12 糾問
ヒロインに対する暴力(鞭打ち)の描写があります。苦手な方はご注意ください。
「正直に認めなさい! お前が盗んだのでしょう!?」
「違います、盗んでなんかいません! 信じてくださ……ああっ」
伯爵夫人が振り下ろした鞭を背中に受け、ソフィは短い悲鳴をあげた。
小屋でエメラルドのネックレスが見つかった後、ソフィはすぐさま伯爵夫妻の前に連行された。
ベリンダ、セオドア、ゴードンも居並ぶ前で弁解の機会を与えられたが、ソフィにも何が何だかわからない。知らないとしか言いようがないが、それで彼らが納得するはずがなかった。
もう何度鞭で打たれたかわからない。あまりの痛みに涙がこぼれるが、男性の使用人二人に左右から両腕をがっちりと捕まれ、逃げることはおろか倒れ込むことすら許されなかった。
その様子をベリンダは目を吊り上げて、伯爵とゴードンは無感動な表情で、セオドアは片手で口を覆いながら見つめている。
「盗んでいないですって!? 実際にお前の部屋からネックレスが見つかったのよ! それはどう説明するの!?」
伯爵夫人が声を荒げ、さらに鞭を振るう。
「うぅっ……わかりま、せん……」
朦朧とする中、不意に裏庭でクレアとすれ違ったことを思い出した。その時の彼女の様子が不審だったことも、直後に部屋で違和感を感じたことも。
「あ……の、昼前に、わたしの部屋の近くで、クレアさんと会ったのです。もしかしたら」
「わたくしの侍女が怪しいとでも言うつもりなの!?」
言い終わらないうちに、ベリンダが鋭い声を上げた。
「い、いえ、ただ、何かご存知かもしれないと……」
「同じことよ。とんでもない子ね。わたくしの大切なネックレスを盗んだ挙句、わたくしの侍女に罪をなすりつけようだなんて! お母様、鞭をわたくしに」
伯爵夫人から鞭を受け取ったベリンダが、大きく腕を振り上げる。
「醜くて! 卑しい泥棒で! その上嘘つきだなんて!」
「ちがっ……いっ……ひっ……!」
「わたくしが妬ましかったのでしょう!? いつも羨ましいと言っていたものね!?」
「うぅっ……くっ……!」
「それとも逆恨みかしら!? いいこと? あなたのその火傷痕もね、もとはと言えばあなたが悪いのよ! なのに逆恨みでわたくしの物を盗む!? ふざけないでちょうだい! ほら、さっさと罪を認めなさいよ! 認めて許しを請いなさいったら!」
「いたっ……うぅっ……ああっ……!」
ベリンダが血走った目で、何度も、何度も鞭を打ち付ける。ついに木製の鞭は折れ、ソフィはがくりと床に崩れ落ちた。
「もういい。これ以上は時間の無駄だ」
それまで静観を決め込んでいた伯爵が、苛立った様子で口を開いた。
「罰として三日ほど地下室に閉じ込めろ。だがいずれにせよ、盗みを働くような者をこの屋敷に置くわけにはいかんな」
「もちろんですわ! 今すぐ憲兵に突き出しましょう!」
夫人の言葉に、伯爵は苦々しく眉根を寄せた。
「いや。こんな娘でもクラプトン家の血を引いている以上、憲兵に突き出しては我が家の名に傷がつく」
「ではどうするの? お父様」
「どうしたものかな。まったく、厄介なことをしでかしおって……」
忌々しそうにソフィを睨みつけ、伯爵がため息をついた。
「だったら僕がソフィを預かるよ」
皆の目がいっせいにセオドアに向いた。
ソフィもまた、涙で濡れた目をセオドアに向けた。
「お前が? どうするつもりだ」
「王都の外れに僕名義で小さな屋敷を買ったんです。ちょっとした別邸としてね。そこにソフィを住まわせようと思います」
ソフィの心に小さな希望の火が灯った。
(セオドア様、地下室での約束を果たそうとしてくださってるんだ……。この家を出られるかもしれない……)
しかし伯爵夫人がそれに待ったをかけた。
「お待ちなさい、セオドア。あなたは以前から妙にこの子に同情的だけれど……まさか、この子に別邸を与えて囲うつもりじゃないでしょうね? 許しませんよ、そんなことは」
「お母様のおっしゃるとおりだわ」
ベリンダも夫人に追随する。
「はは、まさか」
セオドアは取り繕うような笑みを浮かべ、ちろりと唇を舐めて湿らせた。
「住まわせると言っても、もちろん使用人としてですよ、母上。外を自由に出歩かせるつもりもない。ソフィのこの顔は目立ちますからね。僕がしっかり監視するし、僕が留守をするときは外からしっかり施錠します。逃げられないようにね」
セオドアの説明を聞くにつれ、ソフィの希望は急速に萎んでいった。
(待って……それではまるで囚人のような……)
確かにこの屋敷からは出られるかもしれない。けれど居場所が変わるだけで、ソフィに自由はない。
「ふむ、それも一つの方法か……」
伯爵が口髭を撫でつけながら思案する顔になる。夫人もそれ以上反対するつもりはないらしく、セオドアの提案どおりに決まりそうな雰囲気が漂い始めた。
(……わたしの望んだこととは違うけど、それでも鞭で打たれないだけ今よりはマシなのかもしれない。セオドア様はわたしにお優しいし……)
そう受け入れかけた次の瞬間、セオドアの表情を見たソフィは凍り付いた。
セオドアがふいに、小さな笑みを浮かべたのだ。それは先ほどまでの取り繕うような笑みとは違う。普段セオドアがソフィに見せる、気づかうような笑みとも違う。
わずかに眉を寄せ、唇を歪ませ、そのくせ目はうっとりと蕩けている。心に秘めた愉悦が、抑えきれずについ漏れ出てしまったというような、そんな笑み。
ソフィの背筋がゾクリと震えた。
(なぜ、そんなふうに笑うの……? セオドア様はお優しい? 本当に……?)
セオドアから視線を向けられるたびに感じていた、うまく言葉にできない居心地の悪さ。その正体はいまだどろりとして掴めない。だがソフィの本能が、セオドアの手を取ってはならないと警鐘を鳴らしていた。
だが伯爵は今にも、ソフィをセオドアに監視させる決定を下そうとしている。
「よし、それでは――」
「お待ちください、旦那様」
静かな声で割って入ったのは執事長のゴードンだった。
「なんだ、ゴードン」
言葉を遮られた伯爵が訝しげな目をゴードンに向ける。セオドアもまた、不愉快そうに眉をひそめてゴードンを見た。
「別邸に年頃の娘を住まわせていると噂にでもなれば、この先、セオドア様の縁談に差し障りが出るやもしれません。使用人扱いをすると言っても、外からはわからぬものですから」
「そんな心配は――」
反論しかけたセオドアだったが、伯爵に目縁で制され、悔しそうに口を噤んだ。
「それは一理ある。何か他に案があるのか、ゴードン」
「ございます。栄誉あるクラプトン伯爵家の名に傷をつけることなく、この娘を閉じ込め、さらに伯爵家に幾ばくかの収入がある、そんな預け先が」
「ほぅ、どこだそれは?」
伯爵が身を乗り出す。ゴードンは皆の顔を見回し、厳かに告げた。
「白薔薇宮です。ソフィさんには、最下級の下働きとして、カナル王国の王宮に行っていただきましょう」
今回で伯爵家編は終わり、次回から王宮編になります。




