マーシャの夢【前編】
「不相応だと? 俺の娘が城のパーティーに参加することの、何がおかしいというのだ⁉︎ 言ってみろ⁉︎」
ざわ……!
会場内が凍り付く。
俺はクレイにメグを預けて、お嬢様になかなか来る気配のないケリーとルークのことを相談しに行く途中だった。
『女神祭』には毎年旦那様と奥様も来るので、お2人を待っているのかもしれない。
だがそれにしたって遅すぎる。
開場してから1時間はゆうにすぎているからな。
何かあったんじゃ……と心配になったのだ。
しかし、俺はもっと違うところを心配すべきだったらしい。
視界の端に陛下がズン、ズン、とご令嬢の集団の方へ歩いていくのが見えた。
ついでに慌てふためくディリエアス公。
しかしすぐに持ち直して陛下の前に回り込む。
その奥の玉座からもレオが同じように陛下を「どうどう」している。
俺もなんとなく、ただ事ではなさそうなので現場に急ぐ。
人の隙間を縫うように急ぎ足で向かうと「マーシャに文句があるなら俺が聞こうではないか!!」と喚いている。
サーーー……と、レオと同じように血の気が引いた。
こ、このおっさん!
「陛下! 落ち着いてください!」
「陛下、いけません、癇癪は……! だ、誰か! ミケイル伯爵が来ていないか探してきて!」
「バルニール様! いい加減になさいませ! 一国の王がなんと情けのない! 構いません、レオハール、ぶん殴って昏倒させなさい」
「ル、ルティナ様、それはさすがに!」
「ならわたくしが殴って黙らせます」
「ロ、ローナ! ルティナ様を止めて!」
「は、はい! ルティナ様も落ち着いてくださいませ!」
……ああぁぁあぁぁもうなにこれぇぇぇ……⁉︎
「ヴィニー、いいところに! 陛下を止めるの手伝って!」
「は、はい!」
「ディリエアス公! 奥の扉を開けて! 陛下を一度お部屋へ!」
「了解致しました!」
「ええい、離せレオハール! あの娘共、マリアンヌを寄ってたかって……」
「落ち着いてください! ぼ、僕が事情を聞いておきますから!」
「我が娘に無礼を働いた者を許すわけにはいか……」
ばたん。
……陛下のこと羽交い締めにして他の衛兵さんたちに押し付けてしまったけど、あれで良かったのだろうか。
いや、まあ、仕方ないけど?
扉の奥からまだ騒がしい声が聴こえるし。
…………バ、バルニール陛下ってあんな人だったの?
チラ、とレオを振り返ると冷や汗を袖で拭っているところだった。
「ふう……久し振りの癇癪でございましたな、レオハール様」
「ちょ、アンドレイ今までどこにいたの。肝心な時にいないとか……」
「陛下の癇癪を治めるのはミケイル伯爵の方が得意ですからねぇ〜」
え〜〜……。
宰相様、ここは止めるの手伝ってくださいよー。
俺、うっかり陛下を後ろから羽交い締めして運んでしまったじゃないですか。
やだなコレ、後から罰とかあったら泣くぞ?
「……一体なにが……陛下はどうされたのですか?」
「陛下はたまーに癇癪を起こすのです。数年に一度ですけれど」
「え、ええ……⁉︎」
お嬢様が心配そうにしていると、ルティナ様は頭を痛そうに抱える。
そして告げられた……はあ、癇癪?
……まあ、あれは癇癪以外のなんでもないだろうな。
つーかあの光景去年の『王誕祭』1週間前に見たやつに似てるぞ。
そう、偽物のマリアンヌの癇癪に!
……え? あの2人、血の繋がり一切なかったはずだよね?
「神経質な方だから、溜め込んで溜め込んでドーンと吐き出すんだけどね……普段は僕に八つ当たりするだけなんだー」
「え、ええ⁉︎」
レオ、なんて事のないように言ってるけど笑いながら言う事ではない。
決してない。
「しかし今日は別な理由があるようね? ……そこの貴女たち」
「あ、あの、お、伯母様……」
「アリエナ、そして、そこの貴女、貴女も……ええ、今回関わった全員別室にいらっしゃい。事情をお聞きします」
「え? あ、あの、そんな王妃様自らそのような……」
「お黙り、ディラン! お前のところのご子息もです!」
「はっ、はい! ……エ、エディン」
「ええもちろん、喜んで参ります。……マーシャ、お前も来るんだ」
「は、はい」
若いご令嬢集団と王族、マーシャやエディンが連れて行かれる。
お嬢様と俺も心配になって付いて行こうとしたが、レオが首を横に振った。
「なんか修羅場になりそうだから」
まあ、それはそうだろう。
しかし、それなら尚更付いて行かねばならない。
「マーシャは我が家のメイドです」
「俺の義妹でもあるしな」
「う。……。……分かった、そうだね」
と、言うわけで後のことをアンドレイ宰相に任せ、かなり広い応接間のような場所に通された。
そこには10人近いご令嬢集団と、アリエナ・オークランド嬢。
マーシャとエディン。
そして「どうどう」されたがまだ顔の赤い陛下とレオ、壁際に俺とディリエアス公爵。
うちのお嬢と、椅子に座る陛下の横にルティナ王妃。
ディリエアス公爵はすでに胃が痛そう。
「さて、事情はエディン様から聞きました。アリエナ」
「は、はい」
ルティナ妃の睨みに縮こまるアリエナ嬢。
あ、あれは仕方ない。
あれは怖い。
威圧感に満ちた声に、なぜか俺の胃までキュウ、と縮こまった気がする。
「オークランド家の娘でありながらなんたる無様! わたくしはお前に散々、兄の愚行をなんとかしない限りはお前をレオハール殿下の婚約者に推すことはないと散々言いましたよね? それがなんです⁉︎ 自分でも一緒になってこの愚行! 今日がなんの日か忘れたのですか⁉︎ まして城のパーティーの最中に! ここまで愚かとは……。屋敷に帰ったらゴヴェス共々土下座してお待ちなさい! お説教です!」
「は、はいいぃ〜‼︎」
…………ゴクリ。
ルティナ妃の一喝に場のほとんどの者が生唾を飲み込んだ。
プリプリしていた陛下さえ、ルティナ妃を凝視して喉を鳴らしたのがわかる。
「そしてそこの娘! 確かセントラル南のスローズ家の娘ですね!」
「は、は、はい……べ、ベティア・スローズと、申します……」
「言語道断です! どう言う意味か、わかりますね?」
「……………………」
俯いてしまう……ベティア嬢?
薄いオレンジに近い茶髪のご令嬢。
ドレスのスカートにはシミがあり、胸元にはどこかでみたようなブローチが……あれ? あのブローチ……マーシャがレオに貰った髪留めにデザインがよく似ているな?
マーシャがレオに貰ったものはレオの手作りだから……既製品ではない。
もしかしてレオがデザインの参考にしたやつかな?
なんにしても顔が死にそう……。
顔色も真っ青だし、大丈夫かな。
「…………。あのー、ルティナ様、横からよろしいでしょうか?」
「なんですか、レオハール殿下」
「先程から気になっていたのですが、ベティア嬢のブローチ……僕がマーシャに誕生日プレゼントとして贈ったものにとてもよく似ているんですよね……?」
「え?」
「⁉︎」
「あ……」
ルティナ妃がレオを見て、もう一度ベティア嬢を見る。
アリエナ嬢と、数人の令嬢、そしてベティア嬢の肩があからさまに跳ね上がり、肩が震え始めた。
うちのお嬢様も頰に手を当てて「まあ、本当によく似ておりますわね。ピンクダイヤ、ですか?」と首を傾げる。
……そうだな?
うちのお嬢様なら……リース伯爵家ならピンクダイヤを買うだけの財力はある。
この世界は俺の前世の世界より宝石が高価。
ピンクダイヤは頂点級の高額っぷり。
正直普通の伯爵家では……よほど特別な贈り物などでなければ手を出さないだろう。
つまり、彼女自身が欲しくて買うことはないはず。
なら、贈り物?
しかし、彼女に贈り物を贈る相手が同じく伯爵家かそれ以上でなければやはりそう簡単に手を出すものではない。
婚約の贈り物?
でも、それなら普通指輪とかにしない?
あんなピンクダイヤがふんだんに使われたブローチなんて王族か公爵家じゃなきゃ、贈れないような?
「あ、あの、こ、これは……」
カタカタと歯の根があっていない。
声も体も震えていて、だんだんこちらも彼女たちが“なにをやらかしてしまったのか”を察してきた。
俺で察してきたのだから、ルティナ妃は尚のことだろう。
後ろの陛下も立ち上がり「まさかマーシャから取り上げたのか!」と怒鳴りつける。
あかん、これはあかんよ、お嬢さん方……。
つい、頭を抱えてしまう。
「……へえ?」
それ見たことか、レオが笑顔で小首を傾げたぞ。
可愛いけどあの笑顔は怒ってる時のやつだ。
俺にはどうすることもできませんので頑張ってください。
「追放……」
「お黙りなさい、陛下」
「何故だルティナ!」
「陛下、これもさることながらまずきちんと状況を整理し直しましょう。どうやら今回が初めてではない様子」
「むっ!」
ビクゥ!
と、派手に肩が跳ねるご令嬢たち。
俺とディリエアス公爵が表情を無にして心の中で手を合わせた。
ご愁傷様です。
あれはダメだわ。
一番優しいレオの逆鱗に触れた。
あいつ意外とシスコンだからなー。
「あの! 違います!」
「?」
と、尋問が始まりそうな空気の中、マーシャが令嬢たちの前に両手を広げて入り込む。
違う?
「あの、これ、その、わたしが転んで落としたんです!」
「落とした?」
「は、はい! この間のお嬢様主催のお茶会の日に……こ、ここの、アリエナ様のお家のメイドさんにぶつかって、その時に落っことしてしまったんです!」
…………マーシャ……。
「た、多分それを拾って! こ、壊れたところを直してお使いになったのではないでしょうか!」
……………………それは苦しいぞ。
「なるほど? そうなの?」
「…………はっ……は、い………」
ベティア嬢の青紫になった震えた唇が絞り出すようにレオへ答えを出した。
偽証罪に問われない? ソレ。
別に法廷ではないけれど……大丈夫か、ソレで。
「あ、あの! ひ、拾ってくださりありがとうございます!」
「い、いっ……え……。お、お返し、します」
「ありがとうございます!」
マーシャがベティア嬢に両手を差し出す。
彼女は震えながらもゆっくりブローチを外してマーシャの手に乗せる。
するとあのバカは満面の笑み。
……それを見たレオもほんの僅かに目元を緩めた。
エディンも腕を組んでクスリと笑う。
……んんん? あいつ、あんな笑い方……。
「まあ、今回はそういうことにしておこうか。……僕の妹への贈り物を奪い取って勝手に加工して堂々と僕の前に着けて来た……というわけではないのなら許そう」
「………は、はい」
「……あ、あの、レ、レオハール様……質問をお許しください…………い、妹、とは……」
「そうですね、聞かせなさいレオハール。あなたが昨日言っていたわたくしに話したいことというのは…………」
アリエナ嬢が横から、怯えた顔でレオを見上げた。
陛下を見て、レオへ目線を移すルティナ妃。
そういえばルティナ妃に、話す予定のようだったな?
俺と、そしてエディン、ディリエアス公爵、バルニール陛下、お嬢様はそれぞれアイコンタクトして、レオに向かって頷いた。
「うん。元々ルティナ様にはお話しするつもりだったのですが、マーシャのことをエメリエラは『王家の血筋』と断じていたんです。しかし、国の状況を考えて公表は避けようと思っておりました」
「? え? ……え? え⁉︎」
自分のことだと、マーシャは最初理解できずにいた。
気持ちはとてもわかる。
「はあ?」ってなるよな。
「…………。そうでしたか。……成る程、この娘の前で陛下が馬鹿になるのはそういう理由でしたのね」
「ば、ばかだと? 無礼だぞルティナ!」
「馬鹿はお黙りなさい。あの馬鹿面を散々晒しておいてなにを今更! この娘の前にいる自分の顔を鏡で見てごらんなさい! 完全な馬鹿面です!」
「ぐ、ぐう……」
ル、ルティナ様容赦ねええぇ!
「そんなだからこの娘をあなたが側室に迎えようとしている、などと噂が流れるのですよ!」
「なんだと? 我が子を側室になど、そんなことするはずあるまい!」
「態度に出過ぎなのです! まあいいです、この話は後できっちりアンドレイとミケイルとリーナを交えてしっかりわかるまで致しましょう」
「う……」
…………あのメンツで?
こ、こわ……。
でも、ぜひよろしくお願いします。







