1日目 とても楽しい遊園地
半日揺れたバスは、ようやく目的地に近づいていた。
少年はぐったりとしていた。
夢の直前のワクワクと、良い子でいなければいけないという最後の緊張。そして、隣に座る少女の存在。
特に、半日ずっと話しかけられ続けるのは、少年にとって予想外に疲れることだった。
少年は人と話すことを避けてきた。良い子でいるために、ボロを出さないように。
話さないことで守ってきた良い子が、今回は通用しなかったのだ。
「あらら、そろそろ到着みたいですの」
「え……?」
「ふふふ、お疲れのようですね、あなたは」
「そ、それは……」
どう考えてもあんたのせいだ、そう言いたくなるのをぐっとこらえ、少年は何とか背筋を伸ばした。少女はくすくすと笑っている。
「だいじょうぶ、えーと……バスでの長旅に慣れてなくて……」
「あらら、そうでしたの。お疲れなのに、話しかけすぎましたわ。ごめんなさいね」
「……あー、大丈夫、大丈夫……」
眠りに落ちそうな意識を手放さないように、少年はゆっくり答えた。そんな少年の顔を覗き込みながら、少女は手を合わせる。
「では、あなたが眠る前にひとつだけ。あなたのお名前を、教えてもらってもよろしくて?」
「……少年……」
「ふふふ、――」
少年の意識は、ここで途切れた。
肩を揺さぶられて、少年は目を覚ました。少年の肩を揺らしたのは、一人の大人だった。彼が着る制服は、少年がテレビで何度も見た、良い子遊園地の物だった。
「やあ、おはよう。楽園につきましたよ、少年さん」
「え……?」
眠い目を擦って、少年は周囲を見渡した。バスの中に、ほかの子供の気配はない。
眠っている間に着いてしまったのだと気づいた少年は飛び起きて、ぺこぺこと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、寝過ごしちゃった……」
「大丈夫ですよ、少年さん。着いてすぐなので誰にも迷惑かけていませんし、今日は一泊して、明日からが本番ですから」
「そ、そうですか」
大人の案内に従い、少年はバスから降りた。荷物を受け取り、宿泊所に向かった。割り当てられた部屋に着くと、少年はすぐに大人のほうを向いた。
良い子は感謝を伝えることができる。少年は、気恥ずかしさを抑えて、大人に声をかけた。
「あ、案内ありがとうございました!」
「……?」
「……?」
先ほどまで流暢に話していた大人は、急に動きを止めた。
「ごめんなさい、その会話設定はされていないので」
「え……?」
大人は、そそくさとどこかに行ってしまった。少年はしょんぼりしながら、眠りについた。
翌朝。
子供たちは、入場ゲートの前に集められていた。
皆そわそわした様子で、何人か泣きながら連れていかれる子供もいた。良い子遊園地を安全に楽しむためのルール説明があるらしいが、少年にとってはそれどころではなかった。
憧れを目前にしていい子でいなければならない苦しさは、一秒をこれまでの一生よりも長いものにしていたのだ。
後ろから、半日聞き続け、いやでも耳に焼き付いた、少女の声がした。
「ふふふ、ごきげんよう」
「え、あ、うん、おはよう」
「あらら、あらららら」
「え?」
「いえ、なんでもありませんわ」
少女は、口元を抑えてクスクスと笑った。
少年は軽く迷惑顔をしたが、少女は少年の隣から離れようとしない。
文句を言おうか、しかしそれは良い子がやることだろうか。
隣の少女の声を無視して、少年が考えこんでいると、手をたたく音がした。地図が配られる。ルール説明が始まるらしい。
ルールは三つあった。入っていい範囲と、安全に楽しむための基本的な事、そして集合時間。
入っていい範囲は、地図に記された楽園の範囲の半分以下である。少年は違和感を抱いた。それでも、十分広いと思いなおす。文句を言うのは、良い子がすることではない。
集合時間は3つあり、まずは昼食の時間、次に一日目だけの子供たちの終了時間、最後に、明日以降も楽園に残る子供たちの終了時間。
それぞれ、破ってしまったら即帰宅らしい。良い子のための場所には、集合時間を守れないような悪い子がいてはいけないのだ。
大人の合図で、一日目が始まった。
少年は心を躍らせ、まずはどのアトラクションに行こうかと地図を読み込む。すると、少年は、少年の地図を覗き込む少女に気が付いた。
「……なに?」
「あらら? 私、お友達と一緒に周ろうと思っていますの」
「あー……わかったよ……」
白い服を着る少女は、目を輝かせて、少年の顔をのぞきこむ。
なぜか、初対面のときから好感を持たれているらしい。少年には、手に入れたチケットの枚数と、偶然席が隣だったことくらいしか思いつかないのに。
少年はため息をついた。
「わかったよ、わかった。どこか、行きたいとこある?」
「やったあ! ですわ」
「……え?」
「あらら、ごめんなさいね。私、喜ぶのは初めてなの」
「へー、そう……」
「ふふふ、私、この……メリーゴランド? に乗ってみたいのですわ!」
「わ、わかったよ……」
少年には何が楽しいのかよくわからなかったが、少女の笑みだけは印象に残った、きらびやかなメリーゴーランド。待ち時間も楽しめる、途轍もなく速いジェットコースター。たくさんの人形が宙を舞う、一回転する海賊船……少年から飛び出す感想は、”すごい!”や、”たのしい!”のみ。
ほかの言葉が思いつかないほどに新鮮な刺激と、五年間良い子でいたが故の開放感に酔いしれながら、少女に手を引かれて、少年はアトラクションを巡っていく。
おいしい食事に舌鼓を打ち、時には、完璧で優しいスタッフに案内してもらう。楽しい一日は、あっという間に過ぎていった。
「ああー、楽しかった」
指定された部屋の、ふかふかのベットの中。
一瞬にして過ぎていった時間を思い返しながら、少年は目を閉じる。
明日以降の楽園に、心を躍らせながら。
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