第9話『ザネリ』
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正体不明の紫髪少女こと、ペイル・ルナール・ロッテへの質問が一区切りついたところで、全員の意識は次へと向けられた。
ともすればペイルよりも触れづらさのある最後の乗客――ゴドー元神父へと。
妙な緊張感が走っていた。なにせ相手が相手だ。顔を見るのが初めてでもその名は、通り名は、犯した所業については知っている人もいるだろう。
隣に座っていたルカは慰めるように、あるいは寄る辺にするように、私の手を握っていた。
誰が口火を切るか探り合うような重い空気の中、最初に動いたのは。
「二つ、確認がしたい。学院長」
私たちから少し離れた位置でずっと沈黙を保っていた、あの男自身だった。
「何かな、ゴドー」
名指しされた学院長は平然とした様子で、私たちとあの男を遮るようなソファーに座したまま、肩越しに振り返った。
……視線が重なる。
学院長の目と、無造作に乱れた前髪から覗く、男の褪せた青色の目が。
「学院は葬儀の詳細情報を有していない――が、その事象自体は認知していたのではないか? もっといえば、葬儀は過去幾度となく行われ、このヘリオスレッタ中央都市の運営に関わる組織の上層部にも知っている者がいる。違うか?」
「どちらも肯定しよう」
「おいおい、学院長さんさっき何も知らないみたいな顔してお嬢ちゃんに訊いてたじゃないかよ」
「詳細は不明なのだから知らないも同然さ。それで二つ目は?」
「次に、これはペイル・ルナール・ロッテにも訊かせてもらうが、葬儀とはほかのどの場所でもなく、ノーザンクロス湖でしか起こせない事象という認識で間違いないか」
「私はそう認識している。そちらはどうかな、ペイルさん」
「うん。そうだよ」
「そうか……充分だ。二人とも感謝する」
思案するように目を伏せてから、真っすぐにこちらを向いてお礼を言う元神父。
そのはっきりとした所作に、ルカやハイネたちが意外そうに目を細める一方で、学院長が切り込む。
「ではこちらからも確認させてもらおうか。ゴドー――連続殺人犯『転生者狩り』。この世界に転生したばかりの人間を狩り続け、騎士団に逮捕された危険人物が、なぜ学院に舞い戻ったのか。答えたまえ」
この場に居る全員に再認識させるように、男の背負った罪を敢えて言葉にする学院長に、元神父は冷静に口を開いた。
「――結論から言えば、騎士団と司法取引を交わした。騎士団側の提示した条件は、葬儀に参加し、ある証拠を入手することだ」
「まさか――」
驚きの声を漏らしたのは私だ。
おそらくはこの場で唯一私だけが、今の言葉だけで理解した。
……元神父の、ひいては騎士団の目的を。
「何か知ってんすか、マリモさん」
バーミリオンの瞳が向けられる。クロヴィスだ。
私はそれに対してどこまで口にすべきか慎重に考えてから、元神父と目を合わせるように小さく頷いた。
「ただの推測だけれど……証拠というのは、あなた自身の記憶ね?」
「……そうだ。葬儀に参加し、歳月の幻灯によって再生される記憶を外部装置に保存、証拠として提出する」
「標的が誰かは知らんが、その記憶を使えば騎士団はより大きな犯罪を片付けることができる。ゆえに司法取引が成り立ち、特例措置として檻の外に出てきた、と?」
「その通りだ学院長。事後報告になってしまったことは申し訳ないと思っている。だが情報を漏洩させないための行動ということで納得していただきたい」
「……せめて騎士団側から聞きたい言葉だな」
ぼやいた学院長も含めて、誰もが困惑を覚えていた。
当然だ。だって『転生者狩り』は複数犯ではなく単独犯。共犯の噂はない。
ならばその証拠は何に繋がり、何を暴くためのものなのか。
一体どのような記憶を持っていれば、このような特例が認められるのか。
分かるはずがない。分からなくていいとさえ私は思う。
けれど沈黙の下で、確かに思考している者がいた。
「……なんで騎士団は学院ですら持たない情報を持ってんすかねぇ。儀式は複数回、全部ノーザンクロス湖で行われたっつー話なんですよね?」
クロヴィスの疑問は、私の思考の本筋からは外れていたものの、しかし確かに見落としてはならない点だ。
「あるいは学院外の組織だからこそ、という考え方もできるけれど……」
とりあえず可能性のひとつを上げてみたが、答えてくれる人はいない。
いや、元神父は意味深に眉をひそめたが……特に言葉が続くわけでもなく。
再び静まり返る室内。ふと生まれたその間隙に、私は新たな疑問を元神父に向けることにした。
「ところで、同行している騎士はいないの? 監視でも護衛でも」
「無論来ているとも。列車の乗客には選ばれなかったようだがな。……付け加えるとこのように安全装置も作動している。端的に言って、スイッチ一つで爆発する首輪のような物だ」
つまるところ、檻の外でも中に居るのと変わらない状況であることを簡潔明瞭に説明してくれる元神父なのだが。
「……いえ、そういうことではないのだけど……」
私の本来の意図としては、騎士団の人間が来ているなら、内部の視点から葬儀について尋ねられないかという方向に話を進めたかったのだが……どうも元神父は、いくら特例措置とはいえ殺人犯の単独行動は許されるのか、という懸念を私が抱いていると解釈したらしい。
……まあいいか。そっちも気になっていたことだし。
「葬儀参加者の役割は果たす。だがそれ以外では、私は居ないものとして扱って構わない。私の存在が君たちに過剰な不安を与えてしまうことは本望ではない」
「お気遣いどうも」
「それと、このようなことを言える立場でないことを承知で言わせてもらうが。――学院長、監視役の騎士を招かないまま、私と彼らのような子供を同室に置いておくのは、良い判断とは思えない。次からは大人としての配慮を忘れないよう、心掛けて頂きたい」
驚くぐらいまともな正論だった。
本当に、そんなこと言える立場ではないことを除けばだけど。
そんな紛れもない説教を受けた学院長は、表情一つ変えずに元神父を見返す。
「ご説教痛み入る、元神父。しかしまあなんだ。君はこの部屋に入れたが監視役は入れなかった。それだけのことだよ。……おや、もうこんな時間か」
時計を見れば、あと一時間もすれば朝礼が始まろうという時間だった。
無意識にため息を吐く。列車に乗り月の海へと行った。なんだか遠い昔のことのようだけど、あれからまだ半日も経っていないなんて……意識し始めたら、途端に身体が重くなってきたな……。
「休息が必要な者もいるだろう。ひとまずこの場はここまでとする。各々、次に備えてくれ。何かあれば直接ここを訪れるかレイヴン先生に相談するように」
全員が異論なく頷くのを見てから学院長は自らのデスクへと向かい、引き出しから取り出した何かをペイルに手渡した。
「――君にこれを。体験入学用の許可証だ。これさえ持っていれば葬儀期間中は学院に滞在してもらって構わない。それから部屋は……そうだな。女子寮の寮長に相談してみるか。それから最低でも一人は常に帯同させたい。構わないな?」
「うん。私をきちんと見張っておきたい気持ちはわかるよ。手間を取らせてしまって申し訳ないけど、私は大丈夫。あ、でも、あんまり怖い人はいやだな……」
「最大限考慮しよう。――では、解散」
ぱん、と学院長が手を叩き、それが合図となった。
真っ先に師匠さんが立ち上がり扉へと足を向ける。
続くハイネ、クロヴィスとペイル、それを追うルカと私――、
「マリモジュナ、少し話せるか?」
「え?」
不意に呼び止められて、その場を振り返る。
意外なことに私の名を呼んだのはゴドー元神父だった。
彼は壁に背を預けたまま一歩も動かず、目線だけをこちらに寄こしている。
「ええ……いいけれど。ごめんルカ、先に行ってて」
前を歩いていたルカに声をかける。
特に示し合わせたわけではないが、このあとなぁなぁになっていたルームメイト云々の話をするつもりだったので、一応断りを入れる。
するとルカは珍しく怪訝そうな表情を浮かべて、そっと私の耳に顔を寄せた。
「……同席しましょうか? あの人、マリモさんの命を狙った殺人犯なんですよね? いくら安全装置が施されているとはいえ危ないですよ」
ルカにしては意外――でもないか、私を心配してくれてるわけだし。
けれどそれにしても、この嫌悪や攻撃的な感じが窺える声色は本当に珍しい。
……まあでも、当然なのだろう。
私とゴドーは被害者と加害者。それも命のやり取りがあった間柄だ。
むしろ、平然としている私のほうが異常に見えていたっておかしくない。
けれど。
「ゴドー神父……元神父は、殺人者ではあるけれど殺人鬼ではないわ。私は大丈夫。心配してくれてありがとう」
それにこの部屋の中ならまだ学院長の目もあるし、と告げると、ルカは少しだけバツが悪そうに目を逸らして、軽くお辞儀をしてから学院長室を後にした。
「で?」
おそらくはペイルに関する物だろう書類の製作に取り掛かる学院長を横目に、元神父に近付く。が、ほどほどの距離で立ち止まっておく。
警戒のためというのもあるけれど、この男、百八十センチを超える身長を有しているため、近付きすぎると話しているだけで首が痛くなるのである。
私もようやく成長期を迎えたのか、短期間で一センチ二センチぐらい背が伸びたのだけれど、それでも百四十二といったところ。無理はするべきではない。
「…………。今回の一件、機関が絡んでいるかもしれない」
逡巡するような少しの沈黙の後、ゴドーは言った。
「どういうこと?」
学院長の耳に入らないよう声量は抑えつつ、しかしこれでもかと単刀直入に話し始めた元神父に、私は首を傾げて問う。
「君も察している通り、この司法取引は機関の存在を暴くための一手だ。だが結果として、極秘施設に収容されていた私は今、こうして檻の外にいる。これは向こうからすれば口封じを行う絶好のチャンスだ。既に学院には、機関の刺客が潜伏している可能性がある」
「刺客って……まあ、騎士団が学院が持つ以上の情報を有していることは不自然だし、すべてが向こうの計画の内という懸念はもっともだと思うけれど……」
となると刺客であるか真っ先に疑うべきは、監視役として同行している騎士だろうか……けど、だとしても、ゴドー暗殺のために司法取引を持ち掛けるだけならまだしも、それに葬儀という秘中の秘を持ち出すなんて、ちょっと事が大げさすぎやしないだろうか……?
とかなんとか……疲労の溜まった脳味噌を無理くりこね回していると。
「いや、率直に言って私は、既に刺客が乗客の中に紛れ込んでいると考えている」
「はぁっ?」
大声が出てしまった。
すると学院長から、まだ居たのか、といった感じの目で見られたので、ひとまず頭を下げておく。
それであまり長居はできないと思ったのだろう、ゴドーは困惑する私に対してさらに言葉を続けた。
「機関は殺人を容認するが無闇にではない。私の記憶を精査し、証拠をあらかじめチェックすることで、いずれ避けては通れない機関の存在の露呈を、最大限リスクヘッジした上で行おうとしているという線も考えられる。刺客――それは処刑人であり裁定者というわけだ。そして証拠をもっとも間近で見定められるのは……」
「乗客――つまり葬儀参加者。だけど私たち七人の中に刺客が? 三人は私のクラスメイトだし、師匠さんもクロヴィスの知人よ……つまり」
「ペイル・ルナール・ロッテ――素性の知れない少女。一番怪しいが、あからさますぎる。機関であれば身分はきちんと仕込まれているはずだ。よって君の知り合いであっても刺客ではないという根拠にはならない」
「……何が言いたいの」
「これは警鐘だ。私は現状――ハイネ・ヨハネス・ヒルデブラントを疑っている」
「ハイネ? なぜ?」
あんまりにも突拍子の無い推測だったので、私は自分でも思いのほか冷静に問うことができた。で、返ってきた答えは。
「根拠は無い」
「…………」
とりあえずジト目で睨みつけておく。
「私から見て、ペイルを除けば彼だけが、湖に居た理由が曖昧だったのだ」
「……彼は学院で、人助けの傭兵のようなことをしているの。極秘の依頼という言い分も別に不思議ではないわ」
「同業のよしみがあるのは理解する、『さざ波の止まり木』。だが私情は挟むべきではない」
「……誰に聞いたのよ。というか、ハイネの活動に着想を得て、私はケイジ課を立ち上げたの。私は『親愛なる光輝』として表側から、彼は個人の傭兵として裏側から、それぞれ助力が必要な生徒に手を貸す。そんな持ちつ持たれつの関係なのよ」
知り合って一か月。それなりに交流は重ねてきた。
先日の式典でも力を貸してくれたし、彼が機関の刺客であるとは私には到底思えない。
「根拠があるならともかく……あんまりテキトーなこと言ってると怒るわよ」
「……刺客が誰であれ、私の命は狙われている。葬儀にかこつけて、ということもあるだろう。しかしそれはこちらにとっても好機だ。私に葬儀の順番が回ってきた場合、勝ちにいかせてもらう」
「ちょっと。それじゃあ歳月の幻灯があなたの記憶を再生できないから、証拠として提出できないじゃない」
そもそもどうやって記録するのかもわからないけれど。
記録用魔術でもあるのだろうか。……全然ありそう。
「チャンスが一度きりとは限らない。それに勝ちを狙うことは私の身を守るのと同時に、相手が刺客かどうかも確かめられる。流出した記憶――それにより機関の一端をさらに解けるということも、あるやもしれんぞ」
「……まあ今後の動き次第ね。葬儀が何回あるのか、順番を決められるのかも分からないし」
そろそろ本当に脳が限界だったので、切り上げるように言う。
……とりあえず元神父の言いたいことは理解できた。
葬儀という未知の出来事。しかしその裏には機関――秘密結社の関与があるかもしれず、その手はもう間近に迫っているかもしれない。
葬儀だけに注力せず警戒を怠るな。忠告は確かに受け取った。
「――ところでマリモジュナ。歳月の幻灯が映し出した記憶、あれは君自身にも見えていたのか?」
まだ来るか。質問。しかも予想外の方向のやつ。
「……見えていたけれど、それが何か?」
「いやなに、あれは時の彼方に葬られた記憶さえも投影してみせた。……君自身が忘れていた記憶を」
「それは――――ええ、そうね」
「あれを目撃したのは私と着物の彼女、そしてペイルだ。口外するほど短慮だとは思わないが、必要なら近いうちに話しておくといい」
話はそれで終わりのようだった。
言いたいことを言い終えたゴドーはデスクに向き合う学院長に何かを告げて――おそらくは一人で学院内を出歩くわけにもいかないので、迎えを寄こすよう言ったのだろう――それから誰も居なくなったソファーに座り込んだ。
その光景に背を向けて、私は学院長室を出ていこうと足を動かす。
連続殺人犯『転生者狩り』――ゴドー。
繰り返される日々の中で何度も何度も私を殺した人。私を殺させてしまった人。
それは白髪紫眼の私が目覚める前からの、マリモジュナがまだ母親譲りの亜麻色の髪を宿していた頃からの――因縁。
……ふと、私は思った。あの男が私を呼び止めたのは、本当は、そのことについて話したかったからじゃないかと。
断じて、確信めいた直感ではない。
むしろ多分……頼りないほど微かに、私はそう信じたかったのだ。
――ゴドーという男の中で、あの殺人が葬り去られてないことを。
そして伝えたかった。
何を? ――分からない。でもきっと、何かを。




