深海のスナイパー(三十一)
「蒼鯨参番より、魚雷発射音、四」
「引き続き、蒼鯨七番より、魚雷発射音、四」
ソーナー係が、淡々と事実を報告する。
駆逐艦がだいぶ近づいたからか、後方の蒼鯨七番からも、魚雷が発射された。もうすぐ本艦の横を、通過していくだろう。
アクティブソーナーを受けて自動発射されるのは、『赤弾』と決まっている。そんな仕様を知っているのは、艦長と副長だけ。
どうして『青弾』が自動発射されないのか。その理由を知っているのは、艦長だけである。
「駆逐艦A、Bより、魚雷発射。多数」
実際に発射された魚雷は、六発づつ、計十二発。
何しろ前方に、五隻の潜水艦を探知したのだ。それ位は許されるだろう。
「蒼鯨壱番、弐番、参番に魚雷が向かっています」
「弐番にもか?」
艦長がソーナー係に確認する。蒼鯨弐番は『青弾』搭載。スクリューを止め、大人しくしていた筈だ。
敵駆逐艦は、アクティブソーナーでこちらの位置を、海底にいる『鉄の塊』を、正確に捉えたのだろうか。
「弐番にも、真っ直ぐ向かっています」
「そうか」
艦長は頷いた。副長の顔が青ざめる。
「本艦も、探知されたと?」
「そう思っていた方が、良さそうだな」
艦長の声は冷静だった。ソーナー係に、再度問う。
「何発か判ったかね?」
「蒼鯨に、弐発づつ向かっています」
合計六発か。艦長は考える。
後ろの蒼鯨の七番にも二発。プラグ接続している五番にも二発。『青弾』搭載の四番にも二発向けられていてもおかしくはない。
そして、本艦にも二発くらいは、来ているだろう。何しろ艦の大きさで言えば、イー407は『大物』に入る。
真っ先に狙われて、しかるべきだ。
「魚雷音、多数」
ソーナー係から、また報告があった。嫌な報告である。
「駆逐艦Cから、かね?」
艦長はそう言いながら、駆逐艦A、B、Cの配置を確認する。
一番遠い駆逐艦からの魚雷が、どこに向かっているのか。
「こちらに二発、いえ、その後ろから、更に二発」
「蒼鯨より、参番、四番発射」
「蒼鯨より、参番、四番発射します」
オペレーターが、蒼鯨に指示を出し、魚雷が発射された。狙いは予め音紋を登録しておいた、駆逐艦Aである。
「発射管室、五番発射」
マイクを持った艦長が呼びかけた。
『有線魚雷、五番発射了解』
「五番発射を確認」
「正面の魚雷を狙え」
「はいっ」
艦長の指示に対し、緊張した面持ちで、オペレータが答える。
指示を出した艦長は『もう危機が去った』と、思っているのだろうか。敵艦の配置を睨み続けている。
「蒼鯨より、五番、六番発射」
「蒼鯨より、五番、六番発射します」
艦長からの指示。オペレーターが、蒼鯨に指示を出す。次の標的は駆逐艦Bである。
「蒼鯨よりピン撃て。その後、蒼鯨0ー6ー5」
艦長からの指示。蒼鯨からアクティブソーナーを発信し、東北東へ移動せよ。と言うことだ。
「蒼鯨より、アクティブソーナーを確認」
「蒼鯨起動、方位0ー6ー5」
オペレータの報告を受け、艦長が念を押す。
「プラグを切るなよ?」
「了解しました」
艦長の声は落ち着いていて、きっと笑顔だったに違いない。
それでもオペレータが、振り返らずに計器を見たままなのは、顔が強張っているのを、艦長に見られたくないからだ。
いや、そんな訳ではないだろう。