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番外編【マーシャ】10

※イジメ描写が入ります。

ご気分悪くなるかもしれない方は閲覧をお控えください。

作者的にはギリイケる、と思って書きましたが無理して挑まなくても大丈夫ですので、読み飛ばしてくださいね。




ああ、なんなんだろう。



「おい、聞いてるのか」

「はっ! き、聞いてなかったさ」

「お前な〜……」

「ごめんなさーい」


2ヶ月前、デート……してからというものたまにこうして図書館で勉強を教えてくれるエディン様。

雀色の髪に、藍色の瞳。

見れば見るほど綺麗な顔立ち。

制服は少しだけ着崩しているけど、貴族らしく清潔感のあるシャツと手入れされたジャケット。

襟までしっかり洗濯されてる。

私とは全く違う固そうな手。

ペンを持つ指先は爪も綺麗に切りそろえてある。

少し切りすぎなんでは……と思ったけど多分、弓矢を使うからなんだろうな。

目線を上に戻すと少しつまらなさそうな顔。

唇がきゅ、と結ばれ、目線もどこかぼんやりしてる。

その表情にわたしの胸までなんだがきゅうとなった。


「なんか悩み事……?」

「あ?」

「いや、なんか……ぼーっとしてるから」

「ああ、いや……最近夜まで弓技場に入り浸っていたから少し眠い。先月は同盟締結のために父上の仕事も手伝っていたから……お前にしても仕方なのない話だな」

「そ、そんなことねーし。なんなん、バカにすんなし」

「別にバカにはしていないが……。……そういえばお前、来週の『女神祭』は誰にエスコートしてもらうんだ?」

「へ?」

「招待されているんだろう?」

「う」


そ、そうなんだよね。

お嬢様のお誕生日……『女神祭』はお城のパーティーに招待された。

なぜか! なぜかただのメイドのわたしが! お城のパーティーに招待されたんださ!

それも、レオ様と陛下、2人に!

レオ様はなんとなく分かるけどなして陛下も⁉︎

怖い怖い怖い!

わたしなんかやらかしたんだろか……。


「……エスコートしてやろうか?」

「え…⁉︎ い、いや、それは……」


さっきまでどこかぼんやりしてたのに……片手で顎を支え、テーブルに肘をついたまま柔らかく笑う。

エスコートって、貴族のお嬢様にやるやつでしょ。

恋人とか、婚約者にするやつじゃん。

誰にでも、言うんだべ?

今までなら、そう言う理由で即答で断ってるけど……でも今はーーー。


「『女神祭』と、年末の『星降りの夜』も迎えに行ってやるよ。その後も、ずっと……毎年迎えに行ってやろう」

「だ、大丈夫ですぅ〜、義兄さんにしてもらうし!」

「そうか?」

「そーですーぅ」


…………わたしはメイドなんだ。

お嬢様のメイド!

ドジでメイド“っぽい”って言われちゃうくらいメイドっぽくないけど。

アンジュみたいなしっかり者のメイドの中のメイド! みたいになりたい。

なのに、エディン様はわたしのこと、まるで貴族の令嬢を相手にするみたいに扱うから……。

だめだ、勘違いしちゃだめ。

わたしはメイド!

貴族のご令嬢じゃない。

エディン様にそんな風に扱われる資格はない!



『やっとローナ様から解放されたエディン様……今度こそ私を見てくれると思ったのに……こんな、こんなメイド風情に盗られるなんて許せない……! こんな!』



…………お嬢様のお茶会の時にオレンジ髪のご令嬢が叫んでた。

泣きそうな顔で、必死に。

そうだ、この人はモテる。

泣いて、怒って、とても当たり前なことを言ってた。

メイド風情が生意気に、そうだ、本当ならこうして2人で会うのだって勘違いされかねない。

ダメなことなのに、なんでまた今日もこの人に勉強教わってんだろう……わたし。

あのご令嬢のこと、少しだけ忘れると胸がふわふわ暖かくなる。

でも思い出すと申し訳なくて苦しくなる。

なんだろう、これ。

訳がわかんねーな。


「…………。調子が狂うな」

「ん、んん?」

「いや、最近元気がないぞお前」

「そ、そんなことねーし」

「無理してるんじゃないのか?」

「!」


テーブル越しに顔が近付く。

どくって、自分に分かるくらい心臓が脈打った。

なんだ、これ。なんだ、これ。なんだ、これ!


「あ、わ、わたし! 今日はもう帰る!」

「あ」


荷物を片付けて図書館から逃げ出した。

うん、これは完全に逃げださ。

でも……だって……!




だって、どうしていいのか分かんない。

この気持ちがなんなのか、分からない。


分かんないんよー!











「…………」

「ほら、入るぞ」

「あ、う、うん!」


義兄さんにせっつかれて会場への入場を開始する。

お嬢様とレオ様は一番最初に入って、王様にご挨拶。

……ああ、なんかいいなぁ……。

手を取り合って、ほんの少しだけ見つめ合って……レオ様が微笑む。

お嬢様の耳が赤くなるのが後ろからよく見えた。

大人っぽいドレスのお嬢様……。

白の布地に金の刺繍で模様が入った礼服のレオ様。

色はどこか対照的なのだけど、だだっ広いダンスホールが見劣りしそうなくらい2人の姿は眩しい。

…………なんでわたし、こんなにへこんでるんだろう。


「気分でも悪いのか」

「う、ううん」

「……陛下に会うのが嫌なら今日はもう帰るか?」

「…………」


それもあったさ……。

ドスーンと落ち込む気分。

わたしたちをすり抜けて、入場していく貴族の方々。

気落ちしたわたしの手を握っていてくれる義兄さんも、流石に神妙な面持ち。

陛下に会うのは確かに緊張するし、気にかけられる理由が分からないからかなり怖い。

足がすくみ始めた。

帰れるのなら帰りたい、けど。


「あ、マーシャ」

「メグ! ……と?」

「クレイだ」


安心する声色に一気に気分が軽くなって振り返る。

が! ……メグの隣には亜人の男の人?

灰色の髪と目、あと、ケモミミ!

す、すご、すごいかっこいい人だ……。

ライナス様くらい大きいし、ちょっと顔つきが厳しい感じだけどキリリとしててかっこいい。

クレイさん。

メグの知り合い、なんだろうなぁ。


「メグのパートナーの人?」

「えーと、うんまあ。……私1人で入るわけにもいかないって入り口の人に注意されちゃってさぁ……そこにたまたまこいつがね」

「…………」

「友達?」

「友達っていうか、幼馴染」

「へぇー!」


メグに腕を引っ張られてふい、と顔を逸らすクレイさん。

メグの幼馴染!

いいなー、わたし幼馴染とかいねーから少し憧れるべさ。

レオ様もスティーブ様とエディ…………、……んん、まあそれはいいとして。


「丁度良かった、マーシャが少し緊張し過ぎて具合が悪そうで……」

「だ、大丈夫」

「だが……」


義兄さん意外と心配性。

……わたしを招待してくだすったんはレオ様だし、ここまで来て王様にご挨拶もせず帰るなんてできねーよ。

昨日もたくさん良くしてくだすったし。

理由がわかんなくて怖いだけだべさ。

……それに、なんつーか……おこがましーかもしれねーけど……。


「それになんかわたしが具合悪いとか言って帰ったらお城の人が様子見に来そうださ……」

「あ……ああー……」


義兄さんの目が遠くなる。

それ見たことか、義兄さんもそう思うんだろ。


「ご挨拶するよ! それに、お嬢様のお側でお嬢様が幸せそうなところも眺めていてーし!」

「確かに」

「ホントブレないよねお兄さん……」

「メグ、お前はいいのか?」


と、クレイさんがメグを見下ろしながら問い質す。

その質問の意味はなんとなく分かるさ。

通る人、通る人……ほとんどがメグとクレイさんを奇異の目で見ていくのだ。

亜人の人たちは珍しい。

貴族の人の中には嫌悪を抱く人もいる。

そんな中に飛び込むの……そうか、辛いよな。

わたし、そんなこともわからずメグに「付いてきてけろ」って言っちまったんか……!


「もちろん。困ってる友達を見捨てるなんてできないもんね!」

「メ、メグ〜」

「…………」


義兄さんも笑みをこぼす。

ううう、わたしメグと友達になって良かったよぉ〜!


「……………………」

「なんだクレイその顔は。嫉妬か?」

「誰が。……いや、わからない方が良いこともある……」

「ど、どういう意味だそれは」


義兄さんとクレイさんなんの会話してんださ?

まあ、なんにしてもメグが付いてきてくれるのは心強い!

メグが嫌な気持ちにならないように、わたしがメグを守る!

義兄さんじゃなく、メグと手を繋いで会場へ入場ださ!



「……………………」



と、意気込んでいた数分前の自分を絶賛呪ってるよ。

わたしは入場後すぐに王様に挨拶したけどそのまま捕まり、現在進行形で王様を横にして味のしねーケーキ食ってる。

メグとクレイさんは……正確にはクレイさんが挨拶回りをしなきゃいけないって言って義兄さんが案内……まだパーティーに不慣れだから色々教えるんだってさ……して一緒に行ってしまった。

まあなー、王様に預けときゃわたしは余計なこともできねーし、側には願った通りお嬢様がレオ様と心配そうにわたしを見てる。

その視線をむっちゃ感じるよ。

う、う、う、う、う〜。

スティーブ様早く来てけろー!


「マーシャ、他に食べたいものはあるか? なんでも用意させるぞ」

「だ、大丈夫です! あ、あんまり食べるとお腹苦しくなってパンパンになってしまうです」


コルセット巻いてるんだからそんなにたくさん食べられないよー。

……でもこのガトーショコラとチーズムースのタルトむちゃ美味い……絶対義兄さんが城にレシピ提供したやつだろこれ〜。

義兄さんのレシピにお城のシェフの人が手を加え、素材をより厳選されてるやつ。

んんん〜、幸せ〜。


「全く陛下ときたら……国王でありながら挨拶を丸投げするとは……っ!」

「ル、ルティナ様」

「ああ、お気遣いなく。聴こえるように言っておりますのよ、ローナ様」

「………………」


………で、でも後ろでそんな会話が聴こえるよー。怖いよー。なんか地鳴りのような気配を感じるよー!

お、王様仕事に戻るべさ〜⁉︎


「陛下、宜しいでしょうか?」

「……ゴヴェスか、何ぞ用向きでもあるのか?」


……わたしがいるのは玉座にほど近い軽食のスペース。

王様の周りには護衛の騎士が2人……1人はディリエアス公爵。

もう1人は副官だと思う。

他には人が誰もいない。

玉座にはレオ様と王妃様、そしてお嬢様が佇んでおられる。

王様が立ってる間は、レオ様も王妃様も座れないんだって。

……ではなくて、声を掛けてきた貴族様だ。

オールバックにもみあげは剃り込み入り。

ツヤッツヤの赤紫の髪。

もう一人の若い男の子の貴族様も同じ髪の色。

親子だろか?

似たような色のタキシードを二人で着込んで……お揃いアピール?

随分と仲がいいんだなぁ〜?

ただ、どことなーく笑顔が薄気味悪い。

身を縮めて、邪魔にならないように王様の後ろに移動してお嬢様たちの方へ逃げる。

ここぞとばかりに逃げる!

今が千載一遇の好機!


「きゃあ!」

「わ! ご、ごめんなさいだよ、じゃなくて申し訳ございません! 急いでいたものーーーで……」


ピリついた。

うっかり腕がぶつかってしまったのは薄オレンジっぽい茶髪のご令嬢……あ、この人確か……エディン様のことを好きな……ベティア……様?

ヤ、ヤベェ……。

ヤベェ人にぶつかってしまった……っ!


「お、お前……リース家の駄メイド……!」

「うっ!」


ナチュラルに駄メイド扱いされたよ⁉︎

ううう、お嬢様……は、レオ様とルティナ王妃様と一緒に挨拶にいらした貴族様の対応中〜。

王様……もさっきの貴族の親子と話してる〜。


「!」


逃げ場がない。

と困り果てて仕方なく向き直ると……あ、れ…………?


「あ、そ、そのブローチ……!」

「あら気付いた? そうよ、あの髪留め、お前なんかには過ぎたものでしょう? アリエナ様に「ブローチに直したらいかが?」とお知恵を頂いたから作り直したのよ」

「っ」

「お前なんかより私の方がずっと相応しいでしょう? なにしろ、私はセントラル南のスローズ伯爵家の者なの」

「そうよ、ベティア様の方がよほどお似合いだわ」

「アリエナ様!」


あ、ヤバヤバだよ……ゾロゾロ集まってきた……。

パーティー会場でこの間みたいなことは…されないと思うけど、でも……。

アリエナ様が現れた途端に満面の笑みになるベティア様。

その後ろにはこの間よりも大勢のご令嬢集団。

倍どころじゃない。

わ、わあ……もはやお花の壁みたいに眩しくて華々しいべさ〜。


「っ」


アリエナ様は、ふと玉座の辺りにレオ様の横で来場客に一緒に挨拶対応していたお嬢様を睨み付ける。

その表情はここが舞踏会の、『女神祭』の会場であることも忘れているかのようだった。

嫉妬がありありと浮かび、背筋が寒くなるほどあからさま。

せっかくの美人でお化粧もしてるのに……怖い。


「いいご身分よね、あなたのご主人様」

「…………」

「殿下の婚約者に内定なさったわけでもないのに……殿下と王妃様の横に立って……まるで勝ったも同然、みたいな澄ましたお顔。ふふふ、これは素直に負けを認めておめでとうと申し上げるべきかしら?」


レオ様はエディン様よりもずっと、ご令嬢たちにとっては高嶺の花ってやつなんだ。

アリエナ様、もしかして本当にレオ様の婚約者になりたかったんだろか?

でもでも、レオ様のこと好きなんはうちのお嬢様だって負けてねーし!

お嬢様が勝つのはむしろ当たり前だし!


「!」


後ろにも変な気配。

と、思って振り返ると、アリエナ様の後ろにいたご令嬢たちが私を取り囲んで笑っている。

う、わ、マジかこの人たち……他のお客さんたちから、死角になるように……。

背中が冷えていく。

ヤバイ、なんかめちゃくちゃヤバイ。


「それにあの「私は殿下たちととっても仲良しなのよ。いつも優しくしてもらって、特別扱いされているのよ」と言わんばかりのえっらそうな言い方。主人が主人ならメイドもメイドね。頭がおかしいわ。メイドを着飾って陛下に近付け、取り入ろうなんて……なんて悪い女なのかしらね?」

「ち、ちが……」

「あら、なにが違いますの? あなたはなんて言われて陛下に近付いているのかしら? 全くあなたの主人はとんでもない女でしょう、どう考えたって。誰が見たって。自分が王妃になるために、メイドまで利用して陛下に自分を殿下の婚約者にしてほしいと頼んでるんでしょう? それともなに? メイドのあなたが陛下の側室の座を狙っておられるのかしら?」

「⁉︎ ち、違います! そんなこと……っ」

「考えてないと? これっぽっちも? そんなこと誰が信じると思うの?」

「…………」


ほ、本当に違うのに。

でも、この人たちからすると……そ、そう見えてしまうんだろか。

後ろにも下がれない。

ヤバイ、怖いよ……足元めっちゃ冷える。

喉の奥が張り付いたように痛い。

肩が寒くて震える。

全身が痺れたように……寒い、でも……目元や胸が熱くて苦しかった。

後ろのご令嬢たちも扇で口元を隠してるけど、目は全然笑ってない。

気付くと汗ばんだ手でスカートを握り締めてた。

俯いてしまう。

どうしても、何を言ったって……わかってもらえないんだろうな……。

諦めに似た気持ち。

だってこの人たちは……貴族のご令嬢。

わたしはただのメイド。

お嬢様のメイドなのに……お嬢様が貶されてるのに、言い返すことも怖くてまともにできないなんて。

嫌だ。こんなわたしは嫌だ。

アンジュはちゃんと言い返してた!

どんな時も、ヘンリエッタ様のこと悪く言われても言い返して、目を逸らしてなかった。

殴られても!

きっと義兄さんもそうする。

あの人なら、むしろ笑いながら正論詰めするんだろう。

わたしは義兄さんみたいに頭回らないけど……お嬢様のメイドなんだ!

…………わたしだって!


「……そんなこと、これっぽっちも考えていません!」

「!」

「信じていただけないかもしれませんが、本当に全然、これっぽっちもそんなつもりはありません! それに、うちのお嬢様だってそんなこと考えてもないです。聞かれたことに答えただけで、そう受け取っているのはアリエナ様がそう思いたかったからなんじゃないでしょうか」

「…………」


顔が……歪んだ。

あーあ、せっかくの美人さんなのにな。


「こいつ! メイドのくせに!」

「アリエナ様に口答えを……」

「そ、それに、わたしが本日こちらに来たのは来年からアミューリアに入学するので……こういった場での礼儀作法を教わるためです! 無知ゆえのご無礼は……謝罪致します。先程はぶつかってしまい、本当に申し訳ございません!」


ぶつかったのはわたしが悪い。

悪い時は誠心誠意謝るべし!

お嬢様に教わったことだ。

だからベティア様に、頭を下げて謝る。

許してもらえなくても謝る!

お嬢様ごめんなさい、わたし、またやっちまったです!

でも、わたしに今できることは……誠心誠意の謝罪はやります!

それでダメなら……わたしは……。


「許さないわ」

「!」


冷たい声が響く。

ものすごく、冷たい声。

さっきしたばかりの決意が揺らぎそうなほど、怒気を含んでいた。

顔を上げてベティア様を見るのが怖い。

じゃあ、どうしたらいいんだ。

わたし……他にどうしたら?


「私にぶつかってお前は飲み物を私のドレスにぶちまけたじゃない」

「⁉︎」

「ほら、こんなに濡れてしまったわ」

「なっ」


ベティア様のドレスは淡い朱色。

そのドレスに真新しい紫色が点々とついている。

……そんな、わたし……飲み物なんて持ってない。

いつの間に!


「これはローナ様に責任を取っていただかないと」

「そうですわね、ローナ様に責任を持って……」

「それにお前にぶつかられた拍子に胸のブローチの針が外れて私の胸に刺さってしまったわ」

「ええ、お前のせいでベティア様の胸のブローチが………………え?」


カチ、と音がした。

ベティア様の無表情な顔。

アリエナ様がなにかに気付いて、ベティア様を見る。

周りのご令嬢もベティア様の様子に少し、戸惑い始めた。

ブローチが付けられていたところには小さな赤いシミ。

…………そ、んな、それはレオ様がわたしの誕生日にくれた髪留め。

それを勝手にブローチに作り直して……その上、そんな……!


「酷い。酷いわ……ああ、痛い……こんな酷いこと、ありまして? ねえ、皆様……」

「べ、ベティア様、ちょ、ちょっと落ち着いて……? そ、それはさすがにやりすぎで……」

「ああ! 痛い! この子、私にぶつかって……ブローチの留め具が胸に!」

「ベティア様⁉︎」

「ま、まあ、大変! 誰か、誰かベティア様を救護室へ……」

「…………っ」


ガタン、とテーブルに肘をついてから床にしゃがみ込むベティア様。

ざわざわ、と大声に気付いた周りの人達もこちらを見る。

お嬢様も、ルティナ妃も、レオ様も、王様も……気付いてしまう。

わたし、わたしじゃ……。

でも……。


『誰が信じるというの?』



「……………………」


ベティア様がわたしを暗い目で睨む。

この人はわたしの髪留めを、エディン様からのプレゼントだと思ってる。

まるであの髪留めが、エディン様からわたしへの気持ちだと思ってるみたいに……そっと右手を添えていた。

違うんだけど、でも……ベティア様はエディン様が好きだから……わたしをこんなに嫌うんだ……憎むんだ。


エディン様が……。



「見るに耐えないな、ベティア嬢。今自分で刺したの、見えましたよ」

「!」

「⁉︎」


コツ、と靴の鳴る音。

背中に回される手の温もり。

温かい。

この温かさは知っている。

見上げると……エディン様。


「エ、エディン様!」

「それドレスに飲み物をこぼした位置も失敗だ。マーシャがぶつかったのは左でしょう? でも、今あなたが手に持っていたグラスは右だ。ぶつかったなら右に溢れるのでは?」

「え、あ、ちがっ……ち、違いますわ! こ、この子が持っていたグラスの飲み物が……」

「おや? それならなおのことおかしい。あなたもグラスを持っていたなら左右のグラスから飲み物が溢れていないと……? それにしては床もドレスも随分お綺麗だが?」

「………………っ」

「まあ、もっと言うならマーシャがグラスを持っていなかったのは遠目からも見えていたし、あなたが自分でドレスを汚したのも見ていた。ついでに言うとぶつかって溢れたならシミはもう少し広範囲にできるはず。そんな一点に落とすようにシミができていては説得力に欠ける。シミの大きさも均一ですしね……」

「…………そ、それは……」

「はっ!」


黙って聞いてたけど……た、助けてくれたと思ってちょっち感動しちゃったけど、待て!


「最初から見てたんか⁉︎」

「あ、悪い。つい。こんな場所でまさか堂々と始めると思わなくて」


もっと早く助けろ!

……と、い、言える立場じゃねーけどさ!


「だがまさか自分たちで虐めている現場を曝すとは……呆れてものも言えませんよ、アリエナ嬢」

「うっ。……い、いえ、これは別にイジメだなんてそんな……ちょっと注意申し上げただけですわ。そ、その、その娘はあまり慣れていないようでしたから? そ、そうです、これは指導ですわ。パーティーでの礼儀作法を、指導して差し上げていたんです! ね、ねえ? 皆さん?」

「え、ええ……」

「そ、そうですわ。それにそもそもメイド風情が『女神祭』という伝統ある城の舞踏会に参加するなんて身分不相応もいいところではありませんか?」

「ええ、そうよ、そうですわ」


そうだ、そうだ、と周りの大人もやや困惑気味にわたしを見る。

メイド?

あの子メイドなのか?

メイドがなんでドレスを着てパーティーに?

と、言う声が上がり始める。

……まあ、そだよね……わたし、メイドだもん。

いるのはおかしい。

それも、ドレスで着飾って……。

そんなの分かって………………。


「黙れ!」

「⁉︎」

「⁉︎」


え?

あ、あまりの大声に、会場が一気に静まり返る。

そして振り返った先には……お、お、お、王様〜〜⁉︎


「へ、陛下⁉︎」

「! お、お待ちください陛下!」


レオ様とルティナ様が陛下に駆け寄るよりも、陛下がわたしたちの方へ歩み寄ってくる方が早い。

ドスドスと音を立て陛下は近付いてきた。

そしてアリエナ様やベティア様に大きく口を開けて言い放ったのだ。


「不相応だと? 俺の娘が城のパーティーに参加することの、何がおかしいというのだ⁉︎ 言ってみろ⁉︎」

「わーーーーー!」

「…………馬鹿男……」

「…………あ、あぁ、陛下……」


両手で頭を抱えるレオ様。

片手で頭を抱えるルティナ様。

そして、両手で口元を押さえるお嬢様。


「……まさかだろ……」

「………………………………。ん?」


陛下の後ろで頭を抱えるディリエアス公爵様。

わたしの横で目が遠くなるエディン様。

凍り付く会場。

1人プンスコ怒る王様を、義兄さんが羽交い締めにして玉座の方へと引きずっていくのが見えた。

え、義兄さん、そんな王様を羽交い締めにして引きずって……、……。


んえ?



「……今なんか……」

「え? むす、え?」

「陛下の娘? 陛下が娘って、言わなかったか?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」



……………………え?








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[良い点] > 「『女神祭』と、年末の『星降りの夜』も迎えに行ってやるよ。その後も、ずっと……毎年迎えに行ってやろう」 ニヤニヤしてしまいますね!
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