深海のスナイパー(三十四)
海中での戦いは、相手との心理戦である。
これは、名もなき駆逐艦Cの艦長、コンスタンチノヴィチ・ヤストルジェムスキーの言葉である。
彼は、貧しい農村の生まれであったが、以下略。今に至る。
「魚雷の位置は判るか?」
イー407の艦長は駆逐艦の位置を確認し、考えていた。
別に、何発魚雷が来ようと構わない。海上で大和に睨まれた駆逐艦が、自棄になって魚雷をばら撒いたのだろう。
それに、全ての魚雷がイー407に向かって来ている訳ではない。扇形に撃ち込まれている筈だ。
「0ー3ー0、0ー4ー5、0ー6ー0、0ー8ー0」
ソーナー係が、四つの数字を読み上げた。
どうやら駆逐艦Cの艦長は、イー407の艦長が予想した通り、扇形に魚雷を発射したようだ。
そう。そもそも潜水艦は、どんなに大きかろうと、魚雷が一発当たれば、たちまち沈んでしまうものなのだ。
団子状に魚雷を撃っても、意味がない。
「七番、発射」
マイク越しに、艦長が指示する。
『有線魚雷、七番発射了解』
「速度、方位そのまま」
イー407のスクリューは、高速で回り続けている。その速度から魚雷が発射された。
「有線魚雷装填、五番、七番」
艦長の頭の中には、戦闘のプランがあるのだろう。再びマイクで、魚雷装填を指示した。
『有線魚雷装填、五番、七番了解』
「正面の魚雷と、有線魚雷が接近」
「すれ違い時に爆破」
「了解。距離四百、三百」
『有線魚雷装填、五番、七番完了』「了解」
「二百、爆破」
「後進、半速」「後進、半速了解」
「魚雷の爆破確認」
「回頭方位1ー2ー0」「回頭方位1ー2ー0了解」
急に後進を指示し、そして回転まで付け加えたので、少し揺れた。
「回頭方位、1ー0ー0、1ー1ー0、1ー2ー0」
「魚雷音なし」
「深度、百五十、百五十五、百六十」
「壱番発射」
「海底まで、あと三十」
『音響魚雷、壱番発射了解』
「壱番、発射確認」
「弐番の発射は、こちらで引き取る」
『了解。弐番発射移譲します』
「ソーナー、魚雷音あるか?」
「まだ判りません」
「0ー1ー0からは?」
「ありません」
ソーナー係からそれを聞いた艦長は、手元の魚雷発射スイッチを押し、弐番魚雷を発射させた。
「壱番、発射確認」
指令所が、急に静かになった。
「特別無音潜航」
艦長が、無音航行の最上級、『特別無音潜航』を宣言した。
今頃艦内は、静かな『大騒ぎ』になっていることだろう。
冷蔵庫の電源をオフにし、各種扉の開閉は禁止、私物のはきっちりロックして、物音を立てないようにしなければならない。
もし喧嘩をしていたら、それも中断である。