097.機巧技師と復活の勇者
『ふざけるなぁ!!!!』
天を衝かんばかりのサクラ君の激昂。
竜の逆鱗に触れたかと思うようなその叫びに、会場中が静まり返る。
『俺が……俺が戦いたかったのは、そんなお前じゃない!!!』
サクラ君の叫びに呼応するように、ドラゴンの羽根から火花が飛び散る。
『俺がこの島に来たのは、お前と戦うためだ!! 戦えば、今のお前がわかると思った!! でも、なんだそのザマは!! 俺は、俺は、今のお前を肯定してやりたかった……。アザレアを失い、それでも前に進もうとあがいているのだと、そう思わせて欲しかった!!! だが、そんな諦念したような面で、真剣勝負を諦めるようなお前を、俺はどうしたらいい!!』
サクラ君は、泣いていた。
それは、初めて彼女が見せる涙。
強く気高い彼女が、初めて見せるほどの感情の昂りだった。
『サクラ、俺は……』
『もう……いい』
サクラ君は、ゆらりと竜の顔を上げると、そのまま天へと咆哮した。
『ルスト、今のお前は──』
『戦う価値もない!!』
叫びにも近い声がしたと思った次の瞬間、強烈な蹴りが、アルヴァリオンのみぞおちを穿った。
そして、そのまま、されるがままに空中で蹂躙される。
このカリブンクルスという機巧人形が変形した紅き竜、そして、竜の動きをそのまま模倣したサクラの赤竜拳。
その相性ゆえか、筆舌に尽くしがたい強さだ。
対して、アルヴァリオンの水晶の剣に残った魔素は、残り僅か。
もはや、反撃しても無駄に終わるだけだろう。
(俺が戦いたかったのは、そんなお前じゃない!!!)
サクラの叫びが、何度もリフレインする。
お前が戦いたかった俺って、どんなだ、サクラ?
アザレアの事を振り切って、元気溌溂に勇者をやっている俺なのか?
それとも、贖罪に人生をかけ、毎日竜血樹に祈りを捧げるような俺か?
もう、俺にはわからないんだ。
何のために戦っているのか。
そして、どうすれば、アザレアを失った、この罪悪感から解放されるのか。
君は、俺の事をよく普通の男だと言った。
だけど、それは間違いだ。
普通の男よりも、もっと弱くて、ちっぽけなガキにすぎない。
どう生きればいいのか、それすら、もう俺にはわからない。
本当に、本当に、お前が戦う価値すらない存在だ。
だから、これでいいんだ。
全身を苛むこの痛みだけが、俺にわずかばかりの安らぎを与えてくれる。
そうだ。サクラ。
俺に、罰を……罰を与えてくれ。
再び、目の前の鋼鉄の竜が口を開いた。
ブレスが来る。
あの攻撃の直撃を受ければ、ノギスが作ったこのアルヴァリオンと言えど、ただでは済まないだろう。
ふっ、と自然と笑いが漏れた。
これでいい。
俺は、ここで……。
「…………あっ」
思わず、声が漏れた。
アルヴァリオンを温かな風が包み込んでいた。
それは機体を押し上げ、さらに、新たに新鮮な魔素を供給していく。
ドラゴンが咆哮と共に、ブレスを吐き出す。
だが、アルヴァリオンは、風の力を纏い、その攻撃をギリギリのところで回避していた。
「なぜ、アルヴァリオンが動く……」
『ルスト!!』
叫んだのは、ララだった。
彼女は、その儚げな顔に、必死さを張り付け、一生懸命に俺が乗るアルヴァリオンを見上げていた。
「戦って下さい!! ルスト!!」
『ララ……』
「私は、ずっとあなたの"枷"になっていました」
独白するように、彼女は言葉を紡ぐ。
「病気を理由に、私はずっとあなたの優しさに甘えていました」
『ララ、それは違う……』
「いいえ、違いません!! 私はずっと役立たずで、何の手伝いもできませんでした。あなたに守ってもらうだけの弱い女です。でも……!!」
瞳いっぱいに涙を溜めながら、彼女は杖を魔導陣に振り下ろす。
すると、青い光が周囲からあふれ出た。
清浄な魔素が、アルヴァリオンへと送られ、その身体に確かな力を与えていく。
『これは……ララ、君は……』
「ずっと、練習してたんです。あなたの役に立ちたくて」
涙を流しつつも穏やかな笑顔で彼女はそう言った。
「私だって、これくらいできるんです。だから、戦って……風の勇者、ルスト!!」
そうだ。忘れていた。
これが、今の俺の戦う理由。
思い出すとともに、俺は自然と、水晶の剣を強く、ただただ強く握っていた。
『……ようやく、火が入ったか』
『ああ、すまなかった。サクラ』
言葉と共に、視線を上げる。
魔素転換炉の力で拡張された視野が、紅き竜王の凛々しい姿を捉えた。
その鮮烈な姿に、サクラの顔が重なる。
『お前が戦う理由は、それか』
『そうだ。俺は、アザレアを救えなかった。だが、彼女が遺してくれたこの剣は、ララを救ってくれた。俺は、この剣で、彼女を……いや、彼女だけじゃない。自分の手の届く人、全てを守っていきたい。それが俺が勇者であり続ける理由』
俺は水晶の剣に己の魔力を込める。
残りの魔素はあとわずか。
だが、ララが送り続けてくれている魔素があれば、まだ、戦うだけの余力はある。
『サクラ、受けてくれるか。俺の覚悟を』
『当たり前だ。俺は、そのために、遥々この島まで来たのだからな』
声だけしか聞こえないはずなのに、確かにサクラが笑った顔が見えた気がした。
冒険者時代から、彼女には世話をかけっぱなしだな。
今でも、少し目を閉じれば、あの頃の事を思い出す。
無鉄砲だった若かりし日のパーティーメンバー。
無茶もやったし、無理も通した。そして、挫折も味わった。
俺はこれからも後悔するだろう。
だけど、その後悔すらも飲み込んで、俺は前へと進む。
『風呼びの聖剣!!』
叫びと共に、俺は剣に残された魔素を全て解放した。
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