第三章 25.剣の巫女の遊び②
リリィのヒゲが、ハラリと地面に落ちた。
……ああ、付けヒゲだったのね。今更だが、考えれば怪しい点は多かったんだよな。
親父の「ヒゲは文化」発言といい、リリィの態度といい、赤ちゃんに似つかわしくないこわいヒゲといい……。
「付けヒゲは気付いてたんでしょ?……もう、要らないわ」
あの、いや、気付いてませんでした。……とはもう言えないよね。
「あっ、ああ、そうとも。……いいのか?ドワーフにとって『ヒゲは文化』なんだろ?」
「……本当は性欲の強い人間族から、女性を守るための変装なの。……でも貴方はいいわ。人間族かも怪しいし、ドワーフの恩人だしね。……それに――」
「それに?」
「――秘密」
リリィは頬を赤く染め上げ、オレにウインクする。
オレはしばらくリリィを見つめた後、はっと目をそらす。
……この子、ヒゲが無いと本当に可愛いな。
ロリじゃ無い(もはや自信が無いが)オレでもクラクラしてしまった。
「念のためだけど、この事は他の人間には内緒よ?」
「……あ、ああ」
「秘密ってドキドキするわね?……さて、手合せよ?」
見た目と発言のギャップにドギマギしてしまうオレだが、『手合せ』だけは頂けない。
オリヴィアの件でも十分反省しているが、やりたくたくない事はなるべくやらない主義だ。
「オレは『手合せ』は嫌いなんだ。……知り合いに殺しの技を使いたくない」
「貴方の事は『大虎殺し』から聞いているわ。……じゃあそうね、これは『遊び』よ。私とチャンバラごっこしましょう?」
「あのな、言い方変えてもダメ!……オレはそういうの苦手なの」
「あら、私からの遊びのお誘いを断るなんて……さみしいわね?――貴方の癖が分からないようじゃ、無暗に『突刺し姫』に手を入れたくないわ。どうするの?」
「……オレの型稽古なり、なんなりを見せればいいんじゃないか?」
「ダメよ?……言ったでしょ、この剣は完成されているって。私は中途半端な仕事は嫌いなの」
うう、この子との口喧嘩は勝てそうも無い。
とは言え、シャムロック氏の剣を他の職人に見せたくは無い。
やはりオレ、この子の実力は認めて居るんだよな。
どうもこの話は、オレに拒否権は無さそうだ。
「あくまで遊び……だからな?」
オレは、しぶしぶリリィとの『遊び』を承諾した。
場所を店の裏庭に移した。
ここは鍛錬場になっており、かなりの種類の武器が立てかけてある。
オレは使った事は無いが、商品の試し斬りなんかをさせる場所……かな?
オレはその中から、衝撃吸収用の綿を皮ひもで巻き付けた木剣を手に取った。
これなら、軽く叩く分には安全なはずだ。
もちろん両手持ち可能なバスタードソードサイズだな。
確かリリィは『剣の巫女』と名乗ってはいるが、剣術のスキルは持っていないとネムから聞いている。
一度適当に遊べば本人だって満足するだろう。
……さっさと終わらせるか。
「……えーっと、今日はこれにしようかしら?」
リリィは、2mはありそうな木剣を手に取った。
……女の子がお洋服を選ぶような言い方だな。
リリィの身長では、その剣は扱えないだろう。
武具を作るのは超一流だが、剣術はからっきしダメなタイプなのかも知れない。
「本当にそれを使うのか?」
少し心配になりオレは尋ねた。
「そうよ?……私の事を教えてあげる。ここはね、私の為の訓練場なの。……練習は退屈で嫌いだったけどね」
確か親父もリリィは飽きっぽいって言ってたっけな。
「そうかい。――とっとと始めようか」
「油断しているの?確かに私は背も小さいし、剣術も使えないわ。……でも私は『剣の巫女』よ?」
言葉の後、剣道の下段の構えに似た構えを取るリリィ。
その姿が何とも絵になるのは、相当武器を持ちなれている証拠なのかもしれない。
――武器に愛される娘か。……なるほどね。
そして、その姿は、負ける気はないという自信を感じさせる。
確かにこの子からは、弱者には到底出せない『強者の気配』みたいな物があるんだよな。
「……分かったよ。油断しない」
「ありがとう。……じゃあ、遊びましょ?」
そう言って、リリィは剣の先を地面につけた。
その反動で少しだけ剣の先端がバウンドする。
そして――突如、剣の先端がオレの目の前に現れた。
「――なっ!?」
オレは慌ててその突きを身体でそらし、よける。
だが、その突きは突如軌道を変え、横なぎに変わりオレに襲いかかる。
オレは強引に後ろに下がり、何とかその横なぎをかわす事に成功した。
距離を取ると、リリィが身体を軸に木剣を回転させ、肩に担ぐと、口元を上品に引き上げ微笑んだ。
「……よく避けたわね。目もいいのかしら?」
その後もトリッキーな動きでオレを翻弄するリリィ。
これは、こんなもんは『剣術』じゃない。
……「遊びましょう」とはよく言ったもんだ。
リリィが、剣を『遊ばせて』いる。
ありえない位置から斬撃が来たかと思うと、それは突きに変わり、避けたか思うとリリィの蹴りがオレに飛ぶ。
リリィがやめない限りその連撃は続き、剣に振り回されるのを利用し、縦横無尽にオレを攻撃してくる。
これは、『円の剣陣』でも捕えきれない動きだ。
そもそも『円の剣陣』は剣術、もしくは生物の動きに対応した『後だしジャンケン』のような剣術だ。
それは動きの法則を見極め、型に照らし合わせると言う事。
だが、リリィの動きは、まるで法則の無い無秩序な攻撃を繰り返しているだけ。
ジャンケンをしているのに、ルールを知らない素人が強引に殴りかかってくるようなものだ。
……いや、それより性質が悪い。
リリィは相手が嫌がる動きを読み取り、あえて剣術に無い動きを閃きで行使している。
呼吸も間合いもめちゃくちゃだ。
これは明らかに、対・円の剣陣用に考えられた動き……だな。
リリィは連撃の後、バックステップし、息を切らせてオレを見る。
「……面白いわね。貴方も『円の剣陣』を使うの?――まさか、貴方の正体はシャムロック。……なんて言わないわよね?」
「……オレがそんなに年寄りに見えるかい?」
「……いいえ?……もう17と言うのは信じられないけどね。……そうね。貴方の剣術の根本は、確かに両手持ちの片刃剣を使う武術だわ。……相当切れ味が鋭かったんじゃない?その中で貴方は、突き技が得意。……なるほど、『円の剣陣』との相性もいい。『突刺し姫』を両手武器にしたい訳だわ」
ほぼ正解だ。
切れ味が鋭いというより、当てる為のスポーツだっただけだがな。
……なんだか、過去を探られているようでいい気はしないな。
「無駄口叩かず、続きをやろうか?」
「いいえ。……少し休ませて?これは『遊び』なの。私の体力では貴方に敵わないわ。長く続けたいじゃない?……こんなに楽しいのは久しぶりなの。……まるで、貴方に出会った時みたい」
リリィは胸に手を当てて、呼吸を整えながら話を続ける。
「……そうね、私の話しの続きよ。私はね、『剣の巫女』として、この地にある『突刺し姫』を壊す為に生まれたの。……退屈だったわ。もう生きる目的が決まっていたんだもん。成人を迎えたらシャムロックに挑戦する予定だった。ドワーフの恥を恥を雪ぐため……だけにね?……今まで何人もの巫女が、シャムロックに敗れたわ。――そこに、貴方が現れた」
リリィは「楽しい」と言いながら、表情は一切変わっていない。
この子は確かにある種の天才だが、シャムロック氏はそれ以上だろう。
さらにシャムロック氏は、アンデットで体力なんか関係ない。
もし仮に彼女に体力があり、無限に連撃を続けられれば勝機はあるが、その小さな身体には限界がある。
死ぬために今まで生きてきたと言う事か。……それは、やる気など起きるはずないよな。
「貴方と出会う前に、夢を見たの。……それは、私が作った帽子を被る男がシャムロックを倒す夢。……そう、貴方は私の生きる目的を奪った男よ?そして貴方は、生きる喜びを教えてくれた男でもあるわ」
リリィはそう言った後、しばらく黙り「……そろそろ、はじめましょう?」と言った。
オレはリリィの攻撃をかわし続けた。
攻撃なんて、出来るはずがない。
リリィは「遊び」と言いながら、全身全霊でオレにぶつかってくる。
やはりオレは、リリィに殺しの技を使う事は出来なかった。
リリィに怒られるかもしれないが、オレはとんだ甘ちゃんでチキン野郎だ。
リリィは「生きる喜びを教えてくれた」と言っていたが、見つけたのは彼女自身だとオレは思う。
オレは面白半分に前の世界の知識をひけらかしただけ。
結果的に上手く行ったが、全てリリィの努力の成果だ。
途中何度か危ない場面があり、オレは剣を使って防いだりいなしたりした。
そのオレの仕草を見て、リリィは満足げな表情を見せる。
――そして、リリィの『遊び』は唐突に終わった。
「……さてと、終わりにしましょ?……貴方は優しいのね」
「……どうかな。引き分けって事にするか」
「いいえ、私の完敗よ?楽しかった。……貴方の癖も分かったし。未だ貴方の為の最高の武器は作れないけれど、『突刺し姫』を貴方好みの子に仕上げてあげるわ」
そう言って、リリィは武器を置を置いた。
作業場に着くと、リリィは「とりあえず」と言って、「突刺し姫」の持ち手の改造に取り掛かった。
持ち手の部分は、何とも言えない特殊な形状になった。
一番近い形はイナズママークか?
そして、持ち手の中間と柄頭に、真鍮で重さのバランスを取り完成した。
本当は真鍮の部分に魔力伝導率の高い魔法銀を使いたかったそうだが、現在、在庫が切れているそうだ。
リリィは「少し重くなったけど、前よりバランスは良くなったはずだわ」と言っていた。
オレも2~3回振らせてもらったが、かなり良い出来だと思う。
というか、細かな所は実際に斬ってみないと分からないんだよね。
リリィがオレの為に改造してくれたなら、それを信用しよう!
そして「最終的な調整は魔法銀が届くまで待って欲しい。それまでに改善個所を見つけてくれ」と言われた。
出会った頃のリリィは、「改善個所を見つけて」なんて絶対に言わなかったと思う。
成長したよな。
リリィが作業している間に色々な話をした。
主にオレの知り合いの話だな。
ファルカタの持ち主のミィーカの事や、オリヴィアの事、そしてクーの事も話した。
というか、女性の知り合いを根掘り葉掘り聞かれてしまった。
リリィから「やっぱりモテるのね」と、よく分からない評価を貰ってしまったよ。
……仮にだ。
仮にモテたとしても今の状況は生殺しだと思うの。
クーの事を話した時についでに聞いたのだが、ドワーフは『竜魔大戦』では中立を貫き、闇族のエルフに対しても特に差別的な気持ちは無いとの事だった。
オレは嬉しくなって、リリィに「今度連れてくるから仲良くしてほしい」と伝えたんだが、一瞬黙って、「子守りはごめんよ。……でも、お友達ならいいわ」と言われてしまった。
見た目と違って、クールな女だな。
「私たち長命種族はね、人間の文化に染まると、心だけ早く成長して、心と身体がアンバランスになりがちなの。……子供扱いしないであげてね」
と、さらにお説教された。……自分の事を言っているのかも知れない。
帰りがけに親父が帰って来て、オレとリリィを見て「ついにですか」と言った。
リリィの付けヒゲがバレた事を言っているんだよな?
その後、オレが『剣士・シャムロックの亡霊』を倒した事を伝えると泣いて喜んでいた。
どうも、リリィの事を相当心配していたようだ。
そう言えばと思い、シャムロックが着ていた元白銀の鎧(今は血錆でボロボロの鎧)は親父に引き取ってもらう事にした。
あんな不気味なもんを、家に置いときたくないからね。
店を出るとリリィが追って来た。
面倒くさそうに付けヒゲを付けている。
オレはふと思いつきリリィに耳打ちする。
「ドワーフじゃなく、小人の女の子だって人間に言い張れば、付けヒゲつけなくても大丈夫じゃないか?」
「……天才ね」
オレの提案にリリィは驚いた顔をした後、そう言って付けヒゲを取った。
すごくさっぱりした顔をしている。
今まで相当邪魔だったんだろうな。
「……その子、クーアスティルちゃんの風邪が治ったら、遊びに行くわ?……さて、忙しくなるわね」
それは嬉しいな。
クーも街に出るより、来てもらった方が気が楽だろう。
それにしても……。
「忙しくなるってなんだ?」
「秘密よ?――秘密ってドキドキするでしょ?」
リリィはそう言った後、小走りで店の中に入ってオレに手を振った。
うーん。
見た目は幼女だが、中身は24歳。
付けヒゲは無いが、見た目とのギャップで、少しだけ可笑しかった。
笑ったら失礼だろうか?




