王墓の檻
気分が悪い理由がなんとなくわかった。
レオが俺よりも気分悪げに、冷や汗を拭う。
表情も険しいが、俺も息苦しさに奥歯を噛み締めた。
少しでも気を緩むとえずきそう。
「…………大丈夫か? ヴィンセント、顔色が悪いぞ」
「あ、は、はい……少し……」
いや、割と少しではなく気分が悪い。
墓地管理地の屋敷に入った途端冷や汗が噴き出してきた。
なんだここ。
一応、王墓の管理もここでするんだよな?
人が、居るのか?
「あの、レオハール殿下……ここは人が常駐している、のですか?」
「あ、うん、騎士団がね……一応管理している。でも別に管理人は常駐していないよ。定期的に見回りは行われるけど……。この屋敷は儀式用だよね……王家の者が亡くなったりすると三日三晩、葬儀が続くから……」
「な、なるほど……」
「いや、お前ら具合めちゃくちゃ悪そうだぞ? どうしたんだ?」
ケッ! テメーに心配される筋合いはねぇ!
……と軽口も叩き返せないほど気分は悪いが……とりあえず睨んでおく。
理由ね、はっきりしたものは分からないままだ。
でも、なんとなくは分かる。
“ココは嫌いだ”。
王墓がある場所だからなのか?
王家の血が嫌がっているのか、それは分からないが……とりあえず“ココが嫌いだ”、一秒も居たくない!
「とっとと『血石』と石鍵を取り戻して帰りましょう」
「賛成、すごく賛成」
「? ……では、匂いを追ってみるか?」
「そうだね、隠し通路は複数ある。どこを通ったのかまでは分からない。頼むよ、クレイ」
リヴァルさんとイーディスさんは一番後ろ。
管理屋敷の中には数人の騎士が捜索を続けていたが、クレイがくんくん匂いを嗅いで“亜人”の痕跡を探す。
ゴヴェスが亜人と結託しているのは間違いない。
途端にクレイの表情も歪む。
「メロティス!」
「ご本人かよ」
「間違いない! この匂い……おのれ……!」
うわあ、瞳孔がキュウと細くなった。
完全に獣の目。
口元から牙まで見える。
お怒りのクレイは応接間の暖炉に近づいて、その付近をうろうろ。
ここまでくれば通路は分かる、とレオが前に出て暖炉の中の左側面に“マスターキー”を挿した。
「!」
「こ、こんなところに通路が!」
「本来なら秘密だよ。他言したら、諸共……どうなるか分かるね?」
「「は、ハッ!」」
レオがにっこり微笑み、リヴァルさんとイーディスさんに圧をかける。
多分、レオも気が立っているな。
普段はもう少しやんわりしている。
「リヴァルとイーディスは待っててくれてもいいかな。狭いし、他の騎士に知られたくない。この部屋に誰も入れないようにしてくれ」
「了解しました!」
という事で彼らに部屋の入り口を任せて俺たちは地下へ続く隠し通路へと降りていく。
成る程、方角的にこの通路は城の方向。
「……『血石の間』もこの通路から行けるのか?」
「いや、血石は王墓の中の一つに通路があるんだ。墓に扮した入り口から、奥へ進むと『血石の間』がある。……ただ、『寝所』の場所は僕も知らない。あそこは戴冠の儀にしか開かれないから」
この屋敷の裏手に、王族の墓地がある。
成る程、複数の墓の中に通路が紛れ込んでいるのか。
王家の者の墓は古墳のようにレンガで覆われる。
俺はそれのおかげでこうして生きているが……なんとなく“俺の墓”はここには無いんだろうな。
ルコルレの街にいた浮浪者が管理地に入れるわけがない。
まあ、俺の場合は生まれたことさえなかったことにされている。
墓をわざわざ王墓の中に作るはずもないか。
「……王子、先程言っていた『王墓の檻』とはこの先にあるのか?」
「うん、城と王墓の狭間にあるんだ。王家の者が罪を犯した場合そこに死ぬまで閉じ込められる。かつて王家の者のみに許された禁忌の力に溺れた王子は、禁忌の力を奪われた後にそこに狂うまで閉じ込められたと言うよ。そこで狂い死ぬまで孤独と罰を与えた後に、王墓に埋められるんだって」
「…………。王族にもそれ程の罰が与えられる事があるのか」
「うーん、というか……うちの国は基本、死刑は極力行われない方針だから……。人間は一度絶滅しかかっている。人口は減らすよりも増やしたいからね。その中で王族の処刑は忌避されてきた。苦肉の策だろうね」
それが逆に惨たらしくなっているという事か。
死ぬまで檻に閉じ込められる。
陽の光も届かない、人も来ない暗闇に。
そりゃ、気も狂うだろうな。
「…………」
下に下り切ると思ったよりも通路は広かった。
人が2人並んで通るのに問題はなさそう。
ただ、通路にはなんの光もないので応接間から拝借してきた燭台に火を灯して持ち上げてみる。
通路の先は見えない。
石造りの綺麗な通路ではあるものの、やはり隠し通路。
蜘蛛の巣が張られ、埃臭い。
それと、腐った水の匂いだ。
鼻に付くほどのものでもないが、埃臭さと相まって呼吸はしづらい気がする。
もちろん、体調不良も要因だろう。
燭台を持っている俺と、匂いを追う担当のクレイが前方を歩き、レオを真ん中にして後方をエディンとライナス様が固めて進む。
城から馬で40分程の距離を、慎重に進むとなると……倍くらいかかりそう。
この体調で城までこの道を歩くってかなりの試練だなぁ。
「……人間の匂いとメロティスの匂い……人間の匂いは複数だな」
「複数? 何人くらい?」
「2人……だな、恐らく……いや、3人か? よく分からない」
「曖昧だな?」
クレイにしては。
隣を見るとクレイ自身も忌々しそうに眉を寄せている。
マントの下の剣柄に手を置いて、前方を睨みつけていた。
「1人だけ亜人と人間が混ざったような妙な匂いがする。メロティスの匂いと混じり合うような……」
「ふむ、1人はゴヴェスに間違いないだろうけれど……他にも亜人に近い人間が1人と、もう1人?」
「……………………」
後ろを肩越しに振り向くとレオの表情がますます険しい。
具合が悪いのは俺も同じだが、なんとなくそれ以外にもありそうな感じだな。
状況を整理したライナス様は腕を組み、エディンはレオを心配そうに見つめる。
ともかく、進むしかない。
嫌だなあ、この気分プラス緊張感。
どんどん……張りつめるように強くなる。
どれほど歩いたのか、目の前に扉が現れた。
ドアノブも何もない……石の扉だ。
もしやこれが例の……。
「王子」
「う、うん」
「レオ、大丈夫か? 無理するなよ」
「う、うん。大丈夫だよエディン……。……」
「レオハール様?」
ライナス様も流石に様子がおかしいのに気が付いたのか、マスターキーを持ったまま固まったレオに一歩近付く。
唇を結んだまま、一向に動かないレオ。
脇に逸れたクレイが焦れてきたのか「行くのだろう?」と声をかけた。
「…………。行くけど、さっき、人の数が複数と言っていたよね」
「? ああ、2人は確実に人間だろう。通った痕跡は2人分……この扉の奥にもう1人……、……まさか、罪人が囚われているのか? 奴らの狙いはその、罪人、だとでも……?」
「罪人?」
扉の向こうに罪人がいる?
『王墓の檻』って王家の人間で罪を犯した者の入れられる牢なんじゃないのか?
……俺以外にも実は王子が王女がいた、とか?
あの王様ならありえるなー?
「…………この先には『王墓の檻』が二つある。左右に一つずつね。鼠返しになっている巨大な『穴』だ。……それが『王墓の檻』」
「…………」
ごくり。
全員がそれを想像してゾッとした。
穴の中に落とされて、見上げるのも闇。
登ろうとしても、鼠返しになっていれば登り切ることは不可能だろう。
「そのうち一つに罪人が入れられている。…………マリアベルがね」
「!」
「……マリアベル……処刑していなかったのか⁉︎」
「簡単に楽になられては罰にならないだろう?」
「…………」
目を閉じて、俯くレオ。
こんな表情も初めて見たかもしれない。
……マリアベルの犯した罪。
王女の取り替え。
それも我が子を……。
王族でもないものを王女だと偽った。
レオの母親を服毒自殺に導いたのも彼女だ。
そして、彼女が望んだのは王族の根絶。
つまり国家転覆だ。
な、成る程……ゴヴェスとメロティスとは……目的が一致しているな⁉︎
「手を組まれてまずい感じでもない気はしますが?」
「そう、だね……僕の心情的に、もう、顔も見なくて済むと思っていたから……」
「……そうでしたか」
「それにいい思い出はない。僕は小さい頃、ここに住んでいたんだ」
「は?」
住んでた?
……え? す?
「どういう事ですか……?」
ライナス様も何を言っているのだ、と言わんばかり。
俺は、本当に胃の中のものが逆流してきそうで喉を押さえた。
なんなく、それ以上を聞きたくない。
聞くと“思い出す”気がする。
嫌だ、知りたくない。
思い出したくない。
なんだ、この感覚は……気持ちが悪い!
「僕は生まれた頃、『ウェンデル』の外のスラム街に居たんだ。そこから城に連れ戻された。連れ戻されてからはずっと『王墓の檻』で過ごしていたんだよ……僕は元々、存在を秘匿されていてね……エディンにたまたま、城で出会わなければ公表されることもなかっただろう」
「は? な、なぜです⁉︎」
「兵器だったからだよ。……戦争に勝つための、兵器だったからだ。陛下にとって……国にとって……僕という存在は『戦争に勝つための道具』でさえあれば良かったんだ」
「…………」
「馬鹿な……」
俺と、そして恐らくこの様子だとエディンも知っていたんだろうな。
まあ、エディンは知ってそうだ。
……ライナス様とクレイは驚いた表情。
でも俺も……レオが幼少期にココに閉じ込められていたとは…………それは、初めて知った。
マジか。
マジかよ国王陛下。
アンタ本当にクズだな……。
それでマーシャにはあんな態度だったのか?
レオ、よく「もやもやする」程度で納得したなぁ。
普通なら恨むだろう。
憎むだろう。
殺したいほどに……!
なのに……。
「……国王バルニールは正気なのか? 何故そんな男に従う?」
「あの頃の陛下は戦争の重圧で大分おかしかったみたい。……マリアベルが子供を産んで……そう、マリアンヌだね……彼女の成長につれ、少しずつ正気に戻っていったと聞いているよ。本当に少しずつ。……最近は大分お若い頃のようになられたようだけど」
「…………狂っている……子をこんな場所に閉じ込めていたというのか……。……そうか、お前が王を父と呼ばぬのはそれが理由か……」
「……別にそれだけではないんだけどね……分からないというのが一番だよ。父親というものがよく分からない。陛下はずっと陛下だし、今お元気そうなのはいい事だと思うんけど……なんだろう……よく、分からない」
扉に手を当てるレオ。
息苦しい。
ああ、そうだな、進みたくないだろう。
それでももう片手にあるマスターキーを奇妙な形の窪みに差し込んだ。
「いや、それでも……進もう。これは僕の問題。葛藤がある事を喜ぼう。もう僕はこの国の守護者として進むと決めた。今は1人ではないのだから」
「……レオ……」
「無論です、レオハール様! このライナス・ベックフォード……地の底までもお供致します」
「そう思うのが遅い、ベックフォード。俺はとうの昔にそのつもりだ」
「……、……亜人族は元々陽の光の届かぬ場所で生きてきた。貴様の生き方が我々の手本となるのなら、俺も共に歩もう」
「みんな……」
少しだけ俺の気分も回復した気がする。
笑える程度には……気が軽くなった。
どんなに暗い道でも一緒に行こう。
燭台の火を、灯りを……扉の方へ近付けた。
レオの表情もほんの少し、和らぐ。
「うん、行こう」
がこ、と重々しい音が響く。
レオがマスターキーを抜くと、石の扉はゆっくりと右へ移動し始めた。
この先は『王墓の檻』。
王家の罪の、掃き溜めだ。







