深海のスナイパー(三十七)
「じゃぁ艦長、主砲で沈めちゃいましょうか」
石井少佐の顔は、穏やかになっていた。
艦長は頷く。しかし苦い顔だ。
もっと早く指示していれば、イー407に向けて、沢山の魚雷が殺到することも、無かったろうに。
何とか無事に、躱してくれることを祈るしかない。
近代化改装を行った大和の主砲は、火薬を装填するのは相変わらず人力であるが、それ以外は全て自動化されていた。
人工衛星からの位置情報は、自艦の情報はもちろん、敵艦の位置も正確に把握している。
その上で、海流情報、操舵、予想される位置を算出。気象レーダーからの情報で、気圧、風向、湿度を加味。
装填された弾頭、火薬、発射回数、砲内温度の情報は、全て弾道計算を行うメインコンピュータに送られて、適正な砲台の向き、砲身の角度を自動調整する。
もちろん、同時に発射した場合の艦の傾きや、砲身間の空気の揺らぎさえ正確に予測され、弾道計算の補正情報として活用する。
それでも、更に必要とあらば神戸のスーパーコンピュータに接続し『誤差一メートル以内』で、命中させることが可能なのだ。
「主砲、打ちぃ方始め!」
主砲係がスイッチを押すと、既に発射準備が完了していた主砲が、一斉に火を噴いた。
防音になっていはいるが、凄い音だ。
甲板は今頃、爆風が吹き荒れているだろう。退避していなければ、即死する。もちろん誰もいない。
主砲係の前にあるスクリーンに、駆逐艦A、B、Cへの命中確率が随時表示されているが、それは『100%』と『99.8%』の間で揺らいでいるのか、数字がプルンプルン動いている。
更に改善するとしたら、この数字の出方位だろうか。
第一砲塔が駆逐艦C、第二砲塔が駆逐艦B、艦橋の後ろにある第三砲塔が駆逐艦Aを捉えている。
そして、砲弾の『風切り音』が段々遠くなる。きっと駆逐艦の方では、段々近くなっていることだろう。
『ドゴーン』『ドゴーン』『ドゴーン』
「駆逐艦Bに、全弾命中」
『ドゴーン』『ドゴーン』『ドゴーン』
「駆逐艦Cに、全弾命中」
『ドゴーン』『ドゴーン』『ドゴーン』
「駆逐艦Aに、全弾命中」
僅か数分の出来事だった。参隻の駆逐艦は等間隔で打ち抜かれ、火柱が上がっている。
世界に現役で稼働している軍艦は、一時期無くなっていた。もう戦艦の時代は終わったと言われ、次々と退役させられる。
日本でも戦艦不要論が幅を利かせるようになり、大和も母港の呉に、長いこと留め置かれていた。
だから、ミサイル防衛の仕掛けはあっても、戦艦の主砲に対する備えは、近代の軍艦にはないのだ。
それを良いことに、戦艦を近代化改修して復活させ、こうして大和を現場に呼び戻したのは、他でもない、石井少佐なのであった。
成す統べなく沈んでゆく駆逐艦を見て、石井少佐は満面の笑顔になった。
「予算投入した甲斐が、あったものですな」
満足そうに艦長に話しかける。艦長も頷いた。
「そうですね。初弾から全弾命中とは、考えられません」
戦艦の主砲は当たらないものだ。
百発撃って、一発当たるかどうか。とにかく、段々と狙いを狭めていくものだ。そうだったはずだ。
「魚雷、まだ?」
石井中佐が、穏やかな顔で聞いた。艦長は苦い顔になり、答える。
「先程、発射したと、報告がありました」
「そう」
艦長の報告に、石井中佐は満足そうに何度も頷き、沈みゆく駆逐艦Bの方を向いた。
そして双眼鏡を向け覗き込む。
艦長はその後頭部を、思いっきり引っ叩こうとして、止める。
手が震えていた。