第4話 スローライフ終了のお知らせ。偽装アプリが教会の水晶を粉砕した件
辺境伯領の中心街にある、白亜の大教会。
ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が、厳かな祭壇を照らしている。
今日、僕とリズは12歳の誕生日を迎え、「成人の儀」とも呼ばれるステータス判定を受けるためにこの場所に立っていた。
「緊張してる、アレン?」
隣に立つリズが、僕の袖を軽く引っ張って小声で聞いてきた。
彼女は修道女が用意した純白の儀式用のローブを羽織り、その美しさをさらに際立たせている。
「いや、準備は完璧だ。昨日の夜、僕の【天界の端末】で『偽装プログラム』を組み上げておいたからな」
僕は左腕の黒いリストバンドを撫でながら、自信満々に答えた。
この世界のステータス判定は、教会の祭壇に置かれた「神の水晶玉」に触れることで行われる。
水晶玉が対象者の魔力と魂を読み取り、その才能に最も適した職業と、数値化されたステータスを空中にホログラムのように投影する仕組みだ。
しかし、僕のスマートウォッチに搭載された【偽装アプリ】を使えば、水晶玉のシステムにハッキングを仕掛け、表示される数値を自由に書き換えることができる。
過去数年間、領地の魔獣を狩り尽くす中でテストを繰り返し、その隠蔽能力の高さは実証済みだった。
「僕の職業は『下級魔法使い』で、魔力値は平均の少し上くらいに設定する。リズの職業も『見習い剣士』にして、筋力や敏捷性の数値を大幅にデチューンして表示させるつもりだ」
「うん、わかった。それなら王都の偉い人たちに目をつけられることもないよね」
僕たちは小さく頷き合った。
僕たちの目標は、あくまで領地での自由で豊かなスローライフだ。
ここで「神童」だの「規格外」だのという評価を受けてしまえば、王都の学園への強制入学や、王宮魔導師へのスカウトなど、面倒な義務が雪崩れ込んでくるのは目に見えている。
絶対にそれだけは避けなければならない。
「アレン様、リズ様。準備が整いました」
祭壇の奥から、白い法衣を着た恰幅の良い神父が恭しく頭を下げて現れた。
その後ろには、保護者として付き添ってきたダグラス父さんと、ガストン騎士団長の姿もある。
彼らもまた、自分の子供たちがどんな素晴らしい才能を示してくれるのかと、期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「では、まずはリズ様から。こちらの水晶玉に両手をかざし、目を閉じて神に祈りを捧げてください」
「はい」
リズが祭壇に進み出て、台座に安置された巨大な透明の水晶玉の前に立つ。
僕は少し離れた場所から、左腕の【偽装アプリ】を密かに起動した。
視界の端に半透明のウインドウが浮かび、水晶玉から発せられる魔力波をハッキングする準備が完了する。
リズが両手をかざした瞬間、水晶玉が淡い光を放ち始めた。
僕はすかさず、アプリの画面で『適性職業:見習い剣士』という上書きデータを送信した。
【水晶玉のシステムへ干渉を開始します】
【データの上書き……エラー】
【対象個体の潜在エネルギーが規定値を大幅に超過しています】
「……えっ?」
僕は思わず声を漏らした。
偽装アプリの画面に、見たこともない赤い警告文が点滅し始めたのだ。
リズの体内から溢れ出す魔力と生命力が、僕の設定した偽装データの枠組みを内側から破壊していく。
「な、なんだこの光は……!?」
神父が後ずさりしながら叫んだ。
水晶玉が放つ光は淡いものから、目を刺すような強烈な黄金色へと変わっていた。
そして、水晶の上空に浮かび上がった文字を見て、堂々たる騎士団長であるガストンおじさんまでもが腰を抜かして床にへたり込んだ。
『適性職業:【剣聖】』
『筋力:測定不能(限界突破)』
『敏捷:測定不能(限界突破)』
「け、剣聖だと……?建国以来、数百年現れなかったという、一騎当千の伝説の職業……!」
ダグラス父さんが震える声で文字を読み上げる。
神父に至っては、あまりの神々しさに祈りの姿勢のまま固まっていた。
リズは目を開け、空中に浮かぶ文字を見て「あちゃー」という顔で僕を振り返った。
(ごめんアレン、私、強くなりすぎちゃったみたい)
彼女の視線がそう語っていた。
5歳からの数年間、僕と一緒にAランク魔獣を狩りまくり、さらには僕の作った「魔力付与ローション」で毎晩ケアを続けていた結果、リズの身体能力は神の測定器の限界を軽く突破してしまっていたらしい。
「す、素晴らしい!我が娘が剣聖とは!リズ、お前は我が一族の誇りだ!」
ガストンおじさんが涙を流して喜んでいる。
まずい。
非常にまずい。
リズが剣聖認定されてしまった以上、彼女は確実に王都へ召喚される。
こうなったら、僕だけでも「ただの魔法使い」として偽装を成功させ、彼女の専属サポート役に徹するしかない。
「次は、アレン様。どうぞ」
神父が興奮冷めやらぬ様子で、僕を祭壇へ促した。
僕は冷や汗を拭いながら水晶玉の前に立つ。
(頼むぞ、天界の端末。僕の魔力は絶対にごまかし切れ)
僕は両手をかざし、同時に【偽装アプリ】の出力を最大まで引き上げた。
水晶玉が僕の魔力を読み取ろうとアクセスしてくる。
その通信経路を逆に辿り、強引に『下級魔法使い』のデータをねじ込もうとした。
【警告:システムへの過剰な負荷を検知】
【対象個体アレンの保有魔力が、観測対象デバイスの耐久値を上回っています】
「……嘘だろ」
僕の魔力は、現代物理学の知識と【天界の端末】の演算能力によって、この世界の常識を遥かに超える密度に圧縮されていた。
それを小さな水晶玉という「古いシステム」に流し込んだ結果、何が起こるか。
ピキッ。
静かな教会に、ガラスが割れるような甲高い音が響いた。
「え……?」
神父が間抜けな声を出す。
僕の目の前にある国宝級の水晶玉に、一本の亀裂が入っていた。
亀裂は瞬く間に蜘蛛の巣のように広がり、内側から眩い白光が漏れ出し始める。
これは、ただのステータス表示ではない。
莫大な魔力に耐えきれなくなった水晶玉が、物理的に爆発しようとしているのだ。
(やばい、このままじゃ教会が吹き飛ぶ!)
僕は咄嗟に【天界の端末】を操作し、爆発のエネルギーを空へ向けて指向性を持たせた。
「伏せて!」
僕が叫んだ直後。
パァァンッ!!
という鼓膜を破るような轟音と共に、水晶玉が粉々に砕け散った。
それと同時に、圧縮されていた僕の魔力が純白の光の柱となって立ち上り、教会の高い天井を突き抜け、天空へと真っ直ぐに伸びていった。
まるで、神に向かって宣戦布告をするかのような極大のレーザーだ。
教会のステンドグラスが振動でビリビリと鳴り、粉塵が舞い散る。
静寂が戻った後、恐る恐る顔を上げたダグラス父さんと神父は、ポッカリと穴の空いた天井と、その隙間から見える青空に浮かび上がった「巨大なホログラム文字」を見て絶望的な顔をした。
『適性職業:【賢者(理を書き換える者)】』
『魔力:観測不能』
王都の人間が見ても一目で分かるほどの巨大な文字が、辺境伯領の空に堂々と輝いていた。
偽装アプリのバグと、僕の魔力暴走が引き起こした最悪のデモンストレーションだった。
「け、賢者……。我が息子が、世界に一人だけの賢者……」
ダグラス父さんが、もはや嬉しさを通り越して恐怖に顔を引き攣らせている。
神父は泡を吹いて完全に気絶していた。
「あーあ。やっちゃったね、アレン」
リズが僕の肩をポンと叩き、空を見上げて苦笑いする。
「……待って。これ、ただのアプリの出力エラーだから。僕、ただのスローライフ志望の村人Aだから!」
僕の虚しい叫びは、王都に向けて飛び立っていく教会の伝書鳩の羽音にかき消された。
かくして。
『剣聖』と『賢者』が同時に辺境から現れたという報告は、その日のうちに王国の上層部へと知れ渡ることになった。
僕たちが夢見た「目立たない平穏なスローライフ」は、12歳の誕生日に教会の水晶玉と共に木っ端微塵に粉砕されたのである。
そしてこの数週間後、僕たちは有無を言わさぬ王命により、王都の学園へと強制的に旅立つことになるのだった。




