第14話 異世界に降り立つ悪魔の美食。メイド服の破壊力と、王女たちの悶絶
魔将討伐という王国最大の危機を、誰にも知られることなくたったの五分で解決してから数日後。
僕たちは、何事もなかったかのように平和な学園生活を満喫していた。
秋の気配が色濃くなり始めた王立魔法学園は、年に一度の最大イベントである『建国記念学園祭』の準備で熱気に包まれていた。
Sクラスの出し物は、事前の話し合いにより「喫茶店」に決定していた。
しかし、ただ紅茶とクッキーを出すだけでは、舌の肥えた王都の貴族たちを驚かせることはできない。
「アレン様、何か良いお考えはありまして?」
教室の隅で、シャルロットが期待に満ちた瞳で僕を見てくる。
ベアトリスとリズも、当然のように僕が何か画期的なアイデアを出すと信じて疑わない様子だ。
「せっかくの学園祭だ、この世界の誰も食べたことがない、最高に不健康で悪魔的な美味さを持つ食べ物を出そうと思う」
「悪魔的な美味さ、ですか?」
「ああ。前世の記憶にある『ジャンクフード』という暴力的な美食だ」
僕はニヤリと笑い、左腕の【天界の端末】を密かに起動した。
放課後、僕たちは学園の調理室を貸し切り、新メニューの試作に取り掛かった。
「まずは主食となる『ハンバーガー』だ」
僕は【物質合成アプリ】を起動し、最高級の小麦粉からふっくらとしたバンズを一瞬で精製した。
さらに、魔獣の霜降り肉を細かく挽き、塩と胡椒、そして秘伝のスパイスを混ぜ合わせて鉄板で焼き上げる。
ジュウウウッという食欲をそそる音と共に、メイラード反応によって引き出された強烈な肉の香りが調理室に充満した。
「な、なんて暴力的な香りなの……!」
シャルロットがゴクリと喉を鳴らす。
しかし、隣に立つリズの反応は違った。
彼女の碧眼は大きく見開かれ、鉄板の上で焼かれる肉の匂いに、信じられないものを見るような視線を向けている。
「次に、付け合わせの『フライドポテト』だ」
細切りにした芋を、高温の植物油でカラッと揚げる。
最後に、このジャンクフードの要となる飲み物『コーラ』を合成した。
カラメル色素と数種類のスパイス、そして大量の砂糖を水に溶かし、【炭酸付与アプリ】で強烈な二酸化炭素を圧入する。
「さあ、完成だ。食べてみてくれ」
僕が三人の前にトレイを置くと、シャルロットとベアトリスは恐る恐るハンバーガーを手に取った。
大きく口を開け、ガブリと噛み付く。
「……っ!?」
二人の動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。
「美味しい……!柔らかいパンと、溢れ出すお肉の肉汁が口の中で混ざり合って、こんなの初めてですわ!」
シャルロットが目を輝かせ、夢中で二口目にかぶりつく。
普段の王族としての作法など完全に忘れ去っている。
「この細長いお芋も、塩加減が絶妙で手が止まりませんわ……!それに、この黒い飲み物は一体……?」
ベアトリスがコーラの入ったグラスを口に運び、一口飲んだ瞬間。
「ひゃんっ!?」
彼女は可愛らしい悲鳴を上げ、涙目でグラスを見つめた。
「口の中が、パチパチと弾けて痛いですわ!でも、不思議と爽快感があって、このお肉の脂を綺麗に流してくれます!」
二人が異世界の味覚にパニックに陥る中、リズは静かに震える手でハンバーガーを持ち上げていた。
小さく口を開き、パティとバンズを噛み締める。
「……」
リズの目から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
「リズさん!?どうされましたの、お口に合いませんでしたか!?」
ベアトリスが慌てて覗き込む。
「ううん、違うの。……すごく、懐かしくて」
リズは涙を拭いながら、僕の方をじっと見つめた。
「アレン……これ、あの駅前にあったお店の味だね」
「ああ。君が前世で、部活帰りによく奢ってくれって強請ってた、あのファストフード店の味を完璧に再現したつもりだ」
「……ばか。こんなの、泣いちゃうに決まってるじゃない」
リズが感極まったように僕の胸に飛び込んできた。
前世の記憶。
放課後、二人で他愛もない話をしながら、ポテトをつまみ合って笑い合ったデートの思い出。
コーラをひとつのストローで半分こして、照れ隠しにふざけ合ったあの日々。
異世界の片隅で、僕たちは確かにあの日の青春を取り戻していた。
「この黒い飲み物も……あの日よく二人で飲んだ、あのシュワシュワだね」
リズが涙混じりの笑顔でコーラを飲み、弾ける炭酸に目を細めて幸せそうに微笑む。
シャルロットとベアトリスは、僕たち二人の間に流れる「絶対的な絆」の空気を察し、優しく見守ってくれていた。
「味は完璧だ。だが、売り上げを最大化するには、接客の『視覚的アピール』も必要不可欠だ」
僕は少し照れくさくなり、咳払いをして空間にホログラムの設計図を投影した。
「これは前世の『メイド服』という伝統的な衣装だ。当日は、三人にはこれを着て接客してもらう」
「メイド服……うちの使用人たちが着ているものとは、随分とデザインが違いますのね?」
シャルロットが不思議そうに首を傾げる。
無理もない。
僕が設計したのは、フリルがふんだんにあしらわれた王道メイド服や、スリットの入ったロングスカートのクラシカルメイド服など、前世のオタク文化の叡智を結集した特殊なデザインだからだ。
僕は【物質合成アプリ】で最高級の絹糸を編み上げ、三人のサイズに合わせたメイド服を一瞬で具現化した。
「試しに着てみてくれないか」
僕が頼むと、三人は顔を見合わせ、少し頬を染めながら更衣室へと消えていった。
数分後。
「ア、アレン……どうかな。少しスカートが短い気がするんだけど……」
もじもじしながら最初に出てきたのは、王道の膝上丈メイド服を着たリズだった。
鍛え上げられたしなやかな足と、純白のエプロン、そして頭のフリルカチューシャが、剣聖という彼女の肩書きとの間に強烈なギャップを生み出している。
「……すごく似合ってるよ。可愛すぎるくらいだ」
僕が正直な感想を漏らすと、リズの顔がボンッと赤くなった。
「アレン様、私はいかがでしょうか?」
続いて現れたシャルロットは、リボンとフリルが多めの可愛らしいデザインだ。
金色の縦ロール髪と相まって、まるで童話から抜け出してきたお姫様が、お忍びで給仕の真似事をしているような恐ろしい破壊力があった。
「そして、私はこちらですわ」
最後に現れたベアトリスは、タイトなロングスカートに、深めのスリットが入った大人っぽいクラシカルメイド服だった。
知的な銀髪と、スリットから覗く白い足が、危うい色気を醸し出している。
「三人とも、完璧だ……」
僕は思わず天を仰いだ。
王国の至宝たる三人の美少女が、僕のデザインしたメイド服を着て恥じらっているのだ。
この光景を見るためだけでも、異世界に転生してきた価値があったと本気で思えた。
「アレン様がそんなに喜んでくださるなら、学園祭が終わっても、二人きりの時に着て差し上げますわよ?」
ベアトリスが色っぽく微笑み、僕の胸元に指を這わせる。
「ちょっとベアトリス、抜け駆けはずるいですわ!私もアレン様のためにお着替えします!」
「二人とも近すぎ!アレンに一番似合うメイド服を着てもらったのは私なんだからね!」
三人の甘い香りと密着に、僕の理性は限界を迎えそうだった。
結局、その日の試食と試着会は、ドタバタのラブコメ修羅場と化して夜遅くまで続いたのである。
◇
そして迎えた、建国記念学園祭の当日。
王立魔法学園の敷地は、在校生だけでなく、王都中から集まった貴族や一般市民の熱気で溢れかえっていた。
各クラスが趣向を凝らした出し物をアピールする中、僕たちSクラスの模擬店の前には、開店前から異様な光景が広がっていた。
「な、なんだこの香りは……!?腹の底から食欲を鷲掴みにされるような、強烈な匂いだ!」
「あちらの看板、『悪魔の美食・ハンバーガー』と書いてありますわ!」
「それに、あの接客をしている美しいご令嬢たちは……まさか、シャルロット王女殿下とヴァンルージュ公爵令嬢!?」
鉄板で焼かれる肉の脂とスパイスの暴力的な匂い。
そして、絶世の美少女三人による、見たこともない可憐なメイド服姿の接客。
この二つの圧倒的な引力に抗える者など、この学園に存在するはずがなかった。
「いらっしゃいませ!ご主人様!」
三人の透き通るような声が響き渡る。
僕が厨房でパティを焼き上げる横で、Sクラスの模擬店には、瞬く間に学園の正門まで届くかというほどの狂気的な大行列が形成されていたのである。




