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第三章 27.自由と開放

「ネム、聞いてくれ。クーが、助かるかも知れない!」

「――ホントなの!?」


 家に着いてクーが寝ているのを確認した後、ネムに教会であった出来事を伝えた。

 本当はクーも起こそうかと思ったのだが、クーは病気のせいかうなされたりしていてあまり身体が休まっていない。


 今は寝かせてあげよう。


 ネムは潤んだ瞳でその話を聞き終えると、しばらく黙った後、何度も頷いた。


「……できるよ!」


 その眼は希望に持ち溢れている。

 きっと『何でも分かる帽子』で確認したんだと思う。


 ネムによると、普通の人間では出来ないようだが、魔力の数値の高いオレなら出来るそうだ。

 確かにオレの魔力は、『理想郷ユートピア』の奴らを倒した時にソウルイートしたおかげで、現在は100を超えている。

 MPは魔力が高ければ高いほど魔力濃度が濃くなるようで、『命令』にオレのMPを込めれば無理を聞いてくれるだろうとの事だった。


 その事を踏まえて、オレたちは作戦会議をした。

 

 まず、今回の件で「病気を治せ」と『命令』してはいけないとネムに言われた。

 何でもその場合、クーに病気を治す力が無いので命令を果たす事が出来ないため、クーを余計に苦しめる結果になると言うのだ。


 そして、『奴隷の魔法的拘束を弱める』事も『命令』出来ない事が分かった。


 なぜかと言うと答えは簡単。

 それはクーが出来る事ではないからだ。

 

 だが、この奴隷拘束魔法には一つだけ抜け道があったのだ。


 それは『権利を与える命令』をする事。

 つまり、『奴隷の魔法的拘束を弱める事』は出来ないが、『結果的に弱くなってしまえばいい』という事だな。




 さて、作戦会議が終われば実行するだけだ。

 

 オレはクーに対して『命令』をする。


「オレは『命令』する。クーアスティルに『自由権』を与えよう。これはオレが思い付く限り、目いっぱいの自由だ。オレが主人の間は、奴隷の規則に従わなくていい。人としてオレが与えられる限りの自由を、クーアスティルに約束する!」


 その瞬間、一瞬だけクーを中心としてもの凄く冷たい風が吹いた。……気がした。


「……なんだったんだ。今の?」

「……さあ?何か強い精霊の力が働いたみたいだけど……」


 ネムでも分からないのか。

 ひょっとしたら『手つなぎの精霊ニコラ』拘束を弱めた反動か何かかな。


 まあ、今はそんな事よりクーの事だ。


「……どうだ?クーの様子は?」

「……うん。体力が3で安定してる。これなら回復魔法だって効くよっ!」


 ネム、は急いで回復魔法の演唱を始めた。

 オレもカトリオーナ司祭にもらった指輪をはめ、回復魔法を唱えながらクーのおでこにそっとふれる。


 まだクーのおでこは冷たい。

 結局、クーの体温が上がらない原因は分からなかったが、これでクーの病気が良くなればいいだろう。


 ……それにしても、安心したからか身体が一気にだるくなった。


 自身のステータスを確認すると、MPがほとんど持って行かれている。


 『手つなぎの精霊ニコラ』って善意の精霊じゃなくて、やはり、ただ単に意地汚いだけなんじゃないか?

 そんな事を考えながら座り込んでいると、クーが目を覚ました。


「……おはよう、ございます……」

「おはよう。起こしてしまったみたいだね。……気分はどうだ?」

「……はい。すこしだけ、らくになったきがします……。なにか……ごしゅじんさまが……?」


 クーに奴隷契約を弱めた話をしようかとも思ったが、難しい話は体調が良くなってからでいいよな。


「ああ、魔法をちょっとね」


 そう言って、オレはクーの手を取った。


「夕ご飯まで、もう少し寝ていなさい」

「……ボクも、ボクもっ!」


 ネムもクーの手の上に肉球を乗せる。


「……ありがとうございます。……もう少し、だけ……」


 そう言って、クーはまた眠ってしまった。




 3日ほど経過した。

 この3日の間で、クーの容体は回復に向かっていた。


 具沢山野菜スープパスタも美味しそうに食べてくれた。

 今回は工夫してローリエなんかも入れてみたんだが、やはり味に深みが出ないんだよな。


 味は微妙だと思うんだが、クーのリクエストだしな。

 ネムも文句を言わず食べてくれたよ。


 クーは身体に相当疲労がたまっていたのか、一日のほとんどを寝ている。

 大分良くなって来たので起きた時に「自由権を与えた」という話をした。


 ……難しかったのか、キョトンとしていたよ。


 まあ、元々オレはクーを奴隷として扱うつもりも無いし、無理な『命令』をするつもりも無いので、今までと変わらないんから別にいいんだけどね。


 ネムも安心したのか、クーと一緒になって良く寝ていた。


 このまま良くなってくれたらいいな。と切に願う。


 ふと、ある時、なぜクーに強力な魔物に使うはずの『第一級高等奴隷契約魔法』を使っていたのか疑問に思った。……本当に今になって、だがな。


 そして、アリスターが言っていたという「白い闇族のエルフは危険」という言葉。

 初めはオレへの嫌がらせかと思っていたが、何かが引っかかった。


 ……クーに限って、オレたちを騙すようなヤツじゃない事くらい分かる。

 だが、嫌な予感が収まらなかった。


 ――このまま、何も起きないでくれよ。


 オレは、そう願う事しか出来ないでいた。




 クーの奴隷魔法を弱めてから4日が経った。

 今日は大雨が降っていたが、食材の買い出しの為、いつもの商店街へ向かう事にした。


 一昨日、ネムもランドルのおっさんと教会に遊びに行った。

 子供たちと遊んでリフレッシュしたみたいで元気いっぱいだな。

 なので、今日ネムはお留守番だ。


 クーの容体はほとんど回復しているとはいえ、まだ病み上がりだ。

 それに『理想郷ユートピア』の残党の仕返しが来るかもしれない。


 まだ一人にはしておけないんだよね。


 今日は、久しぶりにこってりした料理でも作ろう。

 牛肉の煮込みと、サラダに……ソーセージも食いたいな。

 いや、クーの身体を温める為に、生姜を使った料理のレシピを八百屋のおばちゃんに聞いてみようか……。


 最近商店街の人たちによく声を掛けられ、ついつい長話をして時間が遅くなってしまう。


 そろそろ夕方だ。

 さっさと買い物を済ませて家に帰ろう。


 オレは早足で家に向かって歩みを進めた。


 その時だ。

 ネムから念話があった。


《ハルト、大変だよっ!クーが、クーが!》


 かなり切羽詰った声だな。

 今日クーは体調はいいが、念のため寝てもらっていたはずだ。


 まさか、クーの容体が急変したのか!?


《ネム、落ち着いてくれ。何があった?》

《それが――》


 オレはネムの話しを聞き、大急ぎで走り出した。




 家に着いた。

 家の周りの雨が凍り付き、地面や、屋根からツララのように氷が生えている。

 

 ……嫌な予感が当たってしまった。


 ネムによると、クーが目を覚ました途端冷気が彼女を包み込み、部屋中が凍り付いてしまったらしい。


 扉が凍り付いていたが、無理やりこじ開け中に入る。

 そこには真っ青な顔をして立ちつくすクーと、どうしていいのか分からずオロオロとしているネムが居た。


 こういう時は、平然と行こう。

 うん。何事もなかったようにな。


「たっだいま。……大丈夫かい?」

「……ご主人さま……わたし、わたしっ……」


 クーがオレの声を聴いた瞬間、床に倒れこむように泣き崩れてしまう。


 部屋の中が、ものすごく寒い。

 業者用の冷凍庫ってこんな寒さなのかもしれない。


 オレとネムは、『完全なる肉体』の全属性耐性のおかげで「ものすごく寒い」程度で済んでいるが、普通の人間では、しばらくこの中に居たら凍死するかもしれない。


 ……なるほどな。

 やっとクーが『危険』だという意味が分かった気がする。


 この冷気を、強引に抑え込んでいたんだ。


 だが、クーが例え危険だとしても家の子に変わりは無い。

 ……そもそも、確認せず奴隷魔法を緩めたオレが悪いんだ。


 オレは元気づけようとクーに近寄り、肩にふれる。


「――イテッ!」


 針に刺されたような強烈な痛みに、思わず声が出てしまった。

 見るとオレの手が凍り付いてしまっている。

 

「キャー!ご、ご主人さま……ごめんなさい!……ごめんなさい!……そんなっ……もうこんなことにはならないと……なんで?……どうして!?」


 クーはパニックに陥ったのか、必死にオレに謝り続ける。


「だいじょうぶ。……治療の波(ヒールウェーブ)。……ね?ハルトは何ともないよ。だいじょうぶだよ」

「ああ、大丈夫だ。――さっきのは、ビックリしただけだよ」


 オレはクーを安心させようと、またさわろうとして――


「――わた……わたしにっ、さ、さわらないでください!」


 そう言うと、クーは逃げるように自分の部屋に入ってしまう。


 ……完全にオレのミスだ。


 その後、ネムが部屋に入ろうとしても、クーはカギをかけて入れてくれなかった。


 あまりに部屋が寒いので、暖炉に火を付けてもすぐに消えてしまう。

 風呂にお湯をはってもすぐに凍ってしまった。


 今までクーが火に近づかなかった理由が、やっと分かった気がした。


 オレたちは、なんとかクーの力になりたかった。

 部屋の外から何があったのか聞いてみるのだが、なにも答えてくれない。

 ただただ、泣くばかりだ。


 その内に、家の寒さが少しずつ和らいできた。

 寒さが和らぐと、少しずつまぶたが重くなっていく。


 ネムも張り詰めて糸が切れたようで、身体を丸め寝てしまったようだ。


 クーを包む正体不明の冷気が和らいで来たのかもしれない。

 そんな希望が脳裏を過る。


 朝になったらもう一度クーに聞いてみよう。

 オレも眠気に逆らえず、そのまま寝てしまった。




 次の日、雨は止んでいた。

 朝からポカポカと日が差し込んでいる。


 部屋の中にいるクーに、何度も声をかけるが返事をしてくれない。


 ――まさか。


 オレは強引に扉を開けて中に入る。


 クーの部屋はもぬけの空。

 クーの姿も、クーのお気に入りの毛布もそこには無かった。

 

 オレのせいだ。

 オレが奴隷魔法を弱めたから。

 なぜオレは気付いてやれなかったんだろう。


 今思えばヒントになる出来事は沢山あったんだ。


 クーにふれるとひんやりと冷たかった。


 火の近くに近寄らないクー。

 風呂の後に震えていたクー。


 体調が良くなると部屋が寒くなり、体調を崩すと暖かくなる。

 もうすぐ夏だというのに、クーは寒さでいつも毛布を被っていたんだ。


 考えればまだまだ、ヒントは出てくるだろう。


「……ハルト」


 ネムがオレを見つめる。


 こんな時、どうすればいいんだ?


 クーは家族だろ?

 クーは、オレを傷つけてしまった事にショックを受けて、居なくなってしまったんだ。


 どうやって連れ戻す?

 どうやって説得する?


 何も思いつかない。


 ……それ所か、段々とイライラしてきた。

 確かに今回の一件はオレのせいでもある。


 ……だがな。

 何があったのか知らないが、もう少し、オレを信じてくれてもいいだろ?


 オレってそんなに頼りないか?

 逃げる事ないだろ?


 話してくれたっていいじゃないか!


「ネム!……もう考えるの、めんどくせぇ!――アイスクリームを作ろうぜ!?」

「……ああ、ハルトがダメだ!しっかりしてよっ!」


 オレは怒りのままに貯蔵庫に向かい、ありったけの材料を持ち出したのだった。




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