第27話 まだ見ぬアナニアへ
「タシティーラはすべて見て回りましたが、いかがでしたか?」
「すごく……勉強になりました。わたしがこれからどうするべきなのか……いえ、何がしたいのかが少し見えた気がしました」
今までは、魔王として何をするべきなのか、グラーバをどういう国にするべきなのかと、しなければいけないことばかりを考えてきた。
けれど、今はこうしたい、こうなれば良いなという理想が頭の中に広がっている。
もちろん、ただの理想論かもしれない。
でも、やれるところまでやってみたいと思うんだ。
自分の小さい手のひらを見つめて、理想を現実のものにする意思を込めてぎゅっと握りしめる。
「それはようございました」
アランさんが穏やかな微笑みを浮かべながら、紅茶を注ぐ。
良い香りがふわりと香り、普段だったらほっと心が落ち着くところだけれど、今日は違う。
「ただ……まだ足りません」
わたしが続けた言葉に、アランさんは不思議そうな表情をしながらこちらを見やる。
そんなアランさんに向け、わたしはぐっと拳に力を込めて、考えていることを伝える。
「タシティーラを回り終えたので、次は人間の国を……アナニアを見て回りたいです」
わたしの提案を聞いたアランさんは、目を見開いて驚いていた。
予想外の言葉を聞いた……そんな表情だ。
かと思うと、険しい表情をして口を開く。
「アナニアを……ですか? リサ様にとって、アナニアは好ましい場所ではないと思うのですが……本当に行かれるのですか?」
まぁ、正直、良い思い出なんてありませんよ。
わたしにとって悪夢の場所だし、魔王になってアナニアを出るときには『二度と戻ってやるものか』と思ったさ。
でも……。
「わたしが知っているアナニアは、教会の中だけです。一部しか知りません。だから、アナニアがどんな国なのか、人間がどんな暮らしをしているのかも、知りたいんです」
「……それはグラーバの国造りと関係があるのですか?」
「まだ……分かりません。ただ、わたしはグラーバだけでなく、みんなが楽しく暮らせる世界をつくりたいんです」
わたしがやろうとしていることは、グラーバという一つの国の王としては出過ぎた行為なのかもしれない。
でも……わたしの理想である『聖女も魔王もなく、みんなで楽しく暮らせる世界』の『みんな』は、やっぱり種族を問わずみんなであってほしいと思うから。
タシティーラを見て回って、自分勝手じゃない人間がいることも知った。売られて買われて、自分の意思もなく淡々と生きている人がいることも知った。
だから、どんなに個人的な恨みがあるとしても、わたしは人間にも幸せになってほしいと思う。
もちろん、人間の自分勝手さを許すつもりはないけれどね。
幸せにしたいと思うのであれば、相手のことを知るのは基本中の基本。
聖女の頃には見られなかったアナニアを、見て回りたい。
わたしが真っ直ぐにアランさんを見つめていると、彼も真剣な眼差しでこちらをまっすぐに見つめ返してくる。
そんな時間が少しあって、アランさんはふっと困ったような嬉しそうな笑みをこぼしながら、最初の頃と同じように美しい所作で跪く。
「リサ様の御心のままに」
***
そしてアナニア行きが決まって、今はその作戦会議中。
「アナニアに行くのであれば、我々は変装しなければ」
「変装ですか?」
「はい。人間の国であるアナニアで、我々の身体的特徴は目立ちますからね。無用な騒ぎを防ぐために、変装を」
亜人の国であるタシティーラを見て回る分には問題なかった(一部問題はあった)けれど、人間の国であるアナニアを見て回るとなると、今まで通りにはいかない。
エルフの長い耳や獣人の耳や尻尾を見られると、人間は『魔物だ!』と騒ぎ出すかもしれない。
それを防ぐための変装か。
わたしがエルフたちの住むクズムの森でしたみたいに、マントとか被るのかな?
「それと、今回はしばたちはお留守番だにゃ。お前達はアナニアだと目立ちすぎるからにゃ」
「くぅーん……」
「ぴーよ……」
「ヒヒン……」
隣では、ハーリヤさんがもふもふたちにそう告げていた。
もふもふたちはがーんっと強くショックを受けた顔をしたかと思うと、しょんぼりと一様に俯いている。
その姿は申し訳ないけれど、かわいい。
みんなむぎゅっと抱きしめて、赤ちゃん言葉全開でもふもふなでなでしたい衝動に駆られるけれど、今は作戦会議中……我慢我慢。
「ごめんね。今回はお留守番してて。スラちゃんもいるから、きっと寂しくないよ」
わたしがそう言うと、スラちゃんが『まかせて!』と言わんばかりにぷるんっと身体を揺らす。
もふもふたちはそんなスラちゃんをちらりと見て、また力なく肩を落とす。まるではぁ……と深い溜息が聞こえてきそうだった。
スラちゃんは『何が不満だ!』と言わんばかりに、ぷんすかぷるぷるしている。
そんな彼らのやりとりを見て、大丈夫かしらと思わず苦笑してしまう。
ただ、今回ばかりはしょうがない。
「偽装」
こっちでそんなくだらないやりとりをしている間に、アランさんの魔法によって変装が行われる。
アランさんが魔法を唱えると、あっという間にアランさんとハーリヤさんの種族特有の身体的特徴がなくなり、人間のような姿になる。
「おぉ、すごいですね! 人間みたいです!」
「ありがとうございます。一時的に、亜人の身体的特徴を消す魔法をかけました」
「ゔー……耳としっぽがないと変な感じがするにゃー……」
「我慢しろ」
魔法のかかったアランさんとハーリヤさんは、一見すると人間のようだけど……美しい顔立ちはそのままだ。
これ、身体的特徴を消してもイケメンさで目立つんじゃないかしら……。
「ご心配なく。我々同士ではいつもの姿で見えておりますが、顔立ちや髪も地味に見えるように魔法をかけております」
「おぉ、さすがです!」
「もちろん、リサ様のお可愛らしい姿も、魔法でカバーしておりますので」
「え、わたしは平凡な顔立ちだし、必要ないんじゃ――」
「なにをおっしゃいます! リサ様のお可愛らしさは天使のようで、人間たちは一目見ればもう心を奪われること間違いなしです! 連れ去られ、また監禁されるようなことがあってはいけないので、変装は必須でございます!」
「は、はい……」
アランさんの勢いに押されて、否応なしに頷くしかなかった。
「と、とにかく。これで準備は万端ですね」
「はい。ではアナニアに参りましょうか」
「はい! お願いします!」
「さっと行って早く帰ろうにゃー……」
「じゃあ、しばちゃん、ぴよちゃん、にーちゃん、スラちゃん。お留守番お願いね」
「わん!」
「ぴよ!」
「ヒヒン!」
「ぷるんっ」
そんなやり取りをして、わたしたちはワープで人間の国――アナニアへと向かった。
「わっ……ここどこですか?」
「王都の人気のない裏路地です」
家と家の隙間にある、か細い通路とも呼べないような場所に現れて、びっくりしてしまう。
でも、確かにそうか。町中に突然ワープで現れたら驚かれるし、かといってアナニアの外から入ろうとすると、門番がいたら不審がられるかもしれないもんね。
これが安全な着地点なんだろう。
「よくアナニアの裏路地の場所を知っていましたね」
わたしがふっと気になったというか、なんとなく思ったことを何の気なしに口にすると、アランさんは眉尻を下げて目を細める。
「……先代様がアナニアに来られる際に、この場所をよく利用していたので」
「先代様が……。先代様もアナニアにはよく来られていたんですか?」
「えぇ。そこで人間の娘に恋したのです」
「まぁ、あいつはアナニアだけじゃなくて、色々な国をうろちょろしてたからにゃ。人間に恋したのはたまたまだにゃ」
「へぇ……そうなんですね。随分とアクティブな方だったんですね」
「……リサちゃんも変わらないにゃ」
「え……?」
わたしを抱っこしているハーリヤさんが、にっこりと笑みを浮かべてそう言い切った。
裏路地でそんなやり取りをしていると、裏路地の外、表通りと思われる方から何やら大きな声がする。
「な、なんでしょう……」
「……行ってみましょうか」
アランさんに促され、裏路地を抜けて表通りに出る。




