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マーシャの夢【後編】



「……しかし、だとするのならばアリエナ、お前がこの娘にやったことは王家の者に対する反逆」

「そ、そんな! 伯母さま、お待ちくださいわたくしは……」

「……え! あ、あの、待ってください! わたし、別にそんな!」

「お黙りなさい、マーシャさんとやら。いいのです、普段の行いが悪いからこういうことになるのです。自業自得というものなのですよ。全く…………もう庇いきれるものではありませんね。……レオハール殿下、ゴヴェスのこと、アリエナのこと、そしてダドリーのこと……わたくしに任せていただいていいでしょうか?」

「……僕は構いませんが、よろしいのですか?」

「今申し上げた通り、もう庇いきれるものではありません。身内の恥は身内のわたくしがなんとかせねばならないでしょう」

「では、お任せします。エディン、例の件も証拠の類まとめてあるんだよね?」

「ええ、たっぷりと」


にっこり笑うエディンのなんといい笑顔だ。

ルティナ妃が表情を無にするレベルのいい笑顔。

……例の件って、あれだよな?

ダドリー・オークランドの……。


「お待ちなさい、レオハール殿下。まだ他にもあるのでしょう。ダドリー以外にも」

「! ……しかし、そちらまでルティナ様に処理させるのは……」

「ゴヴェスのことは無論わたくし1人では身に余ります。陛下にもしっかり働いていただくので大丈夫。ただし、わたくしが口添えしてより厳罰に処します。一切の甘えは許しません」

「…………お、お任せします?」


…………マジか。

マジかルティナ様……実の弟だろうに……マジか。


「……………………」


……なんかこの人……うちのお嬢様に、似てる……。


「さて、では次です。ベティア・スローズ含めたこの娘たちの処遇」

「!」


ビク、とまた戻ってきた顔色が旅立っていくベティア嬢。

そして、中にはほくそ笑む者までいたアリエナ嬢の処遇を聞いていた令嬢たちも、自分たちに矛先が向くと顔色を変えた。

いやいや、お前らが無罪放免になるわけないから。

なに他人事みたいになってるの?

レオと、ルティナ様がアイコンタクトで頷きあう。

まるで本当の親子のようなコミュニケーションを取るな?


「マーシャ、驚いただろうけど……そういうことだ」

「! え、えーと……、……わたしが、陛下の娘って……」

「そう、君が“マリアンヌ”だったんだ。僕の、異母妹いもうとのね」

「…………。……わたしが……し、信じられねーんだけど……」

「そうね。でも、色々調べた結果間違いないそうよ」

「! お嬢様も、知ってたんか⁉︎」


お嬢様が一歩前に出る。

優しい眼差し。

それに、マーシャがゆっくりと俯いた。


「貴女のおばあさま、そのお知り合いの方、そしてエメリエラ様……皆さま貴女をマリアンヌ姫様だと仰った。貴女は普通の平民として生きてきたのですから、突然こう言われてもきっと困るでしょう。そして今は大陸支配権争奪戦争の直前。貴女がマリアンヌ様であると公表することで、良からぬ事に巻き込まれる恐れもありました。戦争が終わってからでも、教えるのは遅くないと思っていたの」

「だからお嬢様はお前に礼儀作法やダンスやなにやらを教えてくださっていたんだよ」

「え! に、義兄さんも知ってたんか⁉︎」

「エディンも知ってるよ。陛下とディリエアス公爵もね」

「えーと、あとはスティーブン様とライナス様、ケリー様、旦那様とアンドレイ宰相と……あ、ローエンスさんとルークも知ってるな」

「結構知れ渡ってる⁉︎」


んギュッ、と顔を窄めるマーシャ。

……確かに結構知ってるな。


「…………みんな知ってて、わたしのために黙っててくれたんだな」

「……マーシャ、貴女は……レオハール様が万が一戦争から戻らなかった場合……王家の血を繋ぐ希望になるのです」

「!」

「もちろん僕は戻るつもりだよ。でも戦争だからね。……君のことは隠しておきたかったんだ。…………まさか陛下があんな感じでバラすと思わなかったですけど」

「ん?」


……あ、自覚ないやつだ。


「そうですね、陛下が皆の前で「俺の娘が!」なんて言わなければ……はあ、成る程、本当に面倒な事になりましたね」


ご理解が早くて助かります、ルティナ様。

そうなんだ、陛下のあの発言で貴族たちにマーシャが“本物のマリアンヌ姫”の可能性を与えてしまった。

まあ、本物なんだけどさ。


「……だからマーシャ、貴女には二つ、選択肢があります。これを機に“マリアンヌ姫様”として生きていくか……」

「マーシャ・セレナードとして生きるのもいい。次期国王はレオハールと定めた。そなたが王位を望んでも、俺はこの考えを覆すつもりはない。これは決定している。……しかし、マーシャ・セレナードとして生きていくとしても王家の責務は背負ってもらう」

「ある意味こちらの方が過酷かもしれない。……君を利用しようとする者は後を絶たないだろう。……どうするマーシャ。すぐに決めなくてもいいけど」


お嬢様と、陛下、レオに言われてマーシャはきょとんとした。

あまりにも展開が早くてついていけないのだろう。

俺も今年の初めにこんな事になったから……気持ちはわかる。


「はい! それならわたしはマーシャでええです!」


え、即答?


「わたしはマーシャ・セレナードでいいです! というか……わたしはお嬢様のメイドになりたいんです」

「は?」

「は?」

「は?」


陛下とルティナ妃とレオの声がかぶった。

俺たちも……その場の全員が「?」を頭に浮かべたと思う。

え? この子なに言い出してんの?

は?


「お姫様には興味ありません! わたしがなりたいのはお嬢様の立派な侍女メイド! わたしの夢は、お嬢様に一番頼りにされるメイドです! 今後もお嬢様にお仕えします!」

「…………。…………。…………」


……お嬢様が驚いた顔をして、へにょりと困った表情……あ、もちろんぱっと見は無表情だ……その後、両目を閉じて頭を抱える。

ですよね……。


「……では最終的にローナ嬢の侍女として城に戻ってくるのですね」

「ご、ご冗談はおやめくださいルティナ様……」

「おお、それは良い。早めにおいで! ……ん? ということは……レオハール、早めにローナ嬢と結婚しろ」

「へ、陛下……」


レオがドン引きするのも無理ない陛下。

あー、これはなんつーか、俺と同じパターンか、マーシャ。

でも、お前は公表されたも同然。

茨の道だな。

…………いや、俺がしっかり守ってやればいい。

扱いはさぞや変わるだろうけれど、な。


「なんにしてもマーシャ、我が娘よ。いつでも遊びにおいで。父はいつでも歓迎するぞ」

「え? えーと…………すごくありがたいのですが、わたしの“おとうさん”はローエンスさんなので陛下のことはお父さんとは思えないです」

「………………………………」


あ、固まった。

……ゆっくり椅子に座った。

…………ゆっくり背もたれに顔を埋めた。


「マーシャ、結構ズバッというよね」

「え、ご、ごめんなさい! だって理由もわからず構われて怖かったんだよ!」

「怖っ⁉︎」


グサ!

……と、マーシャの言葉が陛下のいじけた背中に刺さったのが見えた。

いや、そりゃそうでしょ。

なんでいままで気付かなかったんだむしろ……。

レオが乾いた笑いで誤魔化すが、ルティナ様は扇で口元を隠しつつ肩を揺らして笑ってる。


「それで、ルティナ様……マーシャがマーシャ・セレナードとして過ごすことを選択した今、彼女らの処遇はいかがなさいますか?」

「!」


話を元に戻すエディン。

再び緊張感に身を凍りつかせる令嬢たち。

緩んだ空気はまだ一部残ってはいるが、ルティナ様の眼差しは厳しさを増す。

無罪放免にするつもりなど、彼女のあの眼差しには一欠片もない。


「マリアンヌ殿下がマーシャ・セレナードとして生きると決めたところで、あなた方が王女へ言い掛かりをつけたのは変えようもない事実。ブローチの件は彼女の温情で……不問としましょう。しかし、本日のことは別です」

「…………」

「…………」

「! あ、あのルティナ様……わたし別に気にしてな……」

「王女、貴女が彼女らを許す気持ちがあるのは分かりました。ですがだからといって処罰を行わないのでは他に示しがつかないのです。今は自覚がないかもしれませんが、王族であるのなら尚のこと、貴族の処罰は王族にしか出来ません」

「う……」

「わたくしは王家に嫁いだ身。本来なら口を挟むことくらいしか出来ません。しかし、陛下に任せると全員追放、と言い出しかねない」

「いや、追放せよルティナ。マーシャを虐める娘などアミューリアに置いておけぬ! 来年マーシャはアミューリアに入るのであろう⁉︎ 追放だ!」


水を得た魚のように立ち上がって拳を突き出すバルニール陛下。

俺の横で胃を押さえるディリエアス公爵。

ま、負けないで!

……俺は正直何が起きていたのかまだ把握していないのでどちらとも言えない。

マーシャの、レオに貰った髪留めを勝手にブローチにしてきたのはやっちまったなー、とは思ったが……。

この件はすでにルティナ様が「不問」と言ってしまった。

マーシャもそれを望むのなら、ブローチはすでにマーシャの手元に戻ってるのもあるから別にいいのだろう。

……髪留めがブローチになったくらいの被害だけど。

でも今日のことって結局どんなことが起きていたんだ?

ベティア嬢のスカートの汚れ……あれをマーシャのせいだと言い掛かりをつけた、ってところだろうか?

それを足掛かりに、うちのお嬢様を陥れようと?


「………………」


成る程、だとしたら許さない。

マーシャはお嬢様の足を引っ張ったと、アホはアホなりに気を使ってるんだ。

あいつがお嬢様のメイドになりたいとかわけのわからないことを言い出したのはそれも原因かもしれない。

もうお嬢様のメイドだろうに。

ほんとアホ。

でも、アホだが……アホなりに真剣なんだ。

その気持ちも踏み躙ってうちのお嬢様に危害を加えようというのなら……。


「レオハール殿下、貴方はどう思いますか? 陛下は追放、王女は減刑を求めています。司法の場に委ねるのも良いとは思いますが……」

「そうですね、マーシャに実害はなかったし、減刑を求められるとなると1ヶ月間の休学程度で良いのではないでしょうか」

「レオハール! マーシャがこんなに傷ついているというのに……!」

「本人たちも反省しているでしょうしね」


…………へ、陛下の意見が完全無視されるというこの事態……。


「ああ、でも『星降りの夜』の城のパーティーには来ないでね。陛下がまた癇癪を起こしかねないから」

「「は、はい!」」


ご令嬢たちの息の合った返事。

うーん、甘くない?


「ただし、ベティア・スローズ。君は少し別だ。マーシャは許しているがその髪留めを作った製作者として許せないものがある」

「は、はい。どのような処罰も……受け入れます」

「2ヶ月の休学を命じるよ。……あとエディンにも、もう付き纏わないでくれ。彼は僕の騎士だ。君のものにはならないよ、一生」

「…………」


目を見開くベティア嬢。

エディンも少し、意外そうな表情をした。

でもすぐに真逆の表情になる。

ベティア嬢は目に涙を浮かべて、エディンは幸せそうに微笑む。

で、俺の横のディリエアス公爵は感涙でハンカチを取り出そうとして失敗している。

鎧がね、邪魔で取れないっぽい。

仕方ないので俺が持ってるやつの一枚をお渡しした。


チーーーン!


……鼻水噴くの早すぎない?

いや、もういいけど……。


「アリエナ・オークランド、君も別だ。地位的にも立場的にも彼女らを束ねるべきなのは君だった。先程ルティナ様も言ったが君の処遇はルティナ様に委ねる。言っておくが処罰を受けるのは君だけではなく君の兄と父上もだ。今回の件、決して軽いものではないからね」

「! あ、兄のことは……確かに伯母さまに言い付けられていました! し、しかし兄がわたくしの言うことを聞いてくれるわけはなく、ですから、あの……」

「それと、君が亜人たちを差別用語で呼んでいたのも聞いた」

「!」


……ああ、この間のダモンズ邸のお茶会の時の……。

真っ先にアリエナ嬢はお嬢様を睨む。

しかし、うちのお嬢様はレオにチクったりはしない。

つーか、話しちゃったの俺です。


「言っておくけどローナじゃないよ。アルトとハミュエラだ。あの子たちは別に悪気があって僕にこのことを話したわけではないけどね」


あの2人もか……そうか。

俺には分かる。

少なくともアルトは悪意しかない。

ハミュエラは、まあ、あれだけど。


「そ、そんな……で、ですが、ですが父まで処罰の対象にされる理由が分かりません……!」

「お黙りなさい、アリエナ。わたくしはダドリーをなんとかするように、とゴヴェスにも言いつけていた。なのに、お前もゴヴェスも一向に動かなかった。同罪に決まっているでしょう!」

「そ、そんな!」


レオが目を細める。

ふむ、成る程……この場でサウス区と亜人の別勢力のことや、魔法研究所の件は控えるつもりなんだな。


「後でまとめてお説教しますと言ったはずでしょう! 3人まとめて応接間で土下座して待っていなさい!」


…………オークランド家が今日、家族会議という名の法廷で裁判官ルティナ王妃に裁かれる光景が目に見えるようだ。

め、めっちゃ怖い。


「……。……あの、ルティナ様、質問よろしいでしょうか?」

「なんですか、ローナ様」

「ダドリー様は何か処罰されるようなことをなさっていましたの?」

「…………まあ、ご存知なかったのかしら? わたくしの耳にも入っていましたのよ?」


……あ……。

やばい、と俺が慌てて手をあげる。


「あの、ルティナ様……ダドリー様の件は私の方でお嬢様のお耳に入れるのを止めておりました」

「あら。何故?」

「聞くに耐えないことが多かった、というのもございますが……お嬢様にはレオハール殿下とのご婚約のことを優先していただきたかったのです。それはお嬢様の執事としての、私の判断。責は私にございます」

「…………成る程。そうでしたか。わかりました」

「ヴィニー……」


お嬢様に微妙に責められている気配……。

いや、だって結構酷いことしてたよ?

言えないよ、お嬢様の清らかなお耳にはとても入れたくない。


「そうね、確かに聞いていて気分のいいものでもない。ローナ嬢の性格では横から口を出してしまいそう」

「え!」

「では後から聞くといいわ。処罰に値することをしているの。気分が悪くなると思うけれど、わたくしの方で徹底的に罰しておくので気にしないでね」

「…………は、はい」


にっこり、笑うルティナ妃。

……今夜一番怖いかもしれない、その笑み。

あのお嬢様がガチでドン引きしてる。

アリエナ嬢も震え上がるその微笑みに、陛下も無言で席に座った。


「では皆、パーティーの方へ戻りますよ。アリエナ、ゴヴェスたちにはパーティーが終わったら屋敷で待つように伝えておきなさい。言っておきますが逃げることは許しません」

「は、はい……」

「王女、貴女も会場に戻ったら陛下と殿下より貴族の皆に紹介を。こうなってしまっては仕方がないでしょう」

「お、おうじょ……」



王女かぁ……。




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