第1話 聖女になりました
あっぶねー……セーフ!
「あっ、駆け込み乗車はおやめください!」
「すみませ……へ?」
駆け込み乗車を注意してきた駅員さんに謝罪しようと振り返った時には、そこにいたはずの駅員さんも、駅も消え失せていた。
「おぉ、召喚成功だ!」
「これで我々は救われる!」
代わりに存在していたのは、壁際のろうそくの明かりのみでなんとか視界を確保している薄暗い部屋。
マンガで見る怪しげな宗教団体が着てそうな白いローブを身に纏った、見るからに怪しげな集団がわたしを取り囲むように立っているという謎の状態。
……な、なにがどうしてこうなった……。
こ、こういう時はまずは落ち着いて……状況確認。
わたしの名前は小林理沙。
大親友も恋人もなく、特に強い希望もなしに就職した会社で、平凡なアラサーOLとして働いている。
仕事はきっちりしつつも、休日はマンガ読んでゲームするだけのぐうたら日和がわたしの日常だ。
今日は昨晩やりすぎて寝坊してしまい、慌てて電車に飛び乗った……と。
うん、記憶ははっきりしてる。
頭がおかしくなったとかではなさそう。
ただ、周囲を見れば変わらず薄暗い部屋で、白いローブの怪しげな集団に囲まれている……と。
……意味がわからん……。
「あ、あのぉー……これはどういうことでしょうか?」
状況を理解するためにも、恐る恐るローブの人たちに尋ねてみる。
ただどいつもこいつも、喜びを仲間と分かち合うばかりで、こちらに視線を向ける者はいない。
無視かよ。腹立つわぁ……。
というか……それはひとまず置いといて……なんかさっきのわたしの声、変じゃなかったか?
なんだかいつもより幼ないような……?
姿を確認したいけれど、あたりを見回してみても鏡はそんなに都合よく存在したりはしない。
というか、視線の高さが妙に低くないか?
ふっと視線を落として自分の手を見てみれば、そこには見慣れないふっくらと愛らしい小さい手が。
年齢を重ねて手の甲の筋が気になっていたんだけど、筋なんてどこにも見当たらない。
あら、かわいいおてて。
って、え? え? これわたしの手?
慌ててほっぺをさわれば、最近スキンケアを怠って荒れがちだった肌は、つるすべ肌にぷにぷに質感。
胸に手を当ててみれば、それなりの大きさがあったはずのそこには、何もない絶壁があった。
というか、さっきから動きにくいなと思ったら、服がぶかぶかになってる?
ある程度身体のサイズに合わせて買ったはずのシャツはぶかぶかだし、床を見れば、ダルダルになったズボンや靴が転がっている。
「……って、えええええぇぇぇ!? わたし、幼なくなってる!?」
どういうこと!?
突然訳の分からない場所に飛ばされて、幼女の姿になってるって……一体全体、なにがどうなってるんだ!?
「あぁ、魔法陣にちょっとしたミスでもあったのでしょう。ただ五体満足で、若返っていらっしゃるだけならば、特に問題ないでしょう」
絶叫したことで、やっとわたしの存在を思い出したらしい一人がそう答える。
はあああぁぁぁぁ!?
ちょっとしたミスだぁ!?
さっき召喚が成功したってよろこんでたのに、失敗してんじゃねぇか!
だいたい、問題あるかないかはわたしが決めることなんだよ!
勝手に決めてんじゃねぇ!
思うままにキレ散らかしたいところだけど、もはやワンピースのようになっているシャツの裾を握りしめて我慢、我慢……。
すると突然、周囲にいたローブの奴らが跪いた。
そして、一人の上等そうな衣服を身にまとったおっさんがわたしに近づいてくる。
こ、今度はなんだよ……!?
「聖女様。よくぞ我らが国、アナニアにお越しくださいました」
聖女……? アナニア……?
訳が分からずに困惑していると、おっさんがニコっと人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、再度口を開く。
「困惑してらっしゃるでしょうから、ご説明させていただきます。まず、ここはあなた様がいらっしゃった世界とは別の世界です」
「……私は異世界に召喚されたということですか?」
「はい、そのとおりです。我々の住まう国、アナニアは魔物の住む森と隣接していて、何かと困ることも多くてですね……。その解決のために、古くから聖女様に異世界よりお越しいただく習わしがあるのです」
「その聖女に、わたしが選ばれたと?」
「ご理解が早くて助かります。ぜひ聖女として、我々を助けていただけないでしょうか?」
話はなんとなく分かった。
第一の感想は『勝手に召喚すんなや』だけど。
「だけど……わたしに聖女として皆さんを助ける力なんてあるんですか? ただでさえ、幼女化させられてるんですけど?」
わたしの嫌味をたっぷり含んだ反論にも、おっさんは笑みを崩すことはない。
「では確かめてみましょうか。君、指先をナイフで切ってみなさい」
「え……私がですか?」
「そうです。早くしなさい」
「は、はい……」
そんなやり取りをして、ローブを着た一人が指先をナイフでちょこっと切ってみせた。
小さなキズに見えるけれど、ローブの人物はそれはそれは痛がっている。
まるで致命傷の魔法攻撃でもくらったモブのようだ。
ま、まぁ……痛みの感じ方は人それぞれっていうけど……だとしても痛がり過ぎじゃない?
ちょっと引くわ……。
「聖女様。この哀れな者の傷をどうか治してください」
「え? 急に言われても……やり方とか教えてくださいよ」
「聖女様ならば、本能でやり方を理解できるはずです」
当然の疑問にも、ニコニコとした笑みで返される。
だんだんその笑顔に腹たってきたわ。
そんなことを思いながらも、仕方ないので傷を治すイメージを浮かべながら、ローブの人物の傷口に手を当てる。
するとぽわっと温かい光が手のひらから広がり、傷口を包み込む。
おぉ……なんかそれっぽい。
そして光が消えると、そこにあったはずの傷口が綺麗さっぱりなくなっていた。
「お……おぉ、痛みがなくなった! 傷も!」
「……ほ、本当にできた……」
「さすが聖女様! ぜひ我々のために、その力をお貸しください」
驚いていると、おっさんがパチパチと拍手をしながら最後の一押しをしてくる。
聖女……か。
まぁ、わたしにはそんなの関係ないけど。
力がある=聖女にならなきゃいけないってことはないでしょ。
聖女なんて大変そうだし。
やだ。
だいたい、こんな幼女(中身アラサー)を働かせようなんて、どうかしてる。労基が黙ってないぞ。
「あの、ちなみに帰る方法とかって……」
「ございません」
「聖女になる以外の選択肢は……」
「聖女様には《《必ずや》》聖女としてのお勤めを果たしていただきます」
これは逃げても地の果てまで追ってきそうだ……。
この世界のことも何も分からない状態で逃げてもな……今はこんな無力で愛らしい存在になってしまったし……。
まぁ、よく分からんが、この世界の人たちだって、こんな幼女にひどいことはしないでしょう。
「……分かりました。どこまでできるか分かりませんが、聖女として頑張らせていただきます……」
「ありがとうございます! これからぜひともよろしくお願いいたします」
そんなこんなで、半ば強制的にわたしは聖女になった。
テレレテッテッテー。
まぁ、このとき無理にでも逃げておけば良かったと、すぐに後悔することになるんだけどね。




