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50 夜会での求婚

 イザベル王妃の誕生日を祝う夜会は、盛会のうちに終わりの時を迎えようとしていた。


「王妃殿下、最後のご挨拶に伺いました」


 国王への挨拶を終えたジークベルトが、イザベル王妃の前で恭しく礼をした。


「ああ、この夜会が終わり次第、転移の魔法でお国に戻られるご予定でしたわね。……そういえば結局、運命のお相手は見つかりましたの?」

「実はそのことで、王妃殿下にお願いがあるのですが……」


 あら、とイザベル王妃の目が期待に輝く。


「どうやら先読みのとおり、運命の相手と巡り会えたようなのです」

「まあ、そうでしたのね!」

「それで、彼女をツァウバルに連れ帰るお許しをいただきたいのです。もちろん、本人の承諾を得た上で、ということになりますが……」

「ええ、ええ、もちろん許可しますとも! カナル王国王妃の名において請け負いましょう。ツァウバルの王弟殿下にして世界随一の魔法使いであるジークベルト殿の伴侶が我が国から出るだなんて、願ってもないことですもの!」

「ありがとうございます。そのお言葉を聞いて安堵いたしました」


 ジークベルトの唇が美しい弧を描いた。


「それで、誰なのです? その幸運な女性は。もう本人にはお伝えになったの?」


 イザベル王妃が興奮ぎみに身を乗り出した。

 夜会の参列者達もお喋りを中断し、興味津々で上座の二人のやり取りに注目している。


「実はまだなのです。ご迷惑でなければ、今この場で彼女の意志を確認してもよろしいでしょうか?」

「まあ! ということは、この会場に運命のお相手がいらっしゃるのね! ふふ、聞きましたわよ、ジークベルト殿。昨日、クラプトン伯爵邸でベリンダ・クラプトンと長い時間を過ごしていたと。さきほどもベリンダと真っ先にダンスを踊っていましたわね」


 ジークベルトが思わせぶりに口の端を上げ、成り行きを見守っていた周囲の人々を振り返った。期待と好奇心に満ちたざわめきが起きる。

 ゆるりとホールを見回したジークベルトは、すぐにお目当ての人を見つけた様子で視線を定め、美しい顔に甘やかな微笑みを乗せた。途端に溢れ出た色気に、会場中の貴婦人達から黄色い声が漏れる。

 ジークベルトは会場の視線を一身に集めながら、ゆったりと歩を進める。それに合わせて人の波が割れる。

 ジークベルトの向かう先には、彼の瞳の色と同じ紫色のドレスをまとったベリンダが、頬を染めて立っていた。


「ジークベルト様……」


 ベリンダがうっとりとジークベルトを見つめ、片手を差し出す。

 ジークベルトもまた麗しい微笑みでベリンダに歩み寄り――。


「……え?」


 けれどその横を無言で通り過ぎた。片手を宙に浮かせた姿勢で固まるベリンダには見向きもせずにさらに進み、壁際で足を止めた。


 壁際に佇む女官姿のソフィ。その顔の化粧は崩れ、醜い火傷痕が露わになっている。

 ジークベルトがソフィの前に跪くと、悲鳴混じりのどよめきが起きた。

 ジークベルトはそんな周囲の動揺など気にした様子もなく、姫君を前にした騎士のように、左手を自身の胸に当ててソフィを見上げた。

 

「ソフィ嬢、美しく聡明なあなたに心を奪われてしまいました。私の妻として、ともにツァウバルに来ていただけますか?」


 恭しく右手を差し出され、紫の瞳にまっすぐ見つめられて、ソフィは息をのんだ。

 周囲のざわめきが遠のいていく。


(いま……いま、妻とおっしゃったの? まさか、そんなこと……)


 想定外の言葉に思考が停止し、かぁっと頬に熱が集まる。


「ソフィ嬢? この手を取っていただけますか?」


 ジークベルトが意味ありげに口の端を上げ、小さく首をかしげた。

 その瞬間、伯爵邸の地下室でのやり取りが脳裏に蘇った。


 あれからまもなく、ジークベルトの腕の中でソフィが意識を取り戻したとき、すでにセオドアは護衛騎士ギードによって拘束されていた。

 セオドアに腹部を刺されたゴードンは、ジークベルトの治癒魔法により止血され、一命を取り留めていた。


『状況的にソフィを助けようとして刺されたようだったから、一応ね。執事長ならば、クラプトン伯爵家の悪事を暴くのに、いくらか役にも立つだろう』


 というのが、ゴードンを助けた理由らしい。

 ジークベルトに支えられたままそんな会話を交わしていると、カラスのクーがソフィの胸に飛び込んできた。驚くソフィに告げたジークベルトの説明に、ソフィはさらに驚かされた。


『君の使い魔くんが知らせてくれたんだ、君がここに囚われていると。シュネーを介してね』


 なんと、ソフィ自身も気づかないうちに、クーはソフィの使い魔になっていたらしい。


『昨日、この屋敷を訪れておいて良かったよ。おかげで転移の魔法で君を助けに来ることができた。君もよく耐えたね。ペンダントの護りも君の助けになったようだ』


 胸元からペンダントを出して見ると、紫の石に大きな亀裂が入っていた。

 その後、クラプトン伯爵邸の制圧と証拠の保全を簡潔にギードに指示すると、ジークベルトはソフィに向き直った。


『私はこれから夜会に戻り、クラプトン伯爵家の悪事を国王陛下と王妃殿下の前で明らかにしようと思う。ツァウバルの王弟として、魔法を悪用した者を見過ごすわけにはいかないからね。ソフィ、君はどうする? 君が望むなら、このまま密かに君をツァウバルに連れ帰ることもできるけれど……』


 ソフィは迷うことなくかぶりを振った。


『一緒に連れて行ってください。あの人達ときちんと決別して、堂々と殿下の弟子になりたいです』


 そう言うと、ジークベルトは嬉しそうに微笑んだ。それから転移の魔法で王宮に移動する直前、ソフィの耳元でこんなことを囁いた。


『これから夜会で、私はいくつか嘘をつく。だけどどうか私を信じて、この手を取ってほしい』


 ジークベルトのその言葉を思い出し、ソフィは納得する。

 つまり、先ほどのプロポーズのような台詞も「嘘」の一つなのだ。


(……ジークベルト殿下はわたしをツァウバルに誘ってくださったけど、それは弟子としてだもの。きっと、皆を納得させるために、あの先読みを利用するおつもりなんだわ……)


 ソフィの頭が冷静さを取り戻す。

 ジークベルトはソフィのためにこんな茶番劇を演じてくれているのだ。勘違いして足を引っ張るわけにはいかない。

 ソフィは小さくうなずき、ジークベルトの目をまっすぐに見つめ返した。


「わたしでよければ、喜んで」


 差し出された手に、緊張で震える右手をそっと乗せる。ジークベルトが艶やかな笑みを浮かべた。


「ありがとう、ソフィ。私の運命の人」

「ひゃっ……!?」


 右手の甲にやわらかな口づけを落とされ、ソフィは真っ赤になって固まった。唇が触れたところから全身に甘い痺れが広がり、足に力が入らなくなる 

 立ち上がったジークベルトは、そんなソフィを支えるように腰を抱き寄せると、火傷痕のある額にちゅっと口づけた。

 驚いて見上げると、紫の瞳が愛おしげに細められる。ソフィの頬がますます熱を帯びた。


(演技……殿下のこれは全て演技なんだから……!)


 自分にそう言い聞かせても、心はドキドキと落ち着かない。


「それでは行こうか、ソフィ。共にツァウバルへ」


 ジークベルトがソフィの手を取って歩きだそうとしたそのとき、鋭い声が二人の足を止めた。


「お待ち下さい、ジークベルト殿下!」


 振り向いた先にいたのは、ベリンダの父親でありソフィの叔父であるクラプトン伯爵だった。

 傍らには夫人と、大きな瞳を潤ませたベリンダの姿もある。

 ふわふわと浮ついていた気持ちが、一瞬にして凍り付いた。


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