074.機巧技師、事件に遭遇する
さて、にわかに有名人になってしまい、あまり不用意には出かけられなくなった僕らモンジュノチエの3人。
とはいえ、ほとんど工房にこもりっきりなので、あまり不便に感じることもなく、その後は、順調に修理作業を終えた。
「ふぅ、おおよそ整備は完璧だね」
「はい」
額の汗をぬぐい、僕とレンチ先輩は顔を見合わせる。
「試合まではまだ4日あるし、その間に出来る限り3回戦の準備もしておきたいね。プスレキア・マズラの氷への対策はエルさんの炎があれば何とかなるだろうし、やるとすれば、アルヴァリオンへの対さ──」
「レンチ先輩」
僕は、はっきりとした口調で先輩の名を呼ぶ。
「何だい。怖い顔して」
「僕は、まだ、3回戦の事を考える余裕なんてありません」
「それは、どういう……」
気づけば、僕は拳を強く握っていた。
「僕は、ニッパー先輩達と全力で戦いたい。そのために、時間を使いたいんです」
「で、でも、前も言った通り、ダガーデクスはカリブンクルスの相手じゃ……」
「他の誰がどんな評価をしようと、僕は先輩たちの作ったダガーデクスは、素晴らしい機巧人形だと思っています。あの機巧人形には、僕達のカリブンクルスにはない、歳月がある」
僕達がカリブンクルスを完成させてから、まだ、2か月も経っていない。
それに比べて、あのダガーデクスは、先輩たちが1年生の時から作り上げ、運用してきたものだ。
負けても、負けても、何度も何度も立ち上がり、改良を重ね、戦い続けてきた機巧人形。
「レンチ先輩は、彼らのその強い意志と粘り強さがわかっていない。センチュリーズは、決して侮ってはいけないトライメイツだと、僕は思います」
「ビス君……」
「それに、ニッパー先輩たちは、僕らとの戦いに向けて、今もきっと全力で準備を進めています。そんな先輩達を無視して、先の心配をするなんて、僕にはとてもできない」
「…………わかったよ」
レンチ先輩は、少しだけ微笑むと、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「僕が悪かった。僕も君という天才の近くにいるせいで、気が大きくなっていたのかもしれない。全力で向かって来る相手に、こちらも全力で返さないなんて、それは確かに失礼なことだ」
「じゃあ……」
「ああ、3回戦の事は勝ってから考える。今は、2回戦の準備に全力を尽くそう」
「は、はいっ!!」
理解を示してくれたレンチ先輩に、僕は頭を下げた。
その後は、1回戦でのダガーデクスの動きを元に、想定される攻撃パターンへの対処法を一つ一つ訓練していった。
あちらは帯剣しており、こちらは徒手空拳。
戦い方にもある程度はコツが必要だ。
「サクラ君良いよ!! その動きだ!!」
「ああ!!」
「エル。ラジエータープレートを推進力として使うには、もっとこう……」
「わかった、ビス君」
こうして、僕らの微に入り細を穿つような訓練は試合前日まで続いたのだった。
「ふふっ、やはりビスさんは、目の前の事にいつも一生懸命なんですね」
「先の事を考える頭がないだけかもしれないけどね。でも、そこが彼の強さなんだと思う」
眩しいものを見るような視線で、ビス君達を眺めている自分に気づく。
彼らは、本当に純粋で、どこまでも真っすぐだ。
だからこそ、どんな難局からでも勝ち上がってこれた。
俺が彼から学ばなければならないのは、その技術よりも、もしかしたら、心の方なのかもしれない。
「俺には、まだ、彼らのようにはなれそうもないな」
「そんなこと言いつつ、この前だって、みんなのために一生懸命、大量の魔力導線を運んでいたじゃないですか」
「それは、まあ……」
彼らのために俺ができることはそれくらいだ。
非力なモモに、あまりこういう仕事をさせるわけにもいかないし。
「私、レンチ先輩のそういうところ、結構好きかもです」
「えっと、モモ、それって……」
「ふふっ、私、皆さんに冷たい飲み物を用意して来ますね」
"好き"という単語に、思わずビクリと反応してしまう。
あー、普段はそれなりに先輩を演じてるつもりだけども、やっぱり根は陰キャなんだよな、俺。
それにしても、エル関連の事以外は大人しい方だと思っていたが、モモの奴も案外、小悪魔的なところがあるのかもしれない。
いや、女の子はみんな恐ろしい。
「ふぅ、俺もちょっと、頭を冷やさないとな」
なんだか火照ってきた首筋を手で仰ぎつつ、俺は、ビス君達の訓練を眺め続けたのだった。
……だが、その後数時間。モモは、工房に帰ってくることはなかった。
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