アトリエにて
冒険者ギルドを後にしたアイゼンは、一人大通りを歩いていた。
今日は曇り空で少し肌寒く、道行く人は足早にも見える。
そんな風景に目をやりながらのアイゼンの視界に、見知った顔が入った。
向こうもそれは同じようで、足取り軽く近づいてくる。
「こんにちは、アイゼン様」
「買い物か? お疲れ様だな、ターニャ」
「いえいえ」
ラドニーの家のメイド、ターニャであった。
いつも通り柔和な笑みの彼女は、少し視線をさまよわせた。
「お嬢様はご一緒ではありませんの?」
「ラドニーならまだ冒険者ギルドだ」
「あらあら」
くすり、とからかいの色をこめて、ターニャは笑った。
「それは、少々お寂しいお話ですね」
「――ふむ」
言われ、アイゼンはしばし考えて頷いた。
「確かに。頼りになるリーダーが不在というのは、なかなか心細いものだ」
「……あらあら」
思った反応を引き出せず、少々拍子抜けのターニャだった。
「そうだ、ターニャ。少しラドニーに言付けを頼まれてくれるか」
「はい、なんでございましょう?」
「少々遅くなる。夕食には帰るつもりだが」
「わかりました。今度は、お嬢様がお寂しくお思いになりそうですね」
「ならば、なるべく早く帰るとしよう」
「そうなさって下さいませ」
おかしそうな様子のターニャとは、そこで別れた。
そうして少し歩き、脇道へ入る。
記憶と方向感覚を頼りに歩を進めることしばし。
ひとけのない路地に達した時、それらは姿を現した。
アイゼンの進路と退路を阻む形の、数人の男たち。
手に手にナイフや鈍器を持っていて、対話を重んじる様子ではなかった。
「のこのこと、こんなところまで来やがって」
リーダー格であろう、一際体格のいい男が面白くなさそうに口を開く。
その手には錆びだらけの鉈があり、凶悪さを滲ませていた。
「おびき出したつもりかよ?」
「そんなつもりもないが」
不審な気配には、冒険者ギルドを出た時から気づいていた。
しかし意図が読めず、そこでふと思い立った用事のため歩いていた。
その結果、向こうから姿を現したというだけのことである。
だからアイゼンはこういう言い方になる。
「用件を聞こう」
「背中のもん、置いてきな。あとはまあ――」
リーダー格の男の唇が吊り上がり、鉈が持ち上がった。
「せいぜい、いい悲鳴あげろや」
その酷薄な宣言が合図となったのか、アイゼンの前後の男たちが一歩踏み出す。
「ごがっ!?」
「ごっ!?」
「ぎゃっ!?」
しかし、包囲網になろうとしていたそれは唐突に崩れた。
アイゼンの退路を塞ぐ形だった男たちが、悲鳴を上げて崩れ落ちたのだ。
「……は? な、なんだ?」
呆気に取られたリーダー格の男の視線の先、崩れ落ちた男たちの背後には。
場違いな紺色のメイド服、薄水色のボブカット、水色の瞳、そして――銀色の両手槍。
そんな彼女は、へらり、と笑った。
「お久しぶりです、アイゼン様。奇遇ですねー」
「久しいな、ロゼッタ。主人は壮健か?」
「相変わらずの暴君ぶりでメンドイでーす」
状況と言葉の内容にそぐわない、朗らかな声。
足元で気絶した男たちとの対比で、一層場違いさに拍車がかかる。
そしてそれは残りの男たちの理解を止め、事態の把握を遅くした。
「あ、あんた、まさか、『工房』の。どうしてあんたが」
リーダー格の男がかろうじて口にできたのは、それだけである。そして、手にした鉈が力なく垂れ下がる。
「どうしてと言われましても」
うーん、とロゼッタは考える素振りで、もったいぶってから、白々しい笑みを返した。
「うちのお客様を、て・い・ちょ・う・に――扱ってしまった、落とし前――ですかね」
「ひ、ひいいぃっ……!?」
甲高い複数の悲鳴が、路地裏に響き渡った。
男たちは、アイゼンが手を出すまでもなく、ロゼッタの槍の石突きで一掃された。
「だって、服汚れちゃいますものー」
とは、あえて石突きとしたロゼッタの解説である。
「ふむ、相変わらず見事な槍の腕前だ」
「いやー、そんなそんなそんな。照れちゃいますね、かーるく撫でただけですのに、もう、アイゼン様ったら」
まんざらではないどころか、ロゼッタは大いに照れてアイゼンの称賛を受け入れたものだった。
うきうきしながら、ロゼッタは槍をくるくる回す。
「それなら、もう一刺しずつくらいお見せしちゃいますねー?」
「それは遠慮しておくが、この男たちの動機は気になるな」
「そうですねー。お店の近くでなにしてくれてんだ、お客さん来にくくなるでしょ、こんちくしょー、って感じですし」
「店とは?」
「ジェラ様の工房のことです。それでアイゼン様としては、動機の追及をお望みですか?」
手持無沙汰に弄ばれていた槍の穂先が冷たく、リーダー格の男の頭に突きつけられた。
「ま、待ってくれ……!」
少し前に気絶から覚め、逃げる機会を窺っていたその男は、怯えの色を濃くして訴えてきた。
「お、女に頼まれただけなんだ……!」
「それだけですかー?」
ロゼッタは気分を害したように声を低くした。
「スージーと名乗ってた! 茶色の髪、茶色の目、魔法使い風……! お、俺たちはそいつに、こいつが大金持ってるからって、ついでに痛めつけろって言われただけで……!」
「……大金か」
思案げにしたアイゼンは、ロゼッタに視線を運んだ。
ロゼッタは、にっこりと微笑んで槍を半回転させる。
石突きが男の頭を一撃し気絶させ、再度地面との抱擁を強いた。
そうした後、ロゼッタは気づいたようにアイゼンを見上げた。
「お前はもう用済みだー、っていう目くばせで合ってました?」
アイゼンは苦笑する。
「そこまで思ったわけではなかったがな。これ以上は聞けまいか、と確認したつもりだった」
「だったら合ってましたねー」
「……そうか?」
アイゼンとしては首を傾げるしかない。
そうしてから、累々と横たわる男たちを眺めやる。
ロゼッタは槍を箒のように掃くしぐさをしてみせた。
「放っておいて大丈夫ですよ。ここらのルールに従って処理されるのでー。……それとも、アイゼン様としてはそういった対応は好みません?」
恐々と窺ってくるロゼッタに、アイゼンは首を横に振る。
「あえて介入するつもりはない。俺に降りかかってくるなら、話は別だが」
その静かな迫力に、ロゼッタは二の句が告げられず。
(――メンドイから聞かなかったことにします!)
と内心でおののいたのだった。
「アンジェラ錬金工房」
ロゼッタに案内されたそこには、そのような釣り看板がかかっていた。
周囲を見回したアイゼンは、記憶とすり合わせてここだと確認すると、改めて看板を確認した。
「アンジェラ?」
「まあまあ、とりあえずどうぞどうぞ、お入りくださいー」
槍はすでにチョーカーとなっていて、ロゼッタの首元を彩っている。
そんな彼女はやけに朗らかに、その扉を押し開いてアイゼンを招き入れる。
中はこじんまりとした店舗になっており、壁際の棚には何に使うか一見してわからない代物が並べられていた。
本棚も据え付けられていて、何冊もの本が収められている。それらには数々の文様や文字列が浮かび、古の神秘を伝えてくるようだった。
「一名様ご案内ですー」
「――どうぞ」
ロゼッタの呼びかけに、奥から鈴を転がすような声が答える。
店内を興味深げに眺めやりながらアイゼンが中へ踏み込むと、奥に小さなテーブルセットがあり、腰掛けている人物の姿が見えた。
彼以外の誰かなら、第一印象は、流れる金髪を覆う透けたヴェール、としたであろうか。
そしてそのヴェールの下には、赤く肉感的な唇がある。
さらに下へと視線を落とすなら、豊かな胸、くびれた腰と魅惑のカーブが続く。
なのに身にまとうローブは白く無垢であり、背徳的な魅力と感じられただろう。
年のころは二十代前半か。
その人物は椅子から立ち上がると、ヴェール越しに、細めた青いまなざしと、妖艶な微笑みを投げかけてくる。
「ようこそ、アンジェラのアトリエに」
「ジェラか」
「――なあんでばれるの!?」
ぼふん、とアンジェラと名乗った人物は、煙に包まれた。
それが晴れると現れたのは、むくれた表情の少女であった。
服さえも変わっていて、ひらひらとした装飾が多い服、短いスカートであった。
赤い唇だけは変わっていなかったが、そこに浮かんでいるのは先ほどまでの笑みではなく、悔しさである。
「そこはあたしに見惚れて、でれでれするトコじゃないの!? で、そこで正体明かして、残念、ザマァ! あたしでしたー! ってなるのがお約束なのに!」
「わかった、やり直そう」
「そんな気遣いいらないのよ、アイゼン!」
「おー、ジェラ様の変装を見破った方、初めてですー」
「ロゼッタ! 拍手もいらないのよ!」
「というか、自分を残念賞にするのって悲しくないですー?」
「あ、あんた……!」
「きゃー、襲われちゃいますかー?」
「ま、待ちなさい、このバカメイド……!」
「違います可憐な完璧メイドですー」
「きー!」
ドタバタと、狭い工房――ジェラ曰くのアトリエを逃げ回り追いかける主従を横目に。
アイゼンは、並ぶ様々な商品を興味深げに観察するのだった。
「それで、あの姿はなんだ?」
「商売用よ。いくらあたしが凄腕の錬金術師でも、売り込みに行くのがあたしみたいなとびきりの美少女じゃ、舐められるか信用されないか、どっちかだもの」
落ち着いた――というより、走り疲れてロゼッタへの追及を諦めざるを得なかったジェラは、紅茶を淹れさせることで手打ちにした。
当のロゼッタは、ジェラの背後に控えて澄ました顔であった。
しかし、ジェラの機嫌が回復する様子はなく、藪睨みな視線がアイゼンに突き刺さるのだった。
「で、どうやって見破ったの?」
「俺は魔力の波長を感じ取れるのでな」
「……それで同一人物判定したってわけね……迂闊だったわ。そこは改善点ね」
舌打ちしそうな口調のジェラ。
アイゼンはロゼッタが淹れてくれた紅茶を味わい、問いかける。
「ところで、ロゼッタを迎えによこしてくれた、ということなのか? 俺がよくジェラを訪ねる気だとわかったな?」
アイゼンには、いつから自分の行動を把握していたのか、などと問う気はなかった。
偉大なる叡智を秘めるジェラのこと、それくらいはできるのだろう、と思っていたからだった。
「予想半分、期待半分だったけどね――後は、妙な奴らがうろついているみたいだから、その様子見も兼ねて、かしら」
ジェラの視線が、確かめるかのようにロゼッタに向く。彼女は、やれやれ、と肩をすくめた。
「今のところは、粗暴な手合い、としか。スージーなんて名前が出ましたけど、それも本名か怪しいですねー」
「かもね。もしかしたら、姿さえさっきのあたしみたいに借り物の可能性すらある。アイゼン、あんた、心当たりは?」
「気になるのは、俺が大金を持っている、と言っていたことだな」
アイゼンは今日の出来事を思い出す。
「詳細は省くが、クエストで予想外の報酬を受け取った。それを見ていた者がいて、いい獲物と思われた――という、筋書きは思いつくが」
「それが件のスージーってことかしらね」
「確証はないがな」
「で、逆に食べられてしまったと。お疲れ様ですー」
「そうね。まあ、せいぜい気をつけることね、アイゼン。あんたは悪目立ちする方だから、なおさらね」
「……気をつけよう」
真面目腐った返答だが、アイゼンの脳裏に浮かぶものがあった。
それはジェラに落とし前と称して襲撃されたことであり、ターニャが巻き込まれたことだった。
こうして知人となった今、それはもうあり得ないと思ってはいるが、別の因縁がまた誰かを巻き込むかもしれない。
そして今度は、ジェラの時と同じような着地になるとは限らない。
気を引き締めるとともに、ラドニーにも相談しよう、と思うアイゼンだった。
そんな内心の整理を見計らったように、ジェラは短いスカートから覗く足を組み、テーブルに肘をついた。
「それで? 今日は何をご所望なのかしら?」
見上げる視線は、測るようであり、期待しているようでもあり、外見に似合わない色香で誘っているかのようでもある。
凡庸な男であれば一目で恋に落ちるそれ。
しかしアイゼンは、まるで気にすることもなく、周囲を見渡すのだった。
「以前に戦ったような、広い場所はあるか? 見せたいものと相談があるのだが」
「……つまんない男ね、あんたって」
ジェラの表情は、言葉そのままであった。
どういう期待を裏切ってしまったのかわからず、アイゼンとしては首を傾げるしかない。かたわらのロゼッタも、笑いをかみ殺しているだけだ。
「まあいいわ。広い場所――ね」
ジェラは両手指にはめた指輪のうち、中指同士のそれを拍手のように二回、打ち合わせた。
何気ない動きのそれは、瞬時に意味を現した。
アイゼン、ジェラ、ロゼッタ、そして茶器の乗ったテーブルセット。
それらは動かぬまま、風景だけが白に塗り替えられた。
白く硬質な床、遠い壁、そして高い天井で囲われた広い空間だった。
「無垢のアトリエ、通称を実験場。ここでなら、暴れても平気よ――多分ね」
最後に自信なさげな苦笑となったのは、視線の先にいたのがアイゼンだったからだろう。
彼は感心の表情であたりを見回すと、背から下した背負い袋の口を開いた。
怪訝そうにするジェラとロゼッタ。
そして、その目が丸くなり、言葉をなくした表情へと変わっていく。
移動しながら振るう背負い袋の口から、瓦礫や金属板の破片が次々と吐き出され、床の上を占領していった。
そして最後に、ジェラも覚えのある巨大なモグラの頭部、大きな丸い物体が並べられたのだった。
「……ほへー。どんな手品ですー……?」
「……ちょ、え……! これって……! それって……!?」
ロゼッタは、ぽかん、としていていつもの軽口も出てこないようだった。
対してジェラの視線は、並べられた物、次いでアイゼンの背負い袋へと忙しい。
なのにアイゼンのほうこそ怪訝そうであった。
「む。世界を創造するようなジェラであれば、これくらいは普通だと思ったのだが」
「……ふ、普通じゃないわよっ……! なんなのそれっ!?」
ジェラが掴みかかったのは、アイゼンが手にしている背負い袋であった。
彼女はその口を広げたり閉じたり、材質を確認したりと手を慌ただしく動かす。
そしてその表情は、その度に驚きに満たされていった。
「な、なに。なんなのこれ。普通、これだけの魔道具なら、作成者の痕跡や魔力の気配が絶対にあるはずなのに、まるでゼロ、材質は普通の布と革……! 嘘でしょ、機能はとんでもないのに、外見はそれとわからせない……なんて隠蔽……! いえ、構成する段階から内と外を隔てている? それこそ嘘でしょ。どういう工程で組み立てたの、こんなもの……!」
おののき、興奮、驚愕、否定、賞賛。
全身を震わせながら、背負い袋にしがみつくように膝をついているジェラ。
もうそれしか見えず、そばに誰がいるかも認識できていないようで。
分析に没頭――あるいは打ち負かされている錬金術師がいるだけだった。
「……大丈夫なのか、ジェラは?」
いささか心配になったアイゼンがロゼッタに問いかけると、返ってきたのは、へらり、とした笑みだった。
「お楽しみになってるだけです、そっとしておきましょー。落ち着くまで、アイゼン様? お茶のおかわりなどいかがですー?」
「……頂こう」
主人をほったらかしで同席する気満々のメイドに、アイゼンは素直に頷くのだった。
アイゼンとロゼッタのお茶会が始まりしばらくして、ジェラは我に返った。
単なる背負い袋にしか見えないそれは、ジェラにとってはまさに至高の一品、知識の泉であったようだ。
が、やがてそれは自分には手に負えないものだと結論づけたようで、しぶしぶ手を離したのだった。
アイゼンを振り返ったその目は、負けん気に満ちている。
「で、これを売りに来たってこと?」
「悪いがその気はない。大事なものなんでな」
淡々としているだけのアイゼンに言外の強さを見出したのか、ジェラは再度の要求をしなかった。
彼女は面白くなさそうに立ち上がり、膝を払うと周囲を見渡した。
そこにはジェラが見知った、かつて自分が作成したゴーレムの成れの果てが広がっていた。
「マテリアルゴーレム、グラウンドモール……改めて、よくもやってくれたものね」
歯噛みするしかない、というのがジェラの心境だ。
完膚なきまでに敗北した証拠がそこにある。
それを見せつけて煽っている、とはジェラは思わなかった。
ごく短い付き合いだが、アイゼンがそんな人物ではないことはわかっていたからだ。
アイゼンは、大きな球体――マテリアルゴーレムの核に近寄ると、それに手を当てた。
「放置したままというのは気分が良くなくてな。それとともに、興味深いつくりをしているので、色々聞ければと思ったのだ」
「……あんた、割と研究者肌なの?」
明らかに武闘派のアイゼンに、ジェラは意外そうであった。
「自分の気質などよくわからんが。これを肴に、面白い話ができればいい、とは思っている」
「……肴ね」
原形をとどめないそれらをそう例えられたジェラとしては、複雑な気分である。
アイゼンの表情を見ればそれは言葉通りとわかり、しかも悪くない気分ではある。
ジェラから見たアイゼンは、武力は一級品ではあるがそれだけではなく、根底には静かな知性があり、言動が思慮の深さを伝えてくる。
そんな男との会話は、今までもそうであったが確かに楽しそうで――そして、酒も進むに違いない、のだが。
「紅茶ならよくってよ。お酒は頭が鈍るもの」
「お酒禁止のお年頃なのですよー」
「いちいちうるさいわよ、ロゼッタ」
細めたジェラの視線に、その先のロゼッタは、へらり、と笑うだけである。
「都合がついたら、また連絡するわ」
「ありがとう。急に押しかけてすまんな」
そうして、アイゼンは背負い袋を拾い上げた。
「いえいえ、またいつでもお越しくださいませー」
「それはあたしのセリフっ」
不遜な従者に視線を刺しながら、ジェラはここへ来た時と同じく、指輪を打ち鳴らした。
周囲の景色は、一面の白から様々な品が陳列された店内へと戻る。
その洗練されたジェラの技術に、アイゼンはやはり感嘆の思いを向けるのだった。
「それでは、邪魔をしたな」
「アイゼン」
「うん?」
身を翻そうとしたアイゼンに向かって、ジェラの指先から何かが弾かれた。
受け止めたアイゼンが手を開くと、小さな黒い石を取り巻く、輪を象ったイヤリングが一つ。
アイゼンが視線を上げると、待つ雰囲気のジェラがいた。
「ふむ?」
催促の意図を感じ取り、受け取ったイヤリングをつけるアイゼン。微かな重さが耳に揺れる。
『結構似合うじゃない』
『なんだか可愛いですー』
突然、アイゼンの脳裏に、ジェラとロゼッタの声が響く。
わずかにのけぞったアイゼンの表情に、してやったりと微笑むジェラとおかしそうなロゼッタ。彼女たちの口は動いてはいなかった。
なるほど、と得心したアイゼンは、思考に力を籠める。
『思念で通話できる魔道具か』
『ご名答』
得意げなジェラは、やはり唇を動かさないまま、髪をかき上げて隠れていた小さな耳をさらした。
そこには、同じ意匠のイヤリングがあり、透き通った黄色の石が煌めいている。
同じくロゼッタの耳にも輪のイヤリング。こちらは水色の石があしらわれていた。
ジェラはティーカップを口に運んだ。
『いい物を見せてもらったお返しと、連絡が取りやすいようにね。結構な距離まで届くから、重宝するわよ』
『なるほど、茶を楽しみながら会話できるとは、確かにその通りだな』
アイゼンは頷いた。
「だが、挨拶は声でするに限る。それではまたな、二人とも」
「ええ。その背負い袋、また持って来なさいよね」
「お見送りしますねー」
テーブルセットでくつろぐ姿勢のまま、ティーカップを傾けるジェラ。
見送りのために、いそいそと近寄ってくるロゼッタ。
アイゼンは、そんな二人の視線を背に受けて、イヤリングを揺らしたのだった。




