第三章 26.悪化
それから、3日ほど経過した。
クーの風邪は悪化の一途をたどり、もはや自力で起き上がる事も困難になっている。
モニカ先生にもクーの熱の上がらない原因は分からず、ただ時間だけが経過していった。
モニカ先生が可能性の一つとして挙げたのが、強い奴隷魔法によって強引に体力が下げられているせいで、身体の抵抗力が上がらず、風邪が悪化しているのではないかという事だった。
こんな時の医者はどこの世界でも冷酷なようで、このまま行くと2~3日が峠、もしこれが治ったとしても、この状態ではもう何年も持たないだろうと言われてしまった。
それはまるで、片手間にTVドラマを見ているように、オレの心に入ってこなかった。
……拒絶したんだと思う。
オレとネムは、その間何もしなかった訳では無い。
まず、数時間置きに回復魔法を当て、クーの病気に対する抵抗力の底上げをして行った。
そして『何でも分かる帽子』で病気を治す方法も当然調べた。
……結果は、通常の治療法しか分からなかった。
オレは、ソウルイートで相手の基礎能力を吸い取る事が出来るなら、逆に分け与える事も出来るのではと思い、その事も『何でも分かる帽子』で確認したのだが、現状オレたちの力ではその方法も不可能であった。
何とか治す方法が無いか、モニカ先生に確認すると「奴隷契約を弱めるしかないわね」と言われた。
なんだ、答えは簡単じゃないかと、オレは奴隷商の元へ交渉に向ったのだが、結果として分かった事でオレたちの望みは絶たれてしまった。
奴隷商によると、クーの奴隷契約魔法はあまりに高度な為、王都か、北の城塞都市の奴隷市場くらいしか扱える者は居ないらしいのだ。
さらにクーにかかっている奴隷契約魔法は、『第一級高等奴隷契約魔法』と言い、国の法律で解除する事を禁止しているという事が分かった。
状況は完全に八方ふさがりだった。
オレは、クーの頭をなでる。
今日はほとんどご飯を食べる事が出来ていない。
水分は、モニカ先生から借りた病人用の急須みたいなやつで与えている。
『吸い飲み』と言う名前らしい。
「……ごめいわくばかり……ごしゅじんさま…………なさい」
この所、クーは謝ってばかり、来たばかりの頃に戻ってしまったみたいだな。
ただオレがいると、どんなに辛そうでも色々話してくれるようになった。
病気で心細いのかもしれないな。
「クーのせいじゃ無いよ。……オレ、料理下手だからさ。もっと料理上手ければ、いっぱい食べられて、風邪なんかすぐに治っちゃうのにな。……ごめんよ」
「……そんなこと……おいしいです。……さまのりょうりは……たしはいつも、お腹いっぱいごはんが、食べられたら……いいなって、そうぞうしていました。……でも、……になってみると……たべられないんです」
こんな時にまで気を使われてしまう、自分の無力さがたまらなく悔しい。
もっとわがまま言ってもいいのにな。
「治ったら、いっぱい食べような。――何が食べたい?」
クーはしばらく黙ってこう言った。
「……はじめに……べさせてくれた……スープ……おいしかったです」
……初めに食べたスープ。
あの適当に作った『具沢山スープパスタ』の事か?
「……なんだよ。そんなんで良かったら今日の晩御飯にでも作ってやるよ。これからは何でも言ってくれよ。クーの願いだったらどんな事だって叶えてやるからな」
「……じゃあ……手を」
クーはしばらく目を閉じた後、ゆっくりとオレに向かって手を伸ばす。
オレはその手を握りしめた。
「……えへへ、……うれしい」
その後しばらくして、クーは安心したのか眠ってしまった。
オレはクーが眠るまでずっと手を握っていた。
しばらくして、ネムがやって来た。
……もう交代の時間か。
ここ2日は、ネムもクーの事が心配の様でほとんど寝ていない。
ネムは今にも泣き出しそうだが、クーが目を覚ますといつもの元気なネムに戻る。
必死に演技しているみたいだ。
「……ネム。オレ、少し調べ事して来るよ」
「分かった。……できれば早く帰って来てね。クーはハルトが居ないと、すごくさみしそうで、心配するんだよ」
そうなのか?
オレはてっきりネムがいれば平気だと思っていたんだがな。
だとしても、じっとはしていられない。
何か方法を探さないとな。
オレはクーを救ってやりたいし、ネムのこんな表情だって見て居たくない。
二人ともオレの家族で、オレが助けないとな。
オレは藁にもすがる思いで、カトリオーナ司祭が居る教会に向かった。
昼間に来る教会は久しぶりだ。
どうも最近、この教会は儲かっているようで、お客さんが沢山いるようだ。
『儲かる』とか『お客』とかの表現が正しいか分からないが、この場合信者が増えた訳では無く、治療に訪れる冒険者の数が増えているという感じだな。
鎧への加護を与えていた宣伝効果なんだとか。
見ると、ミィーカがお澄まし顔で怪我をした冒険者を案内している。
こうやって見ると、本当に清楚で可憐なシスターだ。
冒険者の顔は真っ赤で、明らかにミィーカを意識しているようだ。
オレが手を振るとミィーカは優しい笑みでお辞儀をしてくれた。
内面を知らなければ、オレも騙されていたかもしれない。
キャバクラのボーイさんって、こんな心境なんだろうか。
オレは手が空いている僧侶さんに声を掛け、カトリオーナ司祭が居る場所まで案内して貰った。
今回、カトリオーナ司祭に最上位の回復魔法の魔道書が借りられないかの相談をする予定だ。
ネムによれば、上位の回復魔法で身体の抵抗力を上げる魔法は存在しているらしい。
ただ、クーは魔法の効きが悪いので、最上位の魔法を応用して病気そのものを治せる魔法を作り出す事が出来ないか検証する予定だ。
開発には時間がかかるかもしれないが、何もしないよりやってみる価値があると、オレは思う。
その魔法が完成したら、クーをこの国から連れ出して、奴隷契約を解除すればいい。
オレに今できる事は、そのくらいしか思い付かなかった。
カトリオーナ司祭にその事を説明すると、快く魔道書を持って来てくれた。
彼女によると、この魔道書はエドワード大司祭の私物らしい。
本来は、一般人に見せていい代物じゃないのかも知れないな。
「これも、持って行きなさい」
そう言ってカトリオーナ司祭は、オレに指輪を渡してくれた。
「……これは?」
「回復魔法の効果が上がる指輪よ。エドワードの遺品なの。彼だって、貴方に持っていて欲しいと思うはずだわ」
「……そんな大事なもの……いいんですか?」
今の状況で「頂けません」とは言えない。
ほんの少しでも希望が欲しかった。
「ええ、もちろんよ。……私だって出来る事はしたいもの。それに、長らく戦争が続いていますが、光と闇のハーフェル様は、助ける者を区別しないわ。その子の病気が良くなるよう、協力は惜しまないつもりよ」
「ありがとうございます。……ですが、いいのですか?オレが助けたいのは闇族のエルフですよ。こんな事まで、本来は教会がするべきではないでしょう?」
戦争には教会側も加担しているはずだ。
『光と闇のハーフェル』が死だ事により、その教えは『光の使徒アルケイン』派と『闇の使徒ユリース』派に分かれている。
主に竜人族・エルフ(彼らは光エルフと名乗っているらしい)・人間族側が『光の使徒アルケイン』派。
魔族・闇エルフ・獣人族『闇の使徒ユリース』派だな。
光と闇。
これはどちらが『悪』とかではないはずだが、お互いがお互いを憎み合っているのが現状のようだ。
何でも人間側は『善なる種族』なんだとか。
善の定義はオレには分からないが……まあ、どんな戦いでも大義は必要だという事だろう。
いきさつは詳しくは知らないが、『光と闇のハーフェル』が死んで、思想が真っ二つに割れたのが『竜魔大戦』の実態だとオレは思っている。
確か、この教会でよく「光は人々を導き、また死者を安らぎから目覚めさせる。そして闇は人々に安らぎをもたらし、また死の恐怖を与える」うんぬんかんぬんとのたまっていたはずだ。
どちらも良い面と悪い面がるというのが、本来の教えのはずなんだがね。
「……『聖光派』の事を言っているの?確かに彼らはうるさいでしょうね。でも、私は古い考え方が好きなのよ。気になさらないで」
そう言って、カトリオーナ司祭は微笑んでくれた。
……どうも先ほどトゲのある言い方をしてしまったようだ。
クーの病気が治らないストレスを、教会や国にぶつけてしまっている。
確かに法律が無ければ、奴隷制度が無ければ、クーは助かる。
だが、きっと奴隷制度だって、『第一級高等奴隷契約魔法』を国の法律で解除する事を禁止している事だって、必要な事なのだろう。
奴隷制度に関しての難しい問題は分からないが、危険な魔物にかける魔法を簡単に解除させたくない気持ちは分かる気がする。
戦争に関しても、オレが関係していなければ、本来は「勝手にやってくれ」程度に考えていたはずだ。
訳も知らないのに自分が不利な立場になった途端、攻撃的に他者を批判するのも何かが違う気がするんだよな。
オレがそんな事を考えていると、カトリオーナ司祭が気を利かせてお茶を入れて来てくれた。
一口、口に含む。
どうも、気を張り詰めすぎていた様で、お茶を飲んだら少し肩の力が抜けた気がした。
……もう一杯だけ頂いて、お暇させてもらおう。
オレは先ほどの非礼を詫びた後、おっさんとモニカ先生の様子を肴にカトリオーナ司祭としばらく談笑した。
ネムも最近根を詰め過ぎている。
どこかで一度、ガス抜きさせてやるのも必要かも知れないな。……そんな事を思った。
「おっ、さっきはひどい顔してたけど、大丈夫そう……ですね」
部屋に入って来た瞬間、ミィーカはオレにそんな事を言う。
ミィーカはカトリオーナ司祭に頭が上がらないらしく、彼女の前だけはオレに対してまで敬語で話すんだ。
「ひどい顔」は元からだから、あまり言わないで欲しい。
「普通に話してくれていいぞ」
「お、おう」
カトリオーナ司祭は、ミィーカが来ると「お茶を持ってくるわね」と言って席を立った。
いいのかよ、上司だろ?
まあ、ここは家族みたいな感じだから気にしていないのかも知れないな。
オレは最近の状況をミィーカに話す事にした。
こういう場合、人に話すと解決はしないが、心のモヤモヤが少しだけ晴れるんだよな。
モヤモヤが晴れれば、後は目標に向け走るだけ……だよな。
ミィーカも、オレがクーを奴隷にした事をランドルのおっさんから聞いていたらしく、割と親身になって聞いてくれた。
途中ミィーカは闇族のエルフをどう思っているか気になり聞いてみた。
「確かに闇族のエルフは少しこわいけど、お前が『いい子』って言うならそうなんだろ?ここのみんなもそう言うと思うぜ?」
ミィーカは照れながらそう言ってくれた。
オレ、不覚にも涙が出そうになったよ。
オレは「風邪が治ったらぜひ友達になってやってくれ」と伝えた。
ミィーカは「そうだな。……初めは友達だよな!」と言ってくれた。
「初めは友達」だから、次は「心の友」にでもなるつもりなのだろうか?。
オレ、こういうピンチの時に優しいヤンキーって好きだ。
初めは「気が合わない」なんて思ってごめんよ!
全て話し終えると、ミィーカは少し黙ってしまった。
心配してくれているのかも知れない。
こいつ、意外に心優しいやつなのかもな。
カトリオーナ司祭はそのまま帰ってこなかった。
彼女も忙しい中オレに付き合ってくれたのだろう。
しばらく黙っていたミィーカが何か思い付いたように、照れながら話し出す。
「……あのさ。私、魔法の事は勉強中でまだよく分から無いんだけどさ。……契約魔法の『手つなぎの精霊ニコラ』って、善意の精霊さまなんだろ?だったら、主人が病弱な奴隷の為に『奴隷拘束を弱くして~』って命令したら、弱くしてくれるんじゃねぇーの?」
「なっ……!」
開いた口がふさがらない。
次の言葉が不覚にも出て来ないよ?
「……おい、何黙ってんだよ?私だって真剣に考えたんだからな!」
「……ハハハハハッ!」
オレは思わず乾いた笑いをしてしまう。
「おい、笑うなよな!?――ば、ばかにしてんのかよ!」
ミィーカは照れ半分、怒り半分といった具合に、オレの胸倉をつかむ。
だがオレは、ミィーカをバカになんかしては居ない。
オレは、この瞬間はっきり分かったんだ!
「……お前、天才か?」
「……へっ?」
オレたちはしばらく見つめ合う。
ミィーカの顔が少しだけ赤い。
「ありがとう!これであの子は助かるかも知れない!」
オレは思わず、ミィーカの肩をガシッと掴む。
すごい発想だ。
何故気が付かなかったんだろう?
そうだよ。
初めから『命令』すれば良かったんだ!
オレは、何度もミィーカのにお礼を言って教会を後にすることにした。
こうしちゃいられない。
さっそく試さなくてはな!
「なあ、本当に私も行かなくて大丈夫か?……あんまり寝てないんだろ?」
帰りがけも、ミィーカはオレたちの事を心配してくれたらしく「ついて来てくれる」と言う。
「いや、大丈夫だ。クーはまだ人間がこわいみたいでな。治ってからお礼もかねて挨拶に来るよ」
「そうかよ。じゃあもう、無理には言わない。ただ、何にしろ、母……いんや、女手があった方がいいぜ?……こう見えて私、子供にも好かれるタイプだし……最近料理にハマってるんだ。何でも言ってこいよ!」
オレが思うに、ミィーカは「子供に好かれる」んじゃなくて、オレと一緒で「子供に遊んでもらう」タイプなんだがな。
まあ、そんなツッコミをする気は無い。
何たって、ミィーカは回復魔法こそ使えないが、八方ふさがりの状況をぶち壊し、クーを救う恩人だ!
「ありがとう。気持ちだけでもうれしいよ。――お前いいヤツだな!」
「あっ、ああ、あれだよっ!ほらっ、私は子持ちでも……気に、気に、気にしないからな!?」
ミィーカは、顔を真っ赤にして変な事を言った。……気がする。
……きっとあれだな。
こいつもオレと一緒で褒められ慣れてないんだろうな。
オレも褒められると変な事を言ってしまう経験あるもの。
こういう時は華麗にスル―するのが大人のたしなみってもんだ。
「おう!お前、最高のシスターだぜ!」
オレは再度ミィーカにお礼を言って、教会を猛ダッシュで後にした。




