深海のスナイパー(三十)
「これは、探知されたな」
艦長が呟く。隣の副長も顔色が変わった。
「本艦がですか?」
イー407は、機関停止中である。
しかし、海中に『鉄の塊』があることは誤魔化せない。
まぁ良い。来るなら来い。やってやろうじゃないか。
「蒼鯨壱番より、魚雷発射音、弐」
ソーナー担当からの報告を聞いて、艦長がプラグ担当に確認する。
「自動発射は、切っているか?」
「はい。切っています」
蒼鯨は、敵からのアクティブソーナーを感知すると、自動的に攻撃を開始する。
今、イー407とプラグで繋がっている。だから蒼鯨五番は、こちらの指示で魚雷が発射される『手動モード』になっていた。
『音響魚雷装填、壱番、弐番完了』
『有線魚雷装填、五番、七番完了』
「了解」
発射管室からの報告にマイクで答えた艦長は、苦々しい顔で副長を見た。
「来るぞ」
「本艦にですか?」
副長には、まだこの状況が飲み込めていないらしい。
海底で静かにしていれば、割と安全な筈だ。
音を発する行為、例えば、魚雷発射管に海水を注入する音とか、魚雷を発射するとか、そういう音を発生させなければ。である。
アクティブソーナーを撃つのも危険な行為であるが、それは通信用ワイヤーで接続された、蒼鯨五番から発せられる。
だから、今、本艦が狙われる可能性は低い。
「無音注水ですよね?」
「あぁ。もちろん」
副長の質問に艦長が頷く。
近代化改修の際、イー407の魚雷発射管は、多少時間が掛るが、無音で海水が注水できる装置が取り付けられた。
音が原因で探知されることは、どうしても考え難い。
「波状攻撃だ」
「魚雷のですか?」
心配そうに副長が艦長に聞いた。艦長は頷く。
「そうだ。もう一度『ピン』撃って来るぞ」
窮鼠猫を噛む。
大和に睨まれた駆逐艦が、いつもいつも攻撃してくる潜水艦に向かって、搭載された魚雷を全部ぶちまけて来ると? そう言うことだろうか。
いや、それしか考えられない。
「大和は、何をしているのでしょうか?」
磯風だって何をしているのか。まぁ、大和からの指示に従っているのだろう。
もう敵の駆逐艦が、アクティブソーナーを発したことは、磯風から大和に報告されていることだろう。戦闘が始まったのだ。
いや、細かいことを言えば、ジグザグに航行し始めた時点で戦闘は始まっているのだが。
「我々を試しているのか」
「この『蒼鯨』のシステムを、ですか?」
副長が艦長に聞くと、艦長はにっこり笑った。
「あるいは、我々の技量を、な」
艦長には確信があった。
大和には、イー407の存在が邪魔であると。
函館への輸送作戦を成功させるため、津軽海峡の確保は至上命題だった。青函トンネルなんて、夢のまた夢。
工事はおろか、測量も行われていない。
そこに新型の『蒼鯨』を配置し、バッテリー補充と作戦指示のために、古いイー400型を改装して親機として派遣。
これまでに、幾多の戦果を挙げてきた。
そこへ追加投入されたのが、戦艦大和だったのだ。一緒に、いけ好かない石井少佐もやって来た。
それからだ。『青弾』だの『赤弾』だの煩くなって、西からはどうのこうの、東からだったらどうのこうの。
砲弾の種類も、魚雷の種類も判らない癖に、そんなことを指示してきたのである。
「アクティブソーナーを感知。再び参艦から同時です」
ソーナー係からの報告を受け、副長の顔色が変わる。
そのまま艦長の様子を伺うと、艦長は笑顔で舌打ちをした。