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良い子遊園地  作者: 鳥藍
2/9

1日目 とても楽しい遊園地


 半日揺れたバスは、ようやく目的地に近づいていた。


 少年はぐったりとしていた。

 夢の直前のワクワクと、良い子でいなければいけないという最後の緊張。そして、隣に座る少女の存在。

 特に、半日ずっと話しかけられ続けるのは、少年にとって予想外に疲れることだった。


 少年は人と話すことを避けてきた。良い子でいるために、ボロを出さないように。

 話さないことで守ってきた良い子が、今回は通用しなかったのだ。


「あらら、そろそろ到着みたいですの」


「え……?」


「ふふふ、お疲れのようですね、あなたは」


「そ、それは……」


 どう考えてもあんたのせいだ、そう言いたくなるのをぐっとこらえ、少年は何とか背筋を伸ばした。少女はくすくすと笑っている。


「だいじょうぶ、えーと……バスでの長旅に慣れてなくて……」


「あらら、そうでしたの。お疲れなのに、話しかけすぎましたわ。ごめんなさいね」


「……あー、大丈夫、大丈夫……」


 眠りに落ちそうな意識を手放さないように、少年はゆっくり答えた。そんな少年の顔を覗き込みながら、少女は手を合わせる。


「では、あなたが眠る前にひとつだけ。あなたのお名前を、教えてもらってもよろしくて?」


「……少年(しょうねん)……」


「ふふふ、――」


 少年の意識は、ここで途切れた。


 肩を揺さぶられて、少年は目を覚ました。少年の肩を揺らしたのは、一人の大人だった。彼が着る制服は、少年がテレビで何度も見た、良い子遊園地の物だった。


「やあ、おはよう。楽園につきましたよ、少年さん」


「え……?」


 眠い目を擦って、少年は周囲を見渡した。バスの中に、ほかの子供の気配はない。

 眠っている間に着いてしまったのだと気づいた少年は飛び起きて、ぺこぺこと頭を下げた。


「ご、ごめんなさい、寝過ごしちゃった……」


「大丈夫ですよ、少年さん。着いてすぐなので誰にも迷惑かけていませんし、今日は一泊して、明日からが本番ですから」


「そ、そうですか」


 大人の案内に従い、少年はバスから降りた。荷物を受け取り、宿泊所に向かった。割り当てられた部屋に着くと、少年はすぐに大人のほうを向いた。


 良い子は感謝を伝えることができる。少年は、気恥ずかしさを抑えて、大人に声をかけた。

 

「あ、案内ありがとうございました!」

 


「……?」

 


「……?」


 先ほどまで流暢に話していた大人は、急に動きを止めた。

 

「ごめんなさい、その会話設定はされていないので」


「え……?」


 大人は、そそくさとどこかに行ってしまった。少年はしょんぼりしながら、眠りについた。


 翌朝。

 子供たちは、入場ゲートの前に集められていた。


 皆そわそわした様子で、何人か泣きながら連れていかれる子供もいた。良い子遊園地を安全に楽しむためのルール説明があるらしいが、少年にとってはそれどころではなかった。


 憧れを目前にしていい子でいなければならない苦しさは、一秒をこれまでの一生よりも長いものにしていたのだ。


 後ろから、半日聞き続け、いやでも耳に焼き付いた、少女の声がした。


「ふふふ、ごきげんよう」


「え、あ、うん、おはよう」


「あらら、あらららら」


「え?」


「いえ、なんでもありませんわ」


 少女は、口元を抑えてクスクスと笑った。

 少年は軽く迷惑顔をしたが、少女は少年の隣から離れようとしない。


 文句を言おうか、しかしそれは良い子がやることだろうか。

 隣の少女の声を無視して、少年が考えこんでいると、手をたたく音がした。地図が配られる。ルール説明が始まるらしい。


 ルールは三つあった。入っていい範囲と、安全に楽しむための基本的な事、そして集合時間。


 入っていい範囲は、地図に記された楽園の範囲の半分以下である。少年は違和感を抱いた。それでも、十分広いと思いなおす。文句を言うのは、良い子がすることではない。


 集合時間は3つあり、まずは昼食の時間、次に一日目だけの子供たちの終了時間、最後に、明日以降も楽園に残る子供たちの終了時間。

 それぞれ、破ってしまったら即帰宅らしい。良い子のための場所には、集合時間を守れないような悪い子がいてはいけないのだ。


 大人の合図で、一日目が始まった。

 少年は心を躍らせ、まずはどのアトラクションに行こうかと地図を読み込む。すると、少年は、少年の地図を覗き込む少女に気が付いた。


「……なに?」


「あらら? 私、お友達と一緒に周ろうと思っていますの」


「あー……わかったよ……」


 白い服を着る少女は、目を輝かせて、少年の顔をのぞきこむ。

 なぜか、初対面のときから好感を持たれているらしい。少年には、手に入れたチケットの枚数と、偶然席が隣だったことくらいしか思いつかないのに。


 少年はため息をついた。


「わかったよ、わかった。どこか、行きたいとこある?」


「やったあ! ですわ」


「……え?」


「あらら、ごめんなさいね。私、喜ぶのは初めてなの」


「へー、そう……」


「ふふふ、私、この……メリーゴランド? に乗ってみたいのですわ!」


「わ、わかったよ……」


 少年には何が楽しいのかよくわからなかったが、少女の笑みだけは印象に残った、きらびやかなメリーゴーランド。待ち時間も楽しめる、途轍もなく速いジェットコースター。たくさんの人形が宙を舞う、一回転する海賊船……少年から飛び出す感想は、”すごい!”や、”たのしい!”のみ。


 ほかの言葉が思いつかないほどに新鮮な刺激と、五年間良い子でいたが故の開放感に酔いしれながら、少女に手を引かれて、少年はアトラクションを巡っていく。

 おいしい食事に舌鼓を打ち、時には、完璧で優しいスタッフに案内してもらう。楽しい一日は、あっという間に過ぎていった。


「ああー、楽しかった」


 指定された部屋の、ふかふかのベットの中。

 一瞬にして過ぎていった時間を思い返しながら、少年は目を閉じる。


 明日以降の楽園に、心を躍らせながら。


 

 

 

 読んでいただき、ありがとうございます。


 引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。

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