第21話 オーガの住む街、鬼国
人間と吸血鬼とが共生していた街、マッサーディアへと行った後日。
「次はオーガの住む街、鬼国へ行きましょうか」
「オーガも人間に友好的な種族なのですか?」
「……友好的かは難しいところですが、共生はしております」
「そうなんですね。お話を聞くのが楽しみです!」
「……そんなに良いものではないと思いますよ」
アランさんの複雑そうな表情が、どういう意味を含んでいるのかわたしには分からなかった。
そんなこんなで、さっそくやってきた鬼国。
マッサーディアが中世ヨーロッパ風の街並みだったとすると、鬼国は名前の通り純和風な街並みだ。
基本的に塀に囲まれた大きな屋敷がいくつもあり、その隙間というか、家同士の大きな間に道ができているような印象。
屋敷の見た目は、昔の日本の貴族が住むようなお屋敷って感じ。
街に入っていくらか歩いてみたけれど、いっこうに人と出会わない。屋敷も大きすぎるせいか、道に声が漏れてくるようなことはない。
「うーむ……静かすぎる」
「オーガは基本的に屋敷から出ないですからね」
「でも人間も暮らしているんじゃないんですか?」
「人間もおそらくは屋敷か働き場にいるでしょうから、道に出てくることは少ないのだと思います」
「そうなんですね……」
そして誰ともすれ違わないまま、オーガの族長さんの屋敷へとやってきてしまった。
屋敷を訪れて初めて人を見かけたけれど、これまた和風というか、着物を身に纏っているクールビューティーな女性が応対してくれて、なんだか日本の京都に来たみたいだなと脳天気なことを考えていた。
そして着物の女性の案内のもと、族長がいるという部屋に通される。
そこにはだらしない態勢で酒と肉を貪り、くつろいでいる男性が一人いた。額から伸びでいる大きな角が印象的。顔立ちは少しヤンキーっぽいというか、悪そうな感じだけど、やはり整っている。
服は一応和服を着ているのだけれど、開けまくってて胸元が丸見えだ。
ちょっと! 乙女の前ですよ!
そう言ってやりたいけれど、ここはぐっと我慢。あんまり見ないようにしよう。
わたしたちの存在に気がついた族長は、飲食をやめてにやりと笑みを見せる。
「よく来たな、魔族の王よ」
「はじめまして。オーガの族長さん」
「歓迎の宴を開きたいところだが、俺も何かと忙しい。手短に要件を聞こうか」
忙しいって……飲み食いしていただけじゃん……。
そう思いながらも、笑顔をつくって口を開く。
「……魔物と人間のことをどう思っているか、お伺いしたく参りました」
「聞いてどうする」
「その……魔王として、亜人や人間とどう付き合っていくべきなのか決めたいなと思いまして……」
「なるほど。勤労なことだな。そうさな……魔物も人間も、我らにとってはどうでも良い存在だ。我らの強大な力を一振すれば、簡単に消し飛ぶ弱い存在……その程度の印象だな。ま、面倒だからやらんが」
族長は再び酒をぐびぐびとうまそうに飲み、ぷはーっと満足げなため息を漏らしている。
本当に、心の底から魔物のことも人間のこともどうでも良さそうだ。
「……その、オーガは人間と共生していると聞いたのですが……」
「共生ぃ? 物は言いようだな。まぁ、確かに人間を屋敷に連れてきているオーガは多い。ただ共に住むためではなく、労働力にするためというのが主な理由だ」
「労働力?」
「オーガは強大な力を持っているが、物臭な者が多くてな。だから住み込みで家の管理をさせたり、自身の世話をさせたり、好物の肉や酒をつくらせたりしている」
「……召使いのようにしているということですか?」
「物は言いようだ、魔族の王よ。これが我らなりの共生だ」
族長にそう言われて、ぐっと言葉を詰まらせる。
確かに共生はしているかもしれないけれど、ほとんど召使い扱い。人間を大切にしているような様子は、この族長からは感じられない。
そんな環境で暮らして、果たして人間は幸せなのか?
こぶしをぎゅっと握り、一人で考え込む。
「一人で悩むのは良くないぞ、魔族の王よ。気になることがあれば、本人に尋ねてみるのが一番だ。少なくとも、物臭な俺ならばそうする」
すると族長がニヤニヤとした笑みでこちらを見つめながらそう言い、「おい」と一声で先程部屋まで案内してくれた女性を呼び寄せた。
「お前は今、幸せか?」
「はい。十分な生活をさせていただいております。アナニアでは仕事も住まいも生きる気力も、すべてを持ち合わせなかった私を拾っていただき、感謝しております」
族長が尋ねると、女性は表情一つ変えることなく、スラスラと答えた。
言葉自体は感謝している様子だけれど……感情がこもっていないのが気になるな……。
まさか洗脳しているとか……!?
「おいおい、物騒なことを考えていないか? 俺はこいつに何もしていないぞ」
「だったらなんで……」
「さぁな。俺はそんなこと興味ない」
「……」
納得いかないけど、族長と女性を黙って見つめていることしかできない。
「そろそろ子作りの時間でございます」
そんな中、女性が淡々とした調子で族長にそう告げる。
こづ……!?
驚きから目を丸くするけれど、族長は全く驚いている様子はない。
「おぉ、そうか。では魔族の王よ。俺はコレで失礼する」
「え、あ、あの……」
まだ聞きたいことがあるのにと思いつつも、子作りというフレーズのショックから、たどたどしい言葉しか出てこない。
そんなわたしを見た族長は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「なんだ。よもや魔族の王が俺の相手をしてくれるのか?」
「なっ……はっ……はぁ……!?」
驚きからもはや言葉にならない声しか漏れない。
初対面の乙女になんてこと言うんだ!
っていうか、今のわたしは幼女だぞ!?
子供相手に、恐ろしいことを言うな!
心の中で不満を爆発させていると、そばに控えていたもふもふたちがわたしの前に出て、族長を威嚇する。どうやら守ってくれているようだ。
「……そんなこと、させるわけがなかろう」
「当然だにゃー……」
横を見てみれば、アランさんとハーリヤさんも鋭い目つきで族長を睨みつけながらそう言う。
た、頼もしすぎる……!
「冗談だよ」
族長が、そう言って肩をすくめながら笑みをこぼす。
言って良い冗談と、悪い冗談があると思います。
そう思いながらも、口には出さないけどね。
「ではいつも通り、人間の女を抱くかな」
「え……その、人間の女性とこ……づく、りをするのですか?」
「言ったであろう。オーガは物臭なのだ。他の女の元へ通うなど、するわけがなかろう?」
確かに。という言葉が出そうだったのを、ぐっと堪える。
そうしていたら、今度こそ族長は「ではな」と別れの言葉を告げ、ひらひらと適当に手を振りながら部屋を出ていった。
族長の屋敷を出る際、あの女性が見送ってくれたので思い切って尋ねる。
「あの……あなたは幸せですか?」
「はい。幸せです」
やはり無感情にそう返されて、それ以上、掛ける言葉を持ち合わせていなかったわたしは、すごすごとその場をあとにした。
――魔王城へ帰宅後も、やはりあの女性が気になる。
「あの女性の言動は、なんかおかしいと思うんだけどなぁ……」
そんなわたしの独り言に、アランさんが言いにくそうに口を開く。
「……アナニアでは、人身売買も珍しいことではございません。その際、感情を殺す魔法をかけることも。なので、あの女性もそうなのかもしれません」
「そんな……! なんとか魔法を解けないのですか?」
「……リサ様にとっては厳しいお話になるかもしれませんが、魔法を解いてどうするおつもりですか?」
「え……? そりゃ、助けたいと……」
「魔法を解いたら、おそらくは鬼国で今まで通りに暮らすのは難しいでしょう。かと言って、アナニアに連れて行ったところで、彼女が生きていける保証はありません。元々売られていた可能性があるわけですし」
「……」
「……リサ様のお優しい心は素晴らしいですが、人には許容範囲というものがございます。それをどうか、測り間違えないでください」
アランさんにそう言われて、わたしは何も言い返せなかった。
許容範囲……。
わたしの許容範囲に……鬼国のあの女性は含まれない。
聖女だ、魔王だなんて言われて、少しだけ自分の力を過信していたのかもしれない。
無力だ。
拳をぎゅっと握りしめることしかできない。
もっと、自分をしっかりと見つめ直して……わたしはわたしの許容範囲内で、できるだけのことをしよう。
そして、少しずつ……できることを増やしていくんだ……!




