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039.機巧技師と魔導士の願い

「はふぅ……」


 大きく息を吐き、ペタンと魔導陣に座り込んだエルヴィーラさんに、僕は駆け寄った。


「凄い!! 凄いよ、エルヴィーラさん!! やっぱり君は凄い!!」


 疲れた顔をしつつも、柔らかく微笑むエルヴィーラさん。

 最後に見せた彼女の本気の魔力は凄まじかった。

 機巧人形に魔法の力を纏わせるというのは、実はかなりの高等技能だ。

 魔素(マナ)を転換炉に送り、そこで変換された魔力をさらに属性のエネルギーに変換して、コントロールする。

 氷塊を飛ばしたり、地面を凍り付かせたサリィの技術も一級品ではあったが、自身を傷つけず、あれだけの炎のパワーを凝縮させたエルヴィーラさんの技量はやはり凄まじかった。

 彼女がギリギリまで会場に現れなかったのは、特訓か何かしていたのだろうか。

 とにもかくにも、これで、僕ら3人は、これからもチームとして、機巧決闘に挑戦できるということだ。

 その上、2連勝したということは、本選への出場権も獲得できたかもしれない。

 様々な喜びがないまぜになって、僕は座り込んだエルヴィーラさんをテンションのまま抱き上げていた。


「ふぇっ……ふぇっ……!?」

「胴上げだ!! わっしょーい!!」


 本来、胴上げとは複数人でやるものだった気もするが、まあ、とにかくこの喜びを表現したいのだ。

 エルヴィーラさんをぽんぽん投げ上げつつ、キャッチしていると、インカム越しに、サクラ君の声が聞こえた。


『おいおい。喜びを分かち合うのは、俺が戻ってからでもいいだろう』

「あっ、サクラ君!! そうだ、そっちの様子はどう?」


 ついつい喜びのあまり、気持ちが先攻してしまっていたが、そうだ。早く左半身が凍り付いたカリブンクルスをどうにかしてあげないと……!!


『とりあえず、エルヴィーラ。もう少しだけ炎をくれるか。このままだと動けそうにない』

「う、うん……!」


 エルヴィーラさんが、なぜかほんのり頬を染めつつ、僕の腕から降りると、その時突然、カリブンクルスを拘束していた氷が砕け散った。


「えっ……!?」


 一瞬何が起こったのかと思ったが、どうやら、あのサリィが、自身の魔力で氷を砕いてくれたらしい。

 敗北が確定しても、取り乱さずに、対戦対手の機体の拘束を解いてくれるとは、そういった面では、彼女はきちんと淑女的な考えを持ち合わせているようだった。

 相手のトライメイツの司令塔を見る。

 すると、杖を下ろしたサリィが、スカートを翻しながら、こちらに背を向けたところだった。

 表情の読み取れない背中を見せつつ、彼女はその場を歩き去る。

 その後ろ姿を見た瞬間、エルヴィーラさんが杖に跨っていた。

 魔素(マナ)の波に乗り、ふわふわと宙へと浮かぶと、次の瞬間、彼女は相手の司令塔の方へと飛び立っていったのだった。 




「私、負けましたわ……」


 指令室と観客席を繋ぐ長い通路を歩きながら、ぼそりと独り言ちる。

 私は、ずっと敵視していたあのエルヴィーラ=フォン=ルーペリオンに負けた。 

 磨き上げてきた氷の魔力は、あの娘の炎の魔力には及ばなかった。

 勝負だけではなく、私は、その能力でも、はっきりと彼女に敗北したのだ。

 だが、なぜだろう。

 不思議と悔しさは湧かなかった。

 それどころか、胸の中は、どこか清々しくさえあった。

 心を苛んでいたモヤモヤした感情が吹き飛んでいる。

 ああ、なんだ。

 今になってようやくわかった。

 私は、ただ、単純に。

 あの娘に、自分の全力をぶつけてみたかっただけだったのだ。

 幼少期、彼女に感じていた強い嫉妬。

 敵わないと思っていた感情。

 でも、それが本当にそうなのか、ずっと、直接確かめてみたかっただけだったのだ。


「はぁ、本当に、ばかばかしいですわね……」


 自分の単純さに、半ば呆れてしまう。

 こんなことで良ければ、彼女をじわじわいたぶることで、変なストレスを感じることなどなかったのだ。

 さっさと勝負でもなんでもして、きっぱり負けてしまえばよかった。

 そうすれば、もっと早く、こんなに清々しい気持ちになれたのだから。


「そう、もっと早くこうしていれば……あれ……?」


 ふと、頬を何か熱いものが流れているのに気づいた。

 これは、えっと……涙?

 私、泣いてるの……です……?


「サリィちゃん!」


 声が聞こえた。

 久しぶりに聞く、彼女の大きな声。

 流れ落ちていく熱い雫に気づかれないよう、私は肩越しに応える。


「……なんですの。敗者をあざ笑いにでも来ましたの?」

「違う」

「だったら……」

「あの……ごめん!!」


 …………はい?

 何の「ごめん」?

 ずっといじめていた私が言うのならまだしも、彼女に謝られる意味がわからない。

 勝ってしまってごめん、とでも言うつもりだろうか。


「ずっと言えなかった……」

「だから、何をですの……?」

「久しぶりにサリィちゃんに会った時、すぐに気づいてあげられなくて、ごめん……って」

「あっ……」


 この娘、ずっと、それを気にしていたの……?

 私と取り巻き達にいじめられながらも、ずっと……?


「べ、別に、気にしてなどいませんわ。そんなこと……!!」


 嘘だ。

 本当は、それが一番、私がモヤモヤしていたこと。

 もし、彼女がすぐに私に気づいて、昔のように微笑んでくれていたなら……結果は違っていたかもしれない。

 でも、それは、自分のエゴだということは、痛いほどわかっている。


「むしろ、私は、ずっとあなたにひどいことをし続けてきましたわ。あなたの方こそ、私に謝ってほしいのではなくて? 勝者であるあなたには、私に謝罪の言葉を要求する権利がありますわ」


 私の言葉に、彼女は首を横に振った。


「私は、謝罪の言葉なんていらない」


 ゆっくりと彼女の声が近づいてくるのが聞こえた。

 そして、私の背中に、彼女の手のひらが触れた。

 全力で魔力を使った後だからか、触れたその手は温かかった。


「私の願いはただ一つ……」


 強いけれど、少しだけ遠慮がちに、彼女はこう言った。


「もう一度、友達になって。サリィちゃん」


 背中越しでも、エルヴィーラの笑みがはっきりと感じられた。

 あの頃と変わらない、天使のように柔らかな笑みが。

 その後の事は、正直あまり話したくない。

 私の人生における一番の汚点。

 人前で見せた唯一の泣き顔だったのだから。

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