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うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。【WEB版】  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
アミューリア学園三年生編

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クレイとお嬢様【後編】



 時間は三時。

 庭にはすでにスティーブン様とエディンが来て、お茶を味わっていた。

 俺とマーシャとルークは給仕に徹する。

 それが本来の姿だからな。

 ん? 本来の姿?

 いや、本来の姿!

 スティーブン様の私服のドレスがまた可愛くて大変にお似合いなのはあえてわざわざ言うほどの事でもないが、とりあえず可愛い。

 それはそれとして、俺とケリーの空気がおかしいのにスティーブン様もエディンも気付いて、何度か目配せてくる。

 そんな中、遂に運命の扉が開く。


「し、失礼します! クレイ、様をご案内致しました」

「…………」


 メグの緊張と『様付け』に笑いを堪えた様子のクレイ。

 あの小汚い外套は今はなく、レオに引けを取らない黒の礼服を纏って現れた。

 袖の裾がやや長く、一見するとタキシードに似ている。

 胸にはベルトが五つ。

 髪も整えられ、黒いリボンで後ろに結ってある。

 なんか厨二のキャラみたい。

 いや、贔屓目抜きで超カッコいい……。

 カッコ良すぎじゃない、これ……ええ、これ公式?

 なんかこう、魔界の王的な……ええ……。


「…………」


 メグに気を取られていたクレイが、前を向く。

 明るい庭を見たせいか、僅かに目を細めた。

 お嬢様を、見た?


「いらっしゃいませ、長殿。先日はどうも」

「……、あ、ああ。セントラル東区と西区に、我々の居住区として町を建設する申し出、ありがたく思う」

「とんでもない。義姉(あね)と婚約者を救ってもらったのです。何より我らはこれから共に歩み、戦争という困難に立ち向かう者同士……。そのぐらいはさせて頂きたい」


 うわあ。

 ……やめろエディン、顔を背けて口許を手で覆うな。

 言いたい事は俺も同じだけれど態度に出すぎだぞ!


「そうだ、明日の巫女殿の歓迎パーティーの前に、私の義姉を紹介いたします。すでにご存じかと思いますが、レオハール殿下の婚約者でもあります……」


 ケリーが攻める。

 身を横に逸らし、一歩前に出たお嬢様へ手を差し出す。

 っ……!


「初めまして、クレイ様。ローナ・リースと申します」

「————」


 お嬢様がお辞儀をして、そしてゆっくりと顔を上げた。

 俺とケリーは多分、顔が強張っただろう。

 クレイの表情がその瞬間、変わったのだ。

 明らかに驚いたような……そして、悲しいような、切ないような、戸惑ったような……そんな不思議な表情。


「…………」


 ああ、嘘だろう?

 そんな事、本当にあるのか?

 思わず目を閉じた。

 まあな、俺だって……前世お嬢様を初めて見た時は『なんて綺麗な子なのだろう』とお嬢様目的で畑違いの乙女ゲームに手を出したさ。

 そのぐらいお嬢様は魅力的だ。

 美しいし、お優しい。

 内面の美しさが表に全て現れているような、凛として、気高さと高貴さが漂っている。

 でも……。


「お会いできて光栄ですわ」

「…………、あ……あ、ああ、は、初めて、お目に、かかる…………王子の、妻よ」

「っ」


 クレイが頭を下げた。

 それとほぼ同時に、ビクッとお嬢様の肩が跳ねる。

 あ、ああ、またか。

 どうも慣れないなこの方も……。


「ク、クレイ様、あの、わ、わたくしとレオハール様はまだ婚約者でして……」

「いずれ結婚するのだから、その訂正はしなくていいんじゃないか?」

「エ、エディン様……っ、ですが……」

「こんにちは、クレイ様。どうぞこちらへ。……随分私たちの礼儀について学ばれたのですね」

「……い、いや、今のは……その、しかし、色々とやはり、間違っている、気が……」

「そうですね!」


 スパーッン!

 と、今何かスティーブン様の愛らしいお口から凄まじい斬れ味の刀が飛び出してクレイの胸を真っ正面からノーブレーキで貫いていったような……?


「まず最初のご挨拶が気になりました。クレイ様、招待頂いた場合はまず『ご招待頂きありがとうございます』等と主催者に御礼を申し上げましょうね」

「……わ、分かった……」

「先程の居住区の御礼はその後でも良いと思います。ですが、きちんと御礼を申し上げるのは素敵な事だと思いますよ」

「そ、そうか……」

「ですが心配になりますね、クレイ様は素直ですから。そのように簡単に御礼を申し上げては足元をすくわれる事もございますよ。特にケリー様はやり手ですから、ねえ?」

「いえいえ、スティーブン様には敵いません。私はまだまだです」

「まあ、そのようなご謙遜を!」

「いえ、とんでもない。本心からです」

「「ふふふふふふふふふふふふふ」」

「…………」


 早い早い早い!

 飛ばしすぎだろお二人さんよぉ!

 クレイが青ざめて一歩退いたぞ!?


「まあ、挨拶はこのぐらいにして座って話でも。明日の巫女殿歓迎パーティーは長殿も参加されるのだろう?」

「そ、そうだな。招待状は頂いている」


 エディンがクレイを席に促す。

 なんとなく、奇妙な光景に思える。

 しかし、これは今後広がっていくべき人と亜人の姿なのだろう。

 今は亜人のクレイが人間に歩み寄ってくれているが、先程お嬢様が仰った通りもっと人間も亜人を知る努力をしなければならない。


「長殿は巫女殿にあれ以来会っているのか?」

「いや。召喚時が最後だ」

「なるほど。だが、今後は積極的に関わっていく方がいいだろうな。従者を選ぶのは巫女殿だ。それと、今回はこちらの話もしようと思っていた。リース」

「ええ」


 エディンがケリーを促すと、ケリーは懐から封筒を取り出す。

 それをテーブルに置いて、指先でクレイの方へと差し出した。

 目線だけでクレイが「開けても?」と問うと、ケリーは頷く。


「ケリー、それは?」

「魔力適性検査の要請です。これは正式に魔法研究所の方から頂きました。長殿も従者候補。ならば、やはり我々同様魔力適性検査は受けて頂きたい。出来るだけ早急に」


 ケリーの説明に、聞いたお嬢様はほんの僅かに目を見開いた。

 分かりづらいがお嬢様はあれでそれなりに驚いている。

 そして、目線を下げて押し黙ってしまう。

 ふと、ガラス扉の横にいたメグの表情が強張ったのも見えた。


「…………。なるほど、了解した。巫女のパーティーの翌日……明後日だな」

「はい。その時は学園に来て頂く事になります。何かトラブルが起きた場合は我々が長殿の後ろ盾になりますので、ご安心ください」

「…………」


 複雑そうな顔だな、クレイ。

 いや、それで良い。

 相手は人間の貴族たち。

 腹に何を抱えてるか、分かったもんじゃない。

 特にこの三人は!


「ちなみに俺たちは一昨年、リースは去年、すでに魔力適性検査は終わっていてな、近々巫女殿に魔法の実施実験に協力頂く予定だ。長殿にも魔力適性があれば、その実験に参加してもらいたいんだがどうだ?」

「もちろん。願ってもない。……しかし、学園の方で実験が行われるのか? 城で行ってもいいのでは?」

「魔法研究所が城と学園の中間にあるから、巫女殿が居住にしている女子寮からなら魔法研究所の方が近い。それに何より行うのは魔法の実験だ。魔法研究所の職員としても学園の方が距離的に都合がいい」

「そうか」

「それと、ついでに適性検査当日、そのまま属性検査とやらも受けてもらいたい。魔法には属性なるものがあり、それにより使える魔法が異なるそうだ」

「そ、そうなのか」


 怒涛のエディンの説明に、やや困惑気味のクレイ。

 しかし、すぐ持ち直した様子で顎に指をあてがい思案顔。


「亜人の俺にも魔法が使えるのだろうか? 俺は獣人の亜人なのだが……」

「その辺りは適性検査で分かるだろう。適性がなければ、巫女殿と協議しながら色々決めていけばいい。一応巫女殿には従者は巫女殿が選んで欲しいと頼んである。戦いの中心になるのは彼女だからな」

「! ……なるほど、そうか……。では、巫女に頼まねば従者にもなれんかもしれないのだな?」


 クレイは戦争に何が何でも行きたいんだな。

 エディンはレオが行くなら絶対行く。

 俺もレオが行くなら、あとついでに巫女殿が俺を戦力としたい、と思ったのなら必ず力になろう。

 スティーブン様やライナス様も覚悟は出来ている、と仰ってくれた。

 ケリーもそうだろう。

 ハミュエラやアルトは微妙だが、戦争に関して『行ってもいい』『行きたい』『行かなければならない』従者候補は十分すぎるほどの人数になっている。

 あとは巫女殿の采配次第。

 ……彼女はきっと、こんな重圧嫌だろうなぁ。

 普通の女の子に、こんな事を頼まねばならないなんて。


「まあ、そうなるかもしれんな」

「明日のパーティーでその辺りは念押しして頼んでおけば良いのでは? 巫女殿も正直戦闘に関してはズブの素人のようですし」


 腕を組むエディン。

 不安げなクレイへそんな身も蓋もない助言をするケリー。

 さりげなく毒舌混ぜてる自覚はあるか?


「そうですね……。巫女様自身がご自分の御身を守れるよう、多少は戦う術を学ばれた方がいいかもしれませんね」

「巫女様には他にも社交場でのマナーなども学んで頂いた方がよろしいのではありませんか?」


 え?

 と、少し驚いた。

 スティーブン様へそう進言したのはお嬢様だ。

 驚きと同時に血の気も引く。

 お、お嬢様、それは!


「えっ……、ね、義姉様、それは……」


 ほ、ほらぁ!

 ケリーもぎょっとしてる!

 お嬢様、それは破滅フラグです!

 ヤベェ! 早速ゲーム通りお嬢様の『虐めと受け取られるレベルの淑女教育』フラグが!

 これは! この芽はここで潰さねば!


「お嬢様、その辺りの事は巫女様付きのマリーに任せてはいかがでしょう? お嬢様自らご指導されるより、巫女様のスケジュールをある程度把握した上で行われた方が巫女様も無理なく身に付くかと!」

「そ、そうですよ! 義姉様だって王太子妃として! 学ばれなければならない事が! 山のようにあるのでしょう!?」


 ね!

 と、ケリーがかなり強めに援護してくれる。

 その様子にスティーブン様もエディンも少々変な顔をしたが、これはお嬢様の破滅エンドに関わるんだ!

 俺もケリーもそりゃ必死にもなるさ!


「………………っ……そ、そう、それは……」


 ……あれ?

 顔が赤くなるお嬢様。

 ……え? お嬢様が照れるようなところ、今あった?


「(『王太子妃』にそこまで反応されるとは……)……確かにローナ様はローナ様で学ぶべき事が……というよりも慣れるべきものが多そうですね」

「(そういえば耐性がなかったな、この女は……)そうだな、まずはデートだな。ローナもだがレオも大概だからな」

「っ!」


 ぼわ、と一気に耳まで赤くなったお嬢様。

 あ、今のは『デート』に反応したんだな?

 俺にも分かったぞ!

 ……ところでスティーブン様とエディンの目が一瞬冷たくなった気がしたのはなんだ?

 そしてなぜに二人はアイコンタクトをしている?


「まあ、では、その話は後ほどゆっくり」

「そうだな」

「「「?」」」


 俺たちには分からない会話が二人の間で成立した模様。


「………………」


 で、俺は——。

 俺は、その時のクレイを偶然見てしまった。

 目を伏せ、紅茶を口にしながらどこかもの悲しげな様子のクレイ。

 そして、同時になんとなく様子がおかしいメグも。

 ……まあ、なんにしても……クレイには申し訳ないとは、思うよ。

 けど、それは仕方のない事なんだ。

 王太子の婚約者に横恋慕して、今の両種族の関係を破綻させるわけには……お互いそんなわけには、いかないだろう?


 ……クレイルート『難易度鬼』……破壊完了! だろう!



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