戦巫女歓迎パーティー
さて、あっという間に二月も半ば。
今夜は巫女殿の歓迎パーティー。
ああ、早い。
遂にこの日が来てしまったか。
「ヴィンセントさん!」
「これは、巫女様。ドレス、良くお似合いです」
「あ、ありがとうございます! マリーちゃんが選んでくれたんですよ。でも、わたしなんかがドレスなんて……なんだか恥ずかしいですけど……」
「そんな、とんでもない」
学園のダンスホール前に現れたのは、膝下のワンピースドレスの巫女殿。
色はピンク、タイツは白、靴もピンクと配色は悪くなくてなぜか安心した。
だが、微妙に型落ちだ。
……しかし、それでもあの年末歌合戦ラスト付近に登場しそうな大御所風衣装でなくてとても安心した。
申し訳ないが、巫女殿のドレスに関して俺はノータッチだったからな。
まあ、それでも俺は巫女殿に欲目とか持ってないから素直にお似合いだと思うし、可愛いと思う。
ああ、そうだ。
忘れるところだった。
「巫女様、こちらなんですが……」
「え? わあ!」
箱に入れていたヘアピンを差し出す。
桜の形のヘアピンを、巫女殿は俺と見比べておろおろする。
「? ど、どうぞ?」
「ありがとうございます!」
元々巫女殿の持ち物なんだから、俺をうかがわなくって良いんだよ!?
「わあ……わあ……可愛い……可愛い……」
「…………」
手に取ると、瞳をキラキラとさせ、嬉しそうに呟く巫女殿。
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
なんだか……照れくさくなるな。
「わ、わたし、桜の花が好きで……あ、この世界にも桜があるんですね!」
「そうですね……あ、チェリーブロッサムという花ですよ。春になると咲くので……四月頃でしょうか」
「そうなんですね! ……王都でも見られるんでしょうか? あ、そ、それよりも、わざわざお手数おかけしました!」
「!?」
と、頭を下げる巫女殿。
俺は――めちゃくちゃ驚いた。
驚きすぎて心臓を押さえたまま後退りしてしまうほど。
「? ど、どうかしましたか」
「え!? い、いえ……その……」
あ、頭を下げてお礼を言われるなんて……。
「……………………久しく……なくて……」
「え?」
「あ、いえ、そ、そのような事は、あの巫女様、そのように頭を下げるのはおやめください! 俺は、使用人の身分なんですから!」
そうだ。
俺は使用人の身分であり、この学園で頭を下げてお礼を言われるような立場ではない。
会釈くらいならギリない事もないが、こんな腰を折ってまで、なんて普通の貴族がする事はないのだ。
まして巫女殿は一応、この国の希望だぞ。
そんな方に頭を下げられるなんて……!
「……み、身分ですか? でも、わたしは貴族ではありませんし……」
「そ、そうかもしれませんが……外聞はよろしくありません。今後はなさらなくて結構です」
「外聞……?」
えぇ……そこ首を傾げるのおぉ!?
……ぐっ、ま、まあ、この歳の現代っ子は分からないか!?
「そ、そうですね、人から見てあまりよろしくないという意味ですね」
「お礼を言うのダメなんですか?」
「あ、いえ、そうではなく、俺は地位が低いので……」
「でも……」
巫女殿がキョロ、と辺りを見回す。
そして、俺に向かって背伸びをするので……俺も少し屈んだ。
耳に巫女殿が顔を近付けて来る。
両手で口を覆い隠し、息がかかるほど側で囁く。
「ヴィンセントさんは、王子様なんですよね?」
「うっ」
「じゃあ、全然低くないじゃないですか」
「い、いえ、あの、そういう事ではなく……」
「ふふふ」
確かにーーー!
と、それを言われるとその通りで、困り果てる。
そんな俺を見て巫女殿は笑いながら離れていく。
「あの、付けてもいいでしょうか」
「え、しかし……」
今日は少し濃い赤のガーベラのコサージュを付けている。
それを遠慮なく外して、巫女殿は俺の手渡したヘアピンを左のこめかみへと付けた。
唯一の派手さが消えて、質素だが、どこか彼女らしい柔らかな雰囲気になる。
「大事にします」
「え、元々は巫女様の……」
「他の素材は、ヴィンセントさんがくれたものじゃないですか」
「そ、それはまあ、そうなのですが……」
「あ! ……そういえば、あの、聞きたいんですけど……あの、会場ってどうやって入ればいいんですか?」
「え?」
今度は俺が辺りをキョロキョロ見回す。
俺は……ああ、俺は今日使用人として参加するーーので燕尾服ーー……のだが、これから会場の最終チェックの手伝いに……。
「……巫女様、マリーはお連れではないのですか?」
「あ、えっと、アンジュさんに止められたんです。今日はレオハール殿下がいらっしゃるから、マリーは寮で待機させるって……」
「なるほど……」
そりゃあ、妥当な判断だな。
さすがアンジュ。
「なんでダメなんですか、って聞いたら……マリーちゃんはレオハール殿下に失礼な事をたくさんしてきたから、殿下も会いたくないだろうって。……本当にそうなんでしょうか? マリーちゃんは、色々しちゃったって言ってましたけど……レオハール様はすごく優しそうな人だし……そんな風には思えなくて……」
「……そうですね、まあ、あの方は…………」
恐らく拒みはしないだろう。
そういうやつだ。
だが、俺も……エディンもスティーブン様もそれは、なんとなく許し難いものがあるのだ。
仕方がない、マリーが『マリアンヌ姫』時代にやった中でもこれはちょっと、というやつを教え込んでおこう。
そうすれば二度とマリーをこういう場に連れてこようとはしないはずだよな。
お優しいのは良いのだが、それでまかり通るようなレベルではないのだ、あの娘のしてきた事は。
「……実はマリーは『マリアンヌ姫』として育てられていた頃に、レオハール様にそれはもう酷いわがままを言い続けていたんです。殿下は、確かにお優しい方ですから……それらを受け入れてしまっておられました。でも、その事で彼女はどんどんわがままをエスカレートさせていったのです」
「は、はい、それは……聞きましたけど……」
「最終的に殿下を監禁するところまでいきました」
「…………。へ!?」
さすがの巫女殿もぎょっとした。
そうだろう。
ぎょっとするだろう。
俺たちも初めて聞いた時はぎょっとした。
「彼女は正妃様のご息女でしたから、殿下よりも立場が上だったんです。それを良い事に、そこまでの暴挙に走ってしまった。甘やかし過ぎた殿下と陛下も悪いのですがね……」
「……か、か、か……か、監禁って、は、は、ははは犯罪では……」
「監禁といってもお城のお部屋に軟禁、のような感じだったそうです。殿下もその間はお仕事をされていたとか……。まあ、そういう問題でもないんですけど」
「………………」
お、さすがの巫女殿も絶句だな。
だろう? そうだろう? だからな、ダメなんだよあのお嬢さんは。
「ともかく、そこまでの事を殿下にしてしまったのです。……顔を合わせづらいのは彼女も同じはずでしょう。ここは我々が空気を読んで、殿下と彼女は会わせないようにするのが良いかと思います」
「……そ、そうだったんですね……。それは、確かにマリーちゃんが悪いです」
「…………」
少し、意外だった。
巫女殿はそれでもマリーを庇うんじゃないかと、どこかで思っていたから。
目を逸らしつつ、かなりはっきりとした口調で断言した。
いや、その通りなんだけど。
「でも、マリーちゃんは殿下に会いたがってました。殿下は本当にマリーちゃんに会いたくないのでしょうか……。仲直りとかは、出来ないんでしょうか……」
「…………。そもそも仲違いしたわけでは……ないでしょう。ただ、彼女は本来極刑相当の行いをしてきたのです。そこをうちのお嬢様が、新たな名と、働くところを与えて新たに生きる道を示した。……彼女は、それで満足するべきだったんです」
「それは……マリーちゃんが平民だったからですか? でも、マリーちゃんはなにも知らなかったんですよね!」
「巫女様」
それ以上は、いけない。
首を振って、止めた。
「知らなければ何をしても許されるなら、法は何の為にあるのか分からなくなります」
「…………、……そ、そうです、ね……ごめんなさい」
……思った以上に巫女殿がマリーに懐いているな。
うーん、複雑。
しかし、そうか……マリーが巫女殿をこうして案内出来ないとなると、今後パーティーなんかに呼ばれる機会……例えば誰かの誕生日の夜会とかに呼ばれたら毎回一人でここまで来なきゃいけないのか。
それはちょっといかがなものか、だな。
せめて誰かに連れてきてもらうとか、ならいいんだが……。
うちのポンコツメイド二名はとりあえず基本戦力外として、やはり巫女殿に新しく真っ当なメイドを一人付けた方が良いのでは……?
「…………。巫女様、次からは、俺がお迎えに上がりましょうか?」
「え?」
「さすがに今後巫女様が迷子になって、このような事になるのは避けたいですし。まして、本日は巫女様が主役なんですよ? ……いや、そもそもなんで一人で来ちゃったんですか」
「あ、えーと……つ、つい……。アンジュさんには、ヘンリエッタ様と一緒に行けばいいって言われたんですけど……ヘンリエッタ様もローナ様も婚約者の方がお迎えに来るって言うし……それじゃわたし邪魔だなーと……」
「じゃ、邪魔などと……。そんな事はありませんよ」
まあでもごもっともすぎてぐうの音も出ないけど。
「それに、パーティー会場に女性一人で入場されるのは、さすがに恥ずかしいと申しますか……普通、あまり、ない、ですし」
「そ、そうなんですか!?」
「そうですね」
せめて家族が一緒ですかね。
と、言うとかなり困り果てた顔。
……そうだな、巫女殿は……一人でこの世界に来たのだから、それは、口にすべきではなかったかも。
「ですから、今後はーー……その、恋人のような方が見つかるまでは、俺で我慢して頂けませんか? 主に、今日は」
「! そんな! でも、あの、ヴィンセントさんは忙しいんじゃ……」
「いえ、本当言うと普通に参加しろと言われているんです」
シェイラさんに。
『代表候補』の一人なのだから、と。
「……い、良いんですか? ご迷惑じゃありませんか?」
「とんでもない。俺なんかで申し訳ないくらいです」
「そんな事ありません! ……えっと、じゃあ、その、ご迷惑でないのなら、よろしくお願いします……なんか、その……」
「はい」
「…………。……同じ道ばかりで……辿り着ける気がしなくなってて……ほ、本当に、本当に助かります!」
「…………」
まさかのガチ迷子……!?
どんどん泣きそうな顔になってるし!
「こんなヒールの靴も履き慣れてなくて、くたくたになっちゃったし……」
「ああ……、って、え!? 巫女様!? 血が滲んでおられますけど!?」
「そ、そうなんです……靴擦れしちゃってて……」
「なっ! は、早く言ってください! 失礼しますよ!」
「え……わ、え、ひゃあ!?」
巫女殿の膝の下に腕を入れて、抱えて使用人が使う勝手口の方へと急いだ。
見掛けた使用人に濡れた布と救急箱を持ってきてもらい、椅子に座らせてとりあえずタイツを脱いでもらう。
あ、もちろん脱ぐ時は後ろを向いたぞ?
「少し痛むかもしれませんが……」
「あ、は、はい」
血は濡れた布で取って、薬を塗ったガーゼを当てがい細めの包帯で固定する。
この世界では普通の処置だが、巫女殿は「そんな大袈裟な!」と手をブンブン振った。
いやいや、この世界には絆創膏とかそんな便利なものがないんだから。
これで諦めてくれ。
「少し休んでから会場に行きましょうか。タイツの方は……リボンで結んで、血の跡は隠しましょう。巫女様?」
「…………。……あ、は、はい。……ありがとうございます。ヴィンセントさんって、頼れるお兄さんって感じですね!」
「あはははは」
異様に複雑な気持ちになったのは、なぜだ。







