顔と共にこう言った。


「わかります。鳴海……可愛いですよね」


 女の子たちは、悲鳴を噛み殺すように口元を両手で覆っている。

 暁は軽い会釈と共に、その場を離れた。


 店を出て少し歩きながら、暁は大人気無かったなと、少しだけ反省する。

 鳴海のことを可愛いと言って許されるのは、自分だけなのだと、自己満足なマウントをしてしまった。

 彼女たちは絶対に気付いていないとは思うけれど、SNSに書かれないことを祈るしかない。


 あの店舗を気に入っていたのだが、もう行けないかと思っていると、暁のスマホが着信を告げる。

 見れば、相手は鳴海のようだ。


 暁は思わず笑顔が溢れてから、通話ボタンを押した。


「もしもし?」

「暁さん聞いてください! 俺、次の舞台決まりました!」


 それは、自分に言っても大丈夫なのだろうか。

 暁は苦笑しながら、それでも鳴海が真っ先に伝えたい相手が自分だったことを嬉しいと思ってしまう。

 情報解禁はまだ先だろうけれど、先ほどの女の子たちもきっと喜ぶことだろう。


 そう思いながら、暁はスマホ越しの鳴海を称えた。


「良かったじゃないか。メインキャストなんだろ?」

「はい! と、言ってもそんなにセリフが多い役ではなさそうなんですけど、アンサンブル含めて二十人くらい出るスクールミュージカルで…――っ!」

「あー、鳴海ちょっと待って」


 暁は、早口に捲し立てる鳴海の口を、一度閉じさせる。

 このままだと、通話で全てを終わらせてしまいそうなので、暁は車に乗り込みながらこう提案した。


「その話、会って直接聞きたい。いまどこにいる?」

「……新宿です。迎えにきてくれるんですか?」

「ああ。その後、俺の家に来ないか? ほら、年末に作ったマグカップ、届いただろ。見てくれないか?」


 暁は自分で提案してから、下心を隠すように慌ててそう付け加える。

 本当にそんなつもりで誘ったわけでは無いけれど、少しでも鳴海の警戒心を解きたかった。


 しかし鳴海は、揶揄うようにこう返事をする。


「ああ、俺の家が帰り道にある、千葉の家ですね?」

「……その話はもういいだろ」

「じゃあ遊びに行こうかな。暁さんの等身大の大きさもある抱き枕、見てみたいし」

「……それはもう捨てたんだ」


 暁はやれやれと首を横に振る。

 すると鳴海は電話越しにくすくすと笑っているので、暁は反撃のつもりでこう言った。



「もっと良い抱き枕が、家に来るらしいから」



 暁の台詞に、鳴海の反応はパッタリと途絶える。

 今頃どんな表情をしているのか想像して、暁は意地悪に笑うと、念を押すようにこう聞いた。


「来るよな?」

「……やっぱり、どこかレストランにしませんか」


 どうやら警戒されてしまったらしい。

 押せば逃げるし、引けば寂しそうに追ってくる。暁はそんな恋愛が久しぶりで、楽しそうに笑った。

 別に焦らなくてもいい、ゆっくりでいい。

 心から、こんなに大事にしたいと思える人ができた。


 暁はエンジンを掛けながら、愛おしい人の名前を呼ぶ。


「鳴海、今から迎えに行く。レストラン何処へ行くか、決めておいて」

「……はい!」




◇




 互いの声が、愛おしくて。

 会えるだけで、幸せで。


 こんな感覚は、決して舞台上では味わえない。

 はじめは演技から始まったかもしれないし、演技と現実の境が曖昧で、俺は自分の感情が偽物なのか本物なのか……自信がなかった時もある。

 けれどいまは、胸を張って、断言できる。




 ――これが俺の……俺たちの、恋の形なのだと。

ここまでご覧下さりありがとうございます。

第二章も構想があるため、またいつか続きが書けたら書きたいです。

ありがとうございました。

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