第42話 大和撫子の初恋と過激な母の教え。初めての『でぇと』に蕩ける剣士と、御刀を清める秘密の奉仕
王都の活気ある通りを、僕はサクラと二人で歩いていた。
「おおっ!アレン殿、あの硝子越しに飾られている南蛮の具足、見事な造りだな!」
「こ、こちらの『おむらいす』という料理、卵がふんわりとしていて、絶品ではないか!」
今日のサクラは、ヤマト国から来たばかりの彼女のために僕が案内する王都のあらゆるものに、目をキラキラと輝かせて大はしゃぎしていた。
彼女は動きやすい軽装でありながら、どこか女の子らしいフリルがあしらわれたブラウスとスカートを着ている。
これも、昨夜のうちにシャルロットたちから「明日のデートはこれを着なさい」と強引に着せ替えられたものらしい。
「サクラ、そんなに急がなくても、王都の街は逃げないよ」
僕が微笑みながら声をかけると、サクラはパッと顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いた。
「す、すまぬ。某、殿方と二人きりで街を歩く『でぇと』なるものが初めてゆえ、どうにも心が落ち着かなくてな……」
サクラが僕の服の袖をそっと摘み、上目遣いで僕を見上げてくる。
普段は凛々しい将軍家の姫君であり、凄腕の剣士である彼女の、年相応の純粋な少女のような反応が、たまらなく可愛らしかった。
「楽しいなら何よりだよ。僕も、サクラのいろんな顔が見られて嬉しいしね」
僕が彼女の手を優しく握り直すと、サクラの顔はさらに真っ赤に染まった。
そのまま二人で手を繋いで王都の街を歩きながら、サクラはふと、夢見るような、それでいてどこか不安げな声で呟いた。
「……アレン殿。某、こんなに幸せでよいのでござろうか?」
「え?」
「某はこれまで、剣の道と将軍家の務めしか知らぬ堅物であった。人を愛するなどという感情すら知らず、親が決めた相手と顔も知らぬまま添い遂げるのだと、そう思っておったのだ」
サクラが繋いだ手に、キュッと力を込める。
「それが今、こうして愛しい御方と手を繋ぎ、見たこともない美しい街を歩き、美味しいものを食べている。あまりにも幸福すぎて……これが夢幻ではないかと、急に恐ろしくなる時があるのだ」
彼女の黒曜石の瞳が、微かな不安に揺れている。
僕は足を止め、サクラの正面に立って彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「夢じゃないよ。君の隣にいる僕も、君が感じているその温かさも、全部本物だ。僕がずっと、君にこの幸せを感じさせ続けるから」
僕が優しく微笑みかけると、サクラの瞳に浮かんでいた不安の影が、春の雪解けのようにスゥッと消え去っていった。
「アレン殿……」
彼女の顔に、今日一番の、本当に嬉しそうな満面の笑みがパッと咲いた。
「うむ!そうだな!貴殿のその顔を見ていると、某のちっぽけな迷いなど一瞬で吹き飛んでしまう。某は今、この世の誰よりも幸せ者だ!」
サクラが僕の腕にギュッと抱きつき、その豊かな胸の柔らかさを惜しげもなく押し付けてくる。
初めての恋を知った大和撫子の純粋な愛情は、王都の太陽よりも眩しく、僕の心を強く打ち据えた。
そして、日が暮れ始めた夕方。
「アレン殿。今宵は某が、特別な場所を用意しておるのだ。どうか、案内させてくれ」
サクラに手を引かれてやってきたのは、王都の郊外にひっそりと佇む、隠れ家のような貸し切り宿だった。
驚いたことに、その宿はヤマト国の建築様式を模して作られており、異国情緒あふれる和風の造りになっていたのだ。
「王都にこんな場所があったんだね」
「うむ。王都の商人たちに頼み込み、ヤマトの風情に近いこの宿を密かに手配しておいたのだ。今日という日を、最高の形で締めくくるためにな」
宿の和室に通された僕たちは、用意されていたヤマト国の伝統的な寝間着である『浴衣』に着替えた。
部屋には柔らかい間接照明が灯り、窓の外からは涼やかな虫の音が聞こえてくる。
「アレン殿……」
浴衣姿のサクラが、部屋の中央で僕に向かって真っ赤な顔で正座していた。
その黒髪のポニーテールが解かれ、艶やかな黒髪が肩に美しくかかっている。
「サクラ、すごく綺麗だよ」
僕が彼女の正面に座ると、サクラは緊張したように両手を膝の上で固く握りしめた。
「某は……不器用な女だ。甘い言葉も、シャルロット殿たちのような優雅な振る舞いもできぬ。だが……」
サクラが顔を上げ、熱を帯びた瞳で僕を見つめ込んでくる。
「某の心は、アレン殿への愛で張り裂けそうになっているのだ。どうか、某のすべてを受け取ってくれ」
サクラが膝行で僕に近づき、そっと目を閉じて顔を寄せてきた。
僕も彼女の肩を優しく抱き寄せ、その薄紅色の唇に、僕の唇をそっと重ね合わせた。
「んっ……」
不器用で、初々しい、柔らかな口づけ。
少しだけ触れ合って離れようとした僕に対し、サクラは僕の首に両腕を絡ませ、逃がさないようにしがみついてきた。
「もっと……。もっと、アレン殿を感じたいのだ……」
サクラが甘えるような、とろけるような声で囁き、自ら再び唇を押し当ててくる。
一度のキスで、彼女の中に眠っていた『一人の女の子』としての情熱が完全に堰を切ったようだった。
僕たちは何度も、何度も深く唇を交わした。
お互いの吐息が混ざり合い、部屋の温度が急激に上がっていく。
「ぁ……んっ……アレン、どの……」
激しいキスの応酬に、サクラの息が荒くなり、彼女の瞳はすっかり熱に浮かされてトロンと潤んでいた。
激しい動きのせいで彼女の浴衣の襟元が大きくはだけ、張りのある白い胸の谷間が、僕の目の前に無防備に晒されている。
「サクラ、浴衣が……」
僕が理性を総動員して彼女を落ち着かせようとした、その時だった。
「はっ……!そ、そうだ!某としたことが、キスの快感に溺れて、母上の大切な教えを忘れるところであった!」
サクラが突然ビクッと体を震わせ、何かに気づいたように僕から体を離した。
「母上の教え?」
「うむ。ヤマト国を出る際、母上から『他の女狐に出し抜かれる前に、既成事実を早目に作れ』と、武士の妻たる者の秘伝を授かっておったのだ!」
サクラが大真面目な顔で頷き、自らの浴衣の帯に手をかけた。
「えっ?ちょっと、サクラ!?」
「アレン殿!どうか某に、すべてを委ねてくれ!主君の御刀を、某の口と体で清めさせていただく!」
シュルリと帯が解け、サクラの浴衣がはらりと床に落ちた。
下着姿すら通り越し、晒し一枚の極めて過激な姿となった彼女が、僕を畳の上に強引に押し倒したのだ。
「ま、待って!御刀って、それ隠語だよね!?お母さん、ヤマト国の姫になんてこと教えてるの!」
「案ずるな!母上の図解入りの秘伝書で、手順は完全に暗記しておる!」
サクラが僕のズボンに手をかけ、有無を言わさぬ腕力でそれを一気に引き下げた。
そして、彼女の熱く火照った顔が、僕の下腹部へと吸い寄せられるように沈み込んでいく。
「サクラ、だめだ、それは……!」
僕が必死に制止しようとするが、僕自身の体もまた、彼女の情熱と無防備すぎる色香に抗うことができず、彼女を受け入れようとしてしまっていた。
お互いが狂おしいほどに求め合い、理性のタガが外れる。
サクラの柔らかく熱い唇が、僕の急所へと触れようとし、息遣いが直接肌に伝わってきた。
「んっ……アレン殿の……熱い……」
サクラが覚悟を決めたように口を開き、初めての未知なる奉仕へと至ろうとした、まさにその絶頂の瞬間だった。
ニャアァァァァァァッ!!
部屋の隅にあった押し入れの襖が突然勢いよく開き、中から一匹の黒猫が物凄い鳴き声を上げて飛び出してきたのだ。
「ひゃあっ!?」
「うおっ!?」
黒猫は僕たちの頭上を飛び越え、そのまま開いていた窓から夜の闇へと姿を消していった。
おそらく、宿の飼い猫か野良猫が押し入れに迷い込んで寝ていたのだろう。
突然のハプニングに、サクラは弾かれたように僕の上から飛び退き、僕も慌ててズボンを引き上げた。
「ね、猫……!猫が、押し入れから……!」
サクラが真っ赤な顔をしてパニックになり、自分の浴衣を拾い集めて胸に抱え込んでいる。
僕も心臓が口から飛び出そうなほどバクバクと鳴っていた。
完全に一線を越える寸前で、またしても動物の乱入による強制終了である。
「……サクラ」
僕は乱れた息を整えながら、畳の上で震えている彼女をそっと抱き寄せた。
「ご、ごめん、アレン殿!某、母上の教え通りに上手くできず、その、取り乱してしまって……!」
「謝らなくていいよ。君の気持ちは、君の真っ直ぐな愛は、痛いほど僕に伝わってきたから」
僕は彼女の頭を優しく撫で、その耳元で愛おしさを込めて囁いた。
「君の初めては、こんな風に急いで既成事実を作るためのものじゃない。あの続きは、僕たちがヤマト国で正式な祝言を挙げる夜まで、大切に取っておこう」
僕の言葉に、サクラはハッとして顔を上げ、その瞳から大粒の嬉し涙をこぼした。
「アレン殿……っ!うむ……!某、その日が来るまで、貴殿に相応しい立派な妻になれるよう、剣も女磨きも精進するぞ!」
サクラが僕の胸に顔を埋め、力強く抱きついてきた。
初めての恋を知った大和撫子の、ポンコツで過激な暴走。
それは、ハプニングによって未遂に終わったものの、僕たちの心に永遠に消えない甘く熱い記憶を刻み込んだ。
四日間にわたる過酷で至福のデートの最終日は、サクラの幸せな笑顔と、僕の理性への多大なるダメージと共に、夜の静寂へと溶けていったのだった。




