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13 白薔薇宮

今回から王宮編に入ります。

少々汚い表現がありますので、お食事中にはご覧にならないことをおすすめします……。

 カナル王国は大陸の西方に位置する中堅国家である。古くからの交易路が東西を横断し、南側に面した海にいくつもの港を擁するこの国は、大陸西方における交易の中心地として栄えている。


 周辺国のみならず遠い異国からも様々な物が集まるカナル王国。その王都の小高い丘の上に王宮はある。真っ白な外壁が遠目にも美しいその宮殿は『白薔薇宮』と呼ばれ、他国から訪れた者達を感嘆させる。


 白薔薇宮の内部もまた、その異名にふさわしい美しさで溢れている。

 建物は随所に曲線を用いた優美なデザイン。調度品は各国から集められた一流品で揃えられている。

 手入れされた庭園では季節を問わず美しい花々が咲き誇っている。中でも薔薇は、当代の王妃イザベルがこよなく愛する花として、盛んに栽培されていた。


 ただし、眩いばかりにきらびやかな設えも、王侯貴族が出入りする表側だけのこと。使用人のみが利用する裏側に回れば、とたんに豪華な装飾は姿を消し、機能性のみを重視した灰色の空間が広がっている。


 そんな使用人エリアの暗い廊下を、ソフィは大きな木製の桶を手に歩いていた。度々他の使用人達とすれ違うが、皆、ソフィが近づくと眉をひそめ、顔を背けるようにして足早に遠ざかっていく。

 それはソフィの顔の醜い火傷痕のせいもあるだろうが、それだけが理由ではなかった。


 ソフィからとんでもない悪臭が漂っているのだ。正確には、ソフィの持つ桶から。ソフィが歩くのに合わせて桶の中でたぷんたぷんと揺れるのは、王宮で働く人々の糞尿である。

 王宮内の使用人エリアに設置されたトイレを回り、汚物入れに溜まった糞尿を集めて回ること。それが王宮でのソフィの仕事なのだった。


 ソフィが住み込みで王宮に勤めるようになって、まもなく一ヵ月になる。身分は最下級の下働き。皆が嫌がる汚物回収が、ソフィに割り当てられた仕事である。


 持ち場は使用人達の仕事場と居住棟で、これをソフィともう一人で受け持っている。

 ちなみに王宮の表側、王族や貴族に出くわす可能性のある場所への出入りは禁じられている。そちらはまた別の、もう少し地位の高い使用人が汚物回収を担当しているのだ。


 部屋から部屋へ巡回し、穴あき椅子の下部の引き出しに溜まった汚物を肥桶に集めて回る。桶がいっぱいになったら、王宮の外れのゴミ集積場まで運び、地中に掘られた肥溜めに捨てる。これを朝から晩まで繰り返すのだ。


 きつい仕事である。汚物でいっぱいの桶はずっしりと重たいし、なにより臭い。桶には木の蓋を被せ、口元は布で覆っているが、そんなもので防げはしない。

 どんなに念入りに洗っても、両手はもちろんのこと、服や髪にも汚物の臭いが染みついている気がしてならない。もともと鼻のきくソフィには、なおさら苦痛だった。


 持ち場を一周し、桶の中身を肥溜めに捨てる。一周するごとに、井戸端で少しだけ休憩を取ることにしている。

 井戸で水を汲んでごしごしと手を、ついでに顔も洗ったが、吐き気をもよおすような悪臭はあいかわらずソフィにまとわりついている。井戸端のベンチに腰をおろし、鼻の中の悪臭を追い出すように深く息を吐いた。


(せめてお給金が貰えたらな……)


 そうであれば、このきつい仕事もいくらか報われるのにと思う。

 王宮では、クラプトン伯爵家にいたときと違い、ソフィにも他の使用人と同じように寝起きする部屋が与えられている。一人部屋ではないが、それは皆も同じこと。食堂に行けばきちんと食事をもらえるし、理不尽に鞭で打たれることもない。クラプトン伯爵家での生活と比べれば、はるかに恵まれた待遇だ。


 だが、王宮からの給料は全てクラプトン伯爵家に支払われるように手続きがされてしまっていて、ソフィの手元にはわずかなお金も入ってこない。どんなに働いても自立のための蓄えが全くできないというのは虚しかった。

 

「ちょっと、そこのあなた」


 横手からかけられた声に顔を上げる。少し離れたところで、女官らしき格好の女性が口と鼻を片手で覆い、眉を寄せてこちらを見ていた。


「あなた、汚物回収係の子よね? 食堂横のトイレ、溜まってるわよ。臭くてたまらないから早くなんとかしてちょうだい」


 ソフィは慌てて立ち上がる。


「申し訳ありません。すぐに参ります」

「まったく。さぼってないでちゃんと仕事してよね」


 ぺこりとお辞儀をして女官を見送り、傍らの桶を持ち上げながら、ソフィは小さくため息をついた。


(ラナさんたら、またどこかに隠れてるのね……)


 食堂横のトイレは、本当はソフィではなく、もう一人の汚物回収係ラナの担当なのだ。

 だが自分の担当ではないからと放置して、汚物を溢れさせるわけにはいかない。ソフィは足早に食堂の方へと向かった。

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